15.占いません(2)
「どうされたのですか? 何を占うのでしょう?」
リンダの言葉にカリナは困惑した。
身内の不幸か身内が事故にでもあったか。そんな様子なのに占いとは。
「‥‥‥婚約破棄されるようです。先ほどの手紙はアルバート殿下ご本人からのもの。そこには殿下は婚約破棄を望んでいると、それを理解して欲しいと書かれていました」
「えっ! 婚約破棄!」
カリナの声が店に響く。
リンダの婚約者は、ここフローラシア王国の第一王子アルバート。
自分で相手を選ぶというより、国の為に結婚をする立場。
そもそも、オランジア公爵家が名門貴族である以上、オランジア公爵家側によっぽどの非がなければ、そう簡単に婚約破棄はできないはずなのだ。
「はい。と、いうことは彼はわたくしの運命の相手ではないということ。ですから、わたくしの運命の相手を占って欲しいのです」
「ですが‥‥‥」
「殿下は他貴族への影響も考え、まだ公にはしないと。ですから、内密にお願いします。占い店は秘密厳守が原則ですよね?」
先ほどの威勢はリンダの声からは感じられない。
リンダはへなへなと店の椅子に座り込んだ。
「もちろんです。あの、大丈夫ですか?」
「1歳の時に婚約が決まってから17年。この国の為にと必死で勉強してきました。今の仕事も、将来の王妃としての経験の為にと、懸命に取り組んできたというのに」
「リンダ様‥‥‥」
「何故、でしょうか? すべてはあの方の為。ただただ、必死で。あの方もわたくしを見てくれていると思っていたのに。今までわたくしは何の為に。でも、もう仕方が無いこと‥‥‥」
リンダは泣き出しそうな顔で言う。
だが、最後のプライドか、彼女は涙を必死で堪えている。
(リンダ様の厳しい言動。それは全て、第一王子の婚約者という立場の為に作っているものなのね。言われてみれば、なんとなく不自然な感じもするわ。すべてはアルバート殿下のお傍にいる為。本当に殿下のことがお好きなのね。表面だけの政略結婚ではない。それならば、お辛いでしょうね)
第一王子と公爵令嬢の話だ。
没落予定貴族でただの占い師のカリナには、どうすることもできない。
でも。カリナは思う。
何もできないことは分かっている。でも、少しだけでも元気付けることができないだろうかと。
目の前のリンダには先ほどの威圧感なんてなく、恋する普通の女の子にのように見えてしまったから。
(婚約破棄の理由は分からない。でも、少しだけでもリンダの心を楽にして差し上げる方法は無いかしら?)
リンダが望むように占えばいいのかもしれない。
しかし‥‥‥。
カリナはそれは今ではないと思った。
だって、彼女の目に溜まる涙は悲しみの涙でも諦めの涙でもない。
きっと悔し涙だから。
(そうよ、私、知っているじゃない。占いの結果とは全く違う未来を掴んだ人たちを。これは、私が占い店を開いて学んだこと。私が占いが好きだと思う理由)
カリナはリンダに向き合って座った。
「リンダ様。私、運命の相手は占いません」
占い師らしからぬ言葉なのは、分かっていた。
普通の客ならば運命の相手なんてすぐに占う。
占いで気が楽になってくれたら。未来が分かることでそれが悪いものでも変えようとしてくれるのなら。
いつもカリナはそう思いながら占いをしている。
だけど、今のリンダは占いなんてしても気は楽にならない。
リンダのアルバートに対する想いは真っすぐなもの。カリナはそう感じた。
彼の言う事ならばと後悔しても、自分が我慢すればと、ただ受け入れてしまいそうだ。
それにリンダは真面目で実直な人に違いない。それは逆を返せば融通が利かない人。
運命の相手はこの人です。と、言ったらそのままその相手のところに行ってしまいそうだ。
例え後悔しても、どんなに辛くても、運命だからと我慢してしまうだろう。
心にアルバートを残したまま。
「なんですって? あなた、占い師なのでしょう? だったら‥‥‥」
「もし、アルバート殿下以外の人と結ばれるというカードが出たならば。それで、リンダ様のお気持ちは晴れますか?」
「‥‥‥」
リンダは何も答えない。
だが、その沈黙は気は晴れない。そう言っているようにカリナは感じた。
「リンダ様は、今までの努力を何もせずに無にしてもよいのですか?」
「それは‥‥‥」
「私は、占いで望まない結末が出た二人が必死で両親を説得して幸せな結婚したこと、望まない結婚をカードが示しても自身の努力で愛を育み、幸せな結婚生活に変えた人も知っています」
「何を言いたいのですか?」
「私は殿下とリンダ様の本当のご関係を、仲が良いのか悪いのかも存じ上げません。もちろん、婚約破棄の理由も」
「それならば、何故‥‥‥」
「でも、私にさえ、先程の言葉でリンダ様がアルバート殿下をお慕いしていることが分かりました。それならば、今はまだ、ご自身の望む未来の為に努力を続けるべきだと思うのです」
リンダの目に涙が浮かぶ。涙が一粒、テーブルの上へと落ちた。
カリナはリンダにハンカチを差し出した。
カリナは言葉を続ける。
「リンダ様のお気持ちがアルバート殿下にあるのなら、運命の相手を占うのはまだ早い、私はそう思うのです。人間は未来も運命も努力で変えられますから」
「あなたは、わたくしに婚約破棄されたその先の未来を変えろと言っているのね」
「はい。その通りです。未来は変わらないかもしれませんが、変わるかもしれませんので」
「変わっているわね。あなた。占い師なのに占うのを拒否して、わたくしにお説教だなんて」
涙を拭きとり、フフフッとリンダは笑った。
「でも、確かにその通りです。アルバート様と直接お話もしていないのに取り乱してしまいました。わたくし、あの方を本当にお慕いしているの。婚約破棄と言われて何もせずに諦めるだなんて‥‥‥。一生、後悔したまま我慢の人生を過ごすところでした」
リンダの目には先ほどの強さが戻ってきた。
でも、それは威圧などではなく、決意が込められた強い目だ。
「はい。でも、どうしても思う未来にはならず、それにご自身が納得された時は、私がリンダ様の運命の相手を占います。その時は私が運命の相手をお探しいたしますから、ご安心を」
「あら、また宣伝文句? その宣伝文句は信じていいのかしら?」
リンダの顔には笑みが浮かんでいる。
その声は調査の時の厳しいものとは違う柔らかな声。
(冗談を言う元気が出た、ということよね?)
その声にカリナはよかった。と胸を撫でおろした。
「もちろんです。この店は占いの結果に責任を持つ店ですから」
リンダの言葉にカリナも微笑みながら返す。
「あなた、意外と言うわね」
二人は顔を見合わせて笑い合った。
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