23.運命の花嫁(1)
「はぁっ! 何だよ、それっ」
いつも軽い感じのメイソン。
そんな彼が苛立ったように言う。
「どうされたのですか? 落ち着いてください」
慌てながら、カリナは言った。
今日は、ディアナ伯爵家のダンスパーティ。
ディアナ伯爵は、ダンスの名手として有名な人。
このパーティは社交シーズンに催される毎年恒例のイベントだそうだ。
このパーティも、レオナルド商会のパーティの影響を受けて余興の一つとして出張占いのブースが設けられている。
そこへカリナはまた、占い師として呼ばれたのだった。
どうやらアルバートの口添えがあったらしい。
少し前にディアナ伯爵が踊り始め、多くの人々はフロアでうっとりとそのダンスを見ている。
だから、出張占いは暇な時間帯である。
少し休憩をと、カリナが水をメイドに貰おうと出張占いのブースから出た時、ばったりとメイソンに会ったのだった。
彼は開口一番、こう言った。
「あれ? ルーカスは? 飲み物でも取りに行ったの?」と。
どうやら、彼はカリナがルーカスと一緒に、ただパーティを楽しむ為に来た。
そう思ったらしい。
カリナは、仕事用のローブを身に付けてはいたのだが。
確かに、カリナはルーカスに誘われた。
「はい、今日は確かにお誘いいただきました。でも‥‥‥」
カリナが答えたこの言葉。
でも。の後に続く出来事が、メイソンの苛立ちの原因のようである。
カリナがメイソンに話した出来事とは、丁度、二週間前のこと。
閉店間際に店に来たルーカスは、相変わらずの無表情。
でも、カリナには彼が椅子に座る様子がぎこちなく感じた。
(運命の花嫁が見つかったと伝えに来たのかしら?)
彼の口から出たのは予想外の言葉だった。
「その、今日は‥‥‥。パーティの話をしに来た。このパーティなんだけれど」
宣伝文句の原因となったあのパーティの話なら、とっくに終わっているはず。
カリナは首を傾げた。
ルーカスはポケットからパーティの招待状を取り出した。
そこには、「ディアナ伯爵家・ダンスパーティ」とある。
「再来週の金曜日のパーティですよね」
「毎年、社交シーズンに開かれる名物パーティの一つだよ」
「えぇ。知っています。私、そこに」
出張占いで行きますよ。
その言葉はルーカスの声にかき消された。
「このパーティに一緒に行かないか? 君と一緒に行きたいんだ」
「えっ‥‥‥」
カリナが戸惑ったその時のこと。
「ルーカス様ぁ」
甘い声がしたかと思うと、一人の女性が店へと入って来た。
ふわふわとした金髪、色白の肌。
華奢な体の可愛らしい女性だった。
彼女は、座っているルーカスに後ろから抱きついた。
「お義母様が、この占い店に行かれたとおっしゃったので、来ちゃいました」
「サーラ様、手を離してください」
ルーカスは冷ややかに言う。
そして、彼女の手を振りほどく。
「だって、このお店が私達を占ってくれたのでしょう。だったら、二人でお礼を言わないと」
カリナは、はっとした。
(私達を占った‥‥‥。この女性がルーカス様の運命の花嫁なの?)
サーラと呼ばれた女性は言葉を続けた。
「初めまして。わたくし、サーラ・ユーリエスと申します」
女性は愛らしい微笑みを顔に浮かべた。
(ユーリエスは、隣国の王族の姓。やっぱりそのようね。確かにお姫様と言った感じの可愛らしい容姿ね。二人はお似合いだわ)
「カリナ・グリーンティアです」
カリナは、それだけ言うのがやっとだった。
「サーラ様、帰って‥‥‥」
ルーカスの言葉の途中。
それなのにサーラは甘ったるい声で言う。
「まぁ、パーティの招待状ね。ルーカス様に優しい方ね。確かこの方、平民になる予定の方だとか。貴族として最後のパーティに連れて行ってあげようと思われたのね」
「違う! そんな理由では」
ルーカスは声を荒げた。
しかし、カリナはその声をただ、ぼんやりと聞いていた。
(ルーカス様、また私を憐れんで)
心に暗闇が広がるような感覚にカリナは襲われていたのだった。
カリナは何故だか重く感じる体で立ち上がり、ルーカスに頭を下げた。
「ルーカス様、お心遣いありがとうございます。でも私、そのパーティへは仕事で。出張占いで参加することに」
「心遣いなど。そんなつもりは‥‥‥。仕事、だったんだね」
「あら、残念。それじゃあ、ルーカス様。私を連れて行ってください。お義母様には連れて行っていただきましたが、ルーカス様と一緒にパーティへ行ったことはないですもの」
「‥‥‥」
ルーカスは無言でサーラの手を払いのけ、席を立った。
「カリナ嬢。また来る」
そう短く言うと、彼は店から出て行く。
「待ってください」と甘えたような声で言うと、サーラはルーカスを追いかけて行った。
不意にカリナは泣き出したくなった。
でも、その気持ちを抑え、開けっ放しになっていた扉を閉めた。
「あのサーラって女、何かとルーカスにつきまといやがって。しかも余計なことを言って」
「そんなことを言っては‥‥‥。私、彼女についての話は知っています。国にも帰れず、彼しか頼る人がいないのです。仕方ないですよ」
それに、彼女は運命の花嫁だから仕方ない。
カリナは、心の中でそう付け足した。
(平民的で、天真爛漫な彼女の振る舞い。それにルーカス様は照れていたのかもしれないわね。きっとルーカス様は幸せになるわ。だって、彼女が運命の相手なんですもの)
「カリナちゃんも、あの話に心酔しているのか。大半の貴族は信じ込んでいるけど、疑っている者もいるのに」
「私の占いは当たるはず。だから、彼女以外に運命の花嫁はいないと思います」
「占いは当たる、か。カリナちゃん、ただ‥‥‥」
メイソンらしくない真剣な目を彼はした。
そして、言葉を続ける。
「ただ、僕はカリナちゃんは、オランジア公爵家のパーティで、カリナちゃんがルーカスを見つめていた時の気持ち。あの気持ちのままでいればと思うんだ」
「あの時‥‥‥」
カリナは思い出した。
あの日、ルーカスに「ありがとう。君のお陰で二人の絆は強くなったようだ」。
そう言われて、カリナは、彼が微笑んでいるような幻覚を見ていた。
その微笑みはとても優しく見えて。
カリナは、ぼうっとしてしまったのだった。
「思い出した? リンダ様も同じことを言っていたからね。カリナちゃんを見ているともどかしいって」
「お二人とも、気が付いて‥‥‥」
カリナは真っ赤になった。
(私が気が付いたのはあの後。私より早く、二人には気付かれてしまっていたのね。でも、どうしようもないわ)
「その気持ちのままでいるなら、大丈夫だと思うんだ。本当に占いが当たっていたとしても」
「どういうことでしょうか?」
「僕からはここまで。あとはカリナちゃん次第だ」
メイソンはそう言うと、「じゃあ、そろそろ行くね」と席を立った。
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