4.脅されているようです(1)
「ところで、カリナ嬢はオランジア公爵家が商業組合と深いつながりがあるのは知っているかな?」
カリナの目の前に座るルーカスは、その別名のまま、まるで鉄の仮面をかぶっているよう。
彼は目に何の色も浮かべず、口元にも感情を表さずに言った。
観賞用。それもまさにその通り。
彼に会えば、その青い瞳に吸い寄せられるようにその顔をうっとりと見つめてしまう。
‥‥‥と、カリナの従妹、オリビアが言っていた。
カリナは違う。
例え見ているだけだとしても、容姿が良い男に関わる気はない。
だから、カリナはその目でじっと見つめられながらも、動じずに答えた。
「確か、組合名簿の相談役の名にオランジアというお名前を見た気がします。でも、それが何か‥‥‥」
「わかっていればいい。この国では店の営業許可を出すのも取り消すのも商業組合。その組織の中で相談役は意外と権限が大きくてね。営業許可の取り消しを独断できるほどだ」
「そうなのですね」
「そして、大げさな宣伝文句を使う店、看板に嘘を書く店は営業許可が取り消される規則なのは知っているかな?」
「はい。看板に偽りはございません。妖精に会って占いを授けられたのは事実です。証拠はないですが、両親や兄に話をお聞きになっても、私と同じように答えるはずです」
「わかった。君を信じよう」
「ありがとうございます」
「では、宣伝文句は? 最近、絶対に当たると書いたチラシを配っていた占い店が営業許可を取り消された。99%当たると看板に書いた店もだ。組合にクレームがあって調査した結果だそうだ」
「看板同様の言葉しかチラシには書いていません」
カリナにはルーカスが何故、急に営業許可の取り消しやら宣伝文句の話を始めたのか分からない。
ただ、公爵で宰相候補だという人が、占い店の宣伝文句に詳しいことに違和感を感じた。
そして、どうやら兄に助けられたようだと思った。
「妖精に当たるようにしてもらった占い」なんて書かなくてよかったのだ。
カリナは兄のセンスに感謝した。
「そうか。でも、君のパーティでの発言も宣伝文句になると私は思うんだ。あんなに沢山の人がいたのだから」
「確かにそうですが‥‥‥」
宣伝文句だと言われれば、確かに意図はそうである。
あの後、カリナの思惑通り店の評判は下がらなかった。
その証拠に良いお店だと聞きましたと訪れた貴族らしき令嬢が3人もいたのだ。
「では、占いは当たっているはずで、君が私の運命の花嫁を見つける。君は占いの結果に責任を持つ。その宣伝文句に偽りはないかな?」
彼の口調はとても穏やかで優しい。
パーティの時にカリナが思った、性格が悪いとか変人だなんて様子は全くない。
ただ、無表情なだけ。
しかし、そんな彼の口から出た言葉はその口調にも、容姿に似つかわしくない恐ろしいものだった。
(これって、もしかして脅し? 占いが外れていて、私が占い通りの運命の花嫁を見つけられなかったら営業許可を取り消すという‥‥‥)
店の営業許可のことを考えれば、答えは一つしかない。
でも‥‥‥。
猛烈な後悔が今、カリナを襲っていた。
パーティで「占いは当たるはずです」なんて言わなければよかったと。
何故ならば、占いは外れていたのだ。
先ほど聞いたルーカスの話で、カリナはそれを確信していた。
それは、つい先程のことである。
今日はパーティから3日後。
閉店30分前の4時半頃のこと。ルーカスは突然、店を訪れた。
扉をノックする音が聞こえた時、カリナはついさっき帰った女性客が忘れ物でもしたのだと思った。
しかし、扉の向こうに立っていたのはルーカスであった。
パーティの日、ルーカスは「そうか」とだけ言うと黙ってしまった。
困ったカリナは一方的に自分が没落予定の貴族で、今は占い師であることを説明した。
そして、「またご連絡いたします」と言うと会場から逃げるように帰ったのだった。
昨日、オランジア公爵家へは手紙を届けた。
手紙には、騒ぎのお詫びと「占いの件でご相談がございましたら、お屋敷に伺います。もちろん、ご来店をご希望されるようなら歓迎いたします」と書いた。
実は、それは社交辞令のつもりだった。
彼は気まぐれで店に来たのだけに違いないし、占いは途中なのだから、彼が本当に占いで婚約者を見つけたとは限らない。
そもそも、名門貴族が無名の占い師に結婚相手探しなんて重要なことを頼むわけがない。同じ占い師を頼るとしても、有名な占い師に頼む財力は十分にあるはずなのだから。
カリナは心の片隅で、ルーカスが本当に自分に結婚相手探しを頼むわけがないと思っていたのだった。
ただ、これからの生活の為にやったこと。
店の評判が落ちないようにと必死だっただけなのだ。
ただ、オリビアの意見はカリナとは違った。
彼女は絶対に彼がカリナに運命の花嫁探しを頼む、そう断言した上でこう言った。
それは、貴族社会では有名な噂なのだという。
「四度の婚約破棄後、政略結婚の相手がもういないと悟った彼は、占いに頼るようになったの。国中の占い師に自分の結婚相手を占ってもらったらしいわ。でも、全部外れ。最後には、コネを使って王妃殿下お抱えの占い師にも頼んだ。それが前々回、五度目の婚約よ。でも婚約破棄された。つまり、外れたのよ」
オリビア曰く、カリナの占いは彼にとって最後の頼みの綱に違いないと言う。
何故ならば、カリナの店は王都で一番新しい占い店。もしかしたら国で一番新しいかもしれない。
つまり、今のところ、カリナは彼が頼むことができる最後の占い師なのだそうだ。
カリナはそんなわけない、占い師が何人いると思っているのよと笑っていたのだが。
なお、オリビアが得た情報では、彼の前婚約者はカリナ同様田舎者の令嬢。
初めてのパーティでルーカスに会い、一目惚れ。
彼の噂を知らなかった彼女は、その場でルーカスの求婚に応えた。親も田舎者で情報収集もせずに彼の地位と金に頷いたらしい。
もっとも、本当に頼まれるとは思っていないものの、カリナだって何の考えも無いわけではない。
この国のカード占いは、120枚のカードを使う。
占う内容によって、使うカード変え、引くカードの枚数を変える。
カードは人や物に職業、天候など絵そのままのものを表すもの、絵柄で運命や出来事を象徴的に示しているものがある。
占いとは、曖昧なものだ。
「遠方の西、高位貴族の年若い女性」なんて結果が出ても、誰かは分からない。
曖昧さを解決するには、もっと具体的に占えばいい。
例えば、「その女性が住んでいる家又は家の近くに何があるか」と占う。
そうすれば、「銀杏の木」、「花屋」などとカードが教えてくれる。
普通のカード占いはここまで細かいことは占えない。
だが、カリナの場合は細かな問いを占っても、まさに妖精が言ったように「見てきたようにピタリと当たる」のだ。
もちろん、カードの絵柄が示せる範囲内でだけではあるのだが。
ルーカスの運命の花嫁がどんな女性かは既に占い済みである。
だから、次は「彼女といつ、どこで会えるのか」と占えばいい。
そうすれば、出会いのタイミングを逃さずに済む。
後は、「住んでいる場所に何があるか」や「出会う日に着てくる服の色」なんかを占えば、ぐっと探しやすくなる。
そもそも、彼の占いは途中。
彼のような依頼の場合、本来なら「いつ、どこで」も同時に占う。だが、彼は運命の花嫁がどんな女性かだけ聞くと、占い途中で帰ってしまったのだった。
(まさか本当に来るなんて)
カリナは驚きを隠してルーカスを招き入れた。
「連絡無しに訪問してしまい申し訳ない」
「大丈夫です」
2人は、店の占い用の四角いテーブルに向き合って座った。
「今日、ここに来たのは、その‥‥‥パーティのことなんだ」
「分かっております。ここに来られる理由は先日のパーティの件以外、ないでしょうから。先日は大きな声で失礼いたしました。ですが、運命の花嫁選びを間違われたのだと気付いたのに、何もしないままで放っておくことはできませんでした」
「そ、そうか‥‥‥」
ルーカスの声はますます小さくなった。
婚約破棄されたことを思い出してしまったのだろうか。
その様子を見て、カリナは彼が少し可哀そうになった。
平民は大きな商家や農家でない限り、家を継ぐことの束縛が緩い。
それに女性も働き手だ。だから女性でも、仕事さえあれば独身でも生きてはいける。
カリナは結婚にも恋愛にもうんざりしているから、平民の身分は丁度いい。
もっとも、没落しなければ、結婚に夢を持っていたままだったのだろうが。
とにかく彼はカリナとは違い、名門貴族として血を残さねばならない義務感で焦り、苦しんでいるのに違いないのだ。
「では、早速ですが、運命の花嫁をお探しします。数度、占えば探せるはずです。まず、もう一度、どんな女性かを占います」
それならば、もう一度、最後まで占えばいいだけのこと。簡単なことよ。
そう心の中で呟き、カリナは机の上にカードを置き、シャッフルした。
次にカードを机の上に山のようにまとめると、「運命の花嫁」と心の中で唱えた。
そしてカードの山の中から3枚のカードを選び、机の上に裏返しで並べる。
最後にゆっくりとカードをめくった。
「前と同じ幼い頃の思い出、低位貴族、年下を示すカードです。幼い頃の思い出のカードはこの場合、幼馴染又は子どもの頃に遊んだことがある人という意味です。ですので、幼馴染又は子供の頃に遊んだことがある低位貴族で年下の女性が、ルーカス様の運命の花嫁です」
「二度も同じカードが出るなんて滅多にない!」
ルーカスの声は大きくなる。
顔からは全く分からないが、おそらく、驚いたのだろう。
「その通りです。ですから、占いは当たっているはずです。やはり、お相手選びを間違えたのかと」
ルーカスの言うよう、普通のカード占いでは二度も同じカードが引かれることはほぼ無い。
だが、カリナの場合は、何度占っても同じカードが出るのだ。
この時までは、カリナには自信があった。
占いは当たるはずだと。
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