33.占いは当たりました
ルーカスはカリナの言葉に小さく「ありがとう」と言った。
彼はすぐにこすってしまったが、その目には薄っすらと涙が浮かんでいた。
そんな気が、カリナにはした。
その後、彼は何度もカリナに詫びる言葉を口にした。
それはカリナが「謝るのはもう禁止です」と言うまで続いた。
ルーカスが「ごめん」と言わなくなった後。
カリナはなるべく楽しい話をしようと心掛けた。
(無表情になると決めたのは彼。でも、彼が抱えてきたものは分かる気がする。彼が微笑みを消してきた分、これからは、私が彼を笑わせるわ)
幼い頃のいたずらの話をしたり、メイソンの噂話をしてみたり。
もちろん、妖精に力を分けてもらった詳しい話もカリナは彼にした。
二度目に会った時のことだけではあったが。
二人の顔には、何度も笑顔が浮かんだ。
いつ間にか、カリナはルーカスの笑顔に慣れていた。
そろそろ帰宅する時間となった頃。
カリナはルーカスに尋ねた。
「そういえば、ルーカス様が見た妖精は、どのような妖精だったのですか?」
「男の子の姿をした妖精が、旅人の眼鏡を隠したという伝説は知っているよね?」
「えぇ。有名な話ですから」
「その話通りの姿だった。緑の短いズボンに帽子。そして、なんと旅人が探せなかったという眼鏡を持っていたんだ。あの伝説の妖精だと思う」
「懐かしいですね。私も幼い頃、収穫祭でその妖精の衣装を作ってもらって仮装していました。眼鏡もポケットに入れて。あまりにも気に入って、収穫祭が終わってからも毎日のように着てましたね」
秋に行われる収穫祭。
地方では領主の屋敷を開放して領民の為の収穫祭のパーティが開かれるのが恒例行事だ。
そこに人々は、仮装して参加する。
「それは可愛かっただろうな」
可愛いと言われ、カリナは頬を赤らめる。
(今の私に言ったんじゃないのに)
「しかし、男の子の妖精が「無表情になれ」。そう言ったのですか?」
到底、子どもが言いそうもないことだ。
まぁ、伝説に出てくる妖精だ。かなりの高齢なんだろうが。
カリナはそう思いつつ、尋ねた。
「いや、彼はこう言った。「女の子は愛想が大切。いつもニコニコしていないと嫌われるよ。だから笑わなければいいと思う」と」
「その言葉‥‥‥」
「そう、妖精は笑わなければいいと言った。でも、試してみたら、笑わないだけというのも辛くて。いっその事と思い、無表情を貫くことにしたんだ」
彼の言葉は、カリナから血の気を失わせた。
もしかしたら。
そんな疑いの気持ちが強くなる。
「別れ際に妖精は何か言っていませんでした? 私は妖精に「自分は人間が大好きだから会ったことを人に話しても構わない」と言われました」
ルーカスは記憶をたどるように目を閉じた。
「「確か、「会ったことを皆に話してもいい?」と。でも、女の子の格好をしていてから恥ずかしくて。他の妖精が私に会いに来て男の子の姿だったら驚くだろうとも思った。咄嗟に「言わないで欲しい。言ったら恐ろしいことが起こります」と答えた」
やっぱり。
カリナは確信した。
(その妖精、私だわ。一度目に妖精に会った時、私は収穫祭の衣装を着て、森に出かけた。そして、少女の姿をした妖精と遊んだ)
考えてみれば、確かに、「好きな子に嫌われるのにはどうしたらいい?」。
そう聞かれた気がする。
でも、7歳の時のこと。
それは今では、薄っすらとした記憶だった。
(質問されて、おばあ様にいつも言われていたことを教えてあげたのは覚えているわ。「女の子は愛想が大切。いつもニコニコしていないと嫌われるよ」。おばあ様の言葉だわ)
カリナが、一度目に会った妖精はルーカスだったのだ。
(本当にそっくり‥‥‥。彼女に教えてあげたいくらい。二度目に会った彼女だけが、本物の妖精だったのね)
「それが、どうかした?」
ルーカスは不思議そうにしている。
(あの森のほとんどは、グリーンティア男爵領と隣接するリンドル公爵領のもの。ルーカス様のおじい様の親友はリンドル公爵ね)
幼馴染か幼い頃に遊んだことがある、低位貴族の年下の女性。
そして、過去のパーティで彼と出会っている。
それが、カードが示した彼の運命の花嫁だ。
(過去のパーティで出会っている。それを占う前のパーティで、私は彼と会った。つまり、運命の花嫁は私‥‥‥)
カリナは少し考えて、こう口にした。
「ルーカス様。お傍にいるのは、私でいいのでしょうか? もうすぐ平民になりますし、妖精の力も無くなりました」
ふいにカリナは、不安になったのだった。
自分は運命の花嫁。
運命が導き、運命で決められていたこと。
だから何も持たない自分でも、彼は好きでいてくれるのだろうかと。
ルーカスは突然の言葉に戸惑うことなく、すぐに口を開いた。
「もしかして、ずっと気にしていたの? カリナ嬢の身分なんて、今更、私は気にしない。でも、グリーンティア男爵家は没落しないはずだよ」
「えっ‥‥‥?」
「3日後の謁見で、陛下から伝えられるはずだ。お父様には親書が届くだろう。陛下の暗殺を防いだのはカリナ嬢。それぐらいは当然だ。まだ、没落の正式発表前だしね」
カリナは目を大きく見開いた。
「ほ、本当ですか?」
「そのはずだ。アルバート殿下がそれとなく言っていた。私から聞いたことは秘密だよ」
「は、はい」
「残りの心配は妖精の力のことだね。実は、アルバート殿下はあの不思議な占いがもうできないのかとがっかりしていた。でも、私はそうは思わなかった」
占いはカリナが唯一できることだった。
でも、力を無くした後も悲しくなったりはしなかった。
(自分の未来。それが変えられると、今は分かっているから。何か別にできることを見つけよう、そう思ったのよ。簡単ではないのは分かっているけれど。でも、ルーカス様は実際はどう思ったのかしら?)
力が無くなったと告げた時。
ルーカスはただ、カリナの体調だけを心配していた。
何もできなくなったカリナを、彼がどう思っているか。
それを尋ねたことはなかった。
ルーカスは不安げなカリナをチラリと見て、微笑んだ。
そして、言葉を続けた。
「だって、妖精の力が無くても、度胸があって賢いことには変わりない。私を理解してくれていることにも。それが、カリナ嬢だろう? 全部、カリナ嬢が今までの行動で私に示してくれたこと。妖精の力ではなく、私はカリナ嬢が好きなのだから」
好きと言われ、カリナは頬を赤らめた。
「私の行動‥‥‥」
確かに、彼と出会ったのは運命が導いたことだったのかもしれない。
でも‥‥‥。
(私のしてきたことで、彼が私を好きになってくれた。結婚や恋愛に飽き飽きとしていた私の気持ちを、いつの間にか動かしていたのも彼の優しさ、その行動)
カリナの心の中は温かくなる。
そして、心に自信が溢れる。そんな気がした。
カリナは思った。
彼が会った妖精は、自分。
それは、彼に言う必要はないかもしれないと。
(だって、もう運命の花嫁は必要ないもの。今の私達は、自分の行動で‥‥‥自分自身で築いた未来にいるのよ)
ルーカスは、不安が消えたカリナの目をじっと見つめた。
「まだ、気が早いのは分かっているけど‥‥‥。きっとすぐに忙しくなると思うよ。不安に思う暇なんてないくらいに。オランジア公爵領は広大だ。愛読書の「領地経営学」の知識を使って、私を助けてくれるかな?」
クスリ、と笑うルーカス。
気が付いたら、カリナも一緒に笑っていた。
(人間は努力で未来も運命も変えられる。これから先のルーカス様と歩む未来の為に、努力をしよう)
「もちろんです。でも、その前に私、竜の元に修行に行かないと」
カリナとルーカスは目を合わせて、また笑い合った。
お読みいただきありがとうございました。