3.占いは当たるはずです(2)
「ちょっと。カリナ、何か誤解していない?」
カリナは先ほどから背伸びをしたり、左右に体を傾けたり。
五度も婚約破棄された男、ルーカス・オランジア公爵を見るのに必死である。
そんなカリナをオリビアは呆れた目で見た。
「えっ?」
「婚約破棄は、ルーカス様からしたわけじゃないの。全て、相手からなのよ」
「はぁっ! それもまた変わっているわね。美貌の公爵なのにそんなに婚約破棄されるものなの?」
公爵なのだから地位はある。きっと金も。それに加えて顔もいい。なんせ、観賞用と言われているほどだ。
それだけなら、女性から見たら最高の男に違いない。
政略結婚どころか恋愛もどんどんできそうだ。
それで五度も婚約破棄されるなんて、よっぽど性格がねじ曲がっているのか、変人なのか。
益々、カリナはルーカスに興味が湧いた。
顔が見えないのが本当に残念である。
「それが、されたのよ。オランジア公爵家は名門貴族。彼の妹は第一王子の婚約者よ。彼は優秀で将来の宰相候補。婚約破棄の回数は多いけれど、頭が良くて仕事ができるから、国王陛下にも第一王子にも目を掛けられているらしいけれど‥‥‥」
「何の問題もないじゃない」
「問題があるから婚約破棄されるのよ。彼の別名は鉄仮面公爵。全くの無表情なの。だから話していてもつまらないし、何を考えているかわからないから気味悪い。見ているだけなら美しい観賞用というわけ」
「鉄仮面公爵。なかなか凄い別名ね」
「えぇ。でね、五度とも「何を考えているかわからない人とは結婚できない」と言われて終わりですって。あの見た目だから、政略結婚とはいえ、顔合わせでたちまち相手が全て一目惚れ。すぐに婚約までは進むらしいのだけど」
「五度も同じ理由だなんて‥‥‥」
「流石にもう、政略結婚の相手もいないそうよ。鉄仮面も子どもの頃かららしいから、治らないでしょうね。初めての婚約破棄は10歳だと聞いたもの」
「五度も婚約破棄されていれば、さすがに低位貴族も結婚を断るわね」
金と地位があっても、そんな男なら娘が婚約破棄を口走ってしまい、慰謝料を請求される可能性がある。
きっと、普通の親なら婚約は許さないはずである。
低位貴族であれば尚更、慰謝料を払う余裕などないのだから。
「これで分かったでしょう。彼は五度も婚約破棄されているのよ。‥‥‥だから、浮気しないはずって言いたかったのよ」
「なるほど。それなら、確かに浮気なんてしないわね。やっと結婚まで辿り着いたのに浮気して離縁と言われたくないでしょうし」
「そう思うでしょ。そうそう、彼はつい先日、奇跡的に六度目の婚約をしたと聞いたわ。あ、こちらに近づいて来るわね。多分、横にいるのは婚約者よ」
オリビアの言葉通り、背の高い男性と横にいる女性がカリナの視界へと入る。
彼に対する興味を失ってしまったカリナは、チラリとだけ彼を見た。
そして、「あっ」と小さく声をあげた。
(あの人、お客様だわ。確かに美しい人だった。店ではローブのフードをかぶっているから、彼は私には気が付かないでしょうけど)
店を開いたばかりの頃に来た、肩までのサラサラとした金髪に澄んだ青い色の目をした背の高い客。
なんて美人だろうと見たら、男性の声で話しかけられて驚いた。
よくよく見たら、服装も男性のものだった。
だから、カリナは彼のことをよく覚えている。
しかし、もっと驚いたのは占いの結果を告げても彼が驚いた顔も嬉しそうな顔もしなかったことだった。
鉄仮面公爵とはよく言ったものだ。
あの動かない顔は、確かに冷たい鉄の仮面を被っているようだった。
婚約者が隣にいるというのに、彼女に微笑むこともしないルーカスを見ながら、カリナは思った。
彼の依頼は「自分の運命の花嫁を占って欲しい」だった。
なるほど。カリナは納得した。
五度も婚約破棄されていれば、「運命」を知りたくもなるだろう。
確実に結婚できる相手を探しているからこそ「運命の花嫁」。「花嫁」だけでは駄目だったのだ。
周囲では令嬢達がうっとり彼を見ながらも、ヒソヒソと話している。
「彼、占いで探し当てた運命の花嫁は君だと、婚約者にプロポーズしたのですって」
「婚約者の方がパーティで嬉しそうに妖精占いの店のお陰だと言っていたわ」
「そんな店があるのね。行ってみようかしら。彼が結婚できるくらいだからよく当たるに違いないわ」
どうやら、彼はカリナの占いで花嫁を探し、婚約したようだ。
これは良いお店の宣伝になるわと、カリナは笑みを浮かべた。
(でも、あの人、本当に占いで婚約者を見つけたの? 占いの途中で帰ったのに。てっきり占いに興味はないけど、気まぐれで店に入って見ただけだと思ったていたわ)
その時のこと。
それまでうつむいていたルーカスの婚約者が顔を上げた。
「何を考えているかわからない貴方とは、結婚できません。婚約は無かったことにさせていただきます!」
彼女は叫んだ。
丁度、ワルツが終わったところで、その声は会場中に響き渡った。
彼女は一瞬、気まずそうな顔をしたが、すぐに出口の方へと走り出した。
周囲では人々が囁きあう。
「占いは外れね。六度目の婚約破棄だわ」
「妖精占いの店には行かないほうがいいわね」
「妖精なんていないよ。妖精が授けた占いなんて、嘘だな」
(外れたなんて‥‥‥)
そんなことは、今までなかった。妖精が確かに与えてくれたものなのだから。
しかし、このままでは店の評判が良くなるどころか下がってしまうに違いない。
悪い噂はすぐに広がる。そうすれば売り上げ減、いや、下手したら閉店だ。
(どうしよう。やっとお客様が増えてきたところだったのに。このままでは、家族の役に立つどころか、お荷物になってしまうわ)
ルーカスは婚約者を追いかけようともしない。
悲しそうでもなければ、恥を感じているような表情もその顔には浮かんでいない。
(悪い噂を広げるわけにはいかない。そもそも、占いが外れるはずはないのだから。とにかく、なんとかしないと)
カリナはルーカスの前へと飛び出した。
「わ、私は妖精占いの占い師です。占いは当たるはずです!」
ルーカスはカリナをじっと見た。
一人の女性が、「あぁ、美しい瞳ね」と言うのが聞こえる。
だが、カリナは結婚にも恋愛にもうんざりしているから男に胸をときめかすことはない。
それに見た目の良い男は浮気するもの。彼は違うとはいっても、特に興味はない。
だから、カリナはその瞳に見つめられても何とも思わなかった。
何より、カリナは必死だったのだ。
兄は言っていた。
「万が一、クレームがあった時は誠実に責任を持って対処するんだ。まぁ、お前の占いはクレームなんて上がらないだろうけどね」と。
彼はこうも言った「時にはクレームへの対応が店の評判をよくすることもあるんだよ。こう対処しましたと客に知らせれば安心感を持ってくれることがあるからね」。
(お兄様の言ったようにすれば、きっと大丈夫)
カリナはわざと大声で言った。
ここにいる人達が全て自分の客になるかもしれないのだから。
「きっと、運命の花嫁を間違えて選んでしまったのです。私が運命の花嫁をお探しいたします。妖精占いの店は占いの結果に責任を持つお店ですから」
ルーカスは、「そうか」と小さく言っただけだった。
カリナはというと、近くにいた女性の「それはいい店ね」という声にほっとしていたのだった。
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