14.占いません(1)
オリビアと恋の駆け引きの話をした翌日の午後。
「カリナ・グリーンティアさんのお店ですね? わたくし、商業組合の者です」
そう言って、ずかずかと店に若い女性が入って来た。
彼女の年はカリナと変わらないように見えた。
(綺麗な金髪。まるで、ルーカス様みたいだわ)
女性はルーカスの肩までの髪より長い腰までの金髪をサラリとかき上げる。
顔立ちも美しく、なんとなく彼に似ている。
彼女はカリナを一瞥すると店内をぐるりと見渡した。
その視線の厳しいこと。
(な、何よ。この人。名乗りもせずに)
カリナはその視線に威圧され、たじろいだ。
「あの‥‥‥、何のご用でしょうか?」
「要件? 胸に手を当てて考えればすぐに分かるのでは?」
彼女の口調は強く、冷たいもの。
その口調にカリナは胸騒ぎを感じた。
「あの、何なのでしょうか?」
「黙ってわたくしの質問に答えて頂戴」
女性は腕組みをし、キッとカリナを睨みつける。
その言葉の圧力にカリナは「お座りください」とも言えない。
(私と同い年くらいなのに凄い迫力だわ)
言っていることは恐ろしいけれど、穏やかな口調のルーカスのほうがよっぽどいい。
そうカリナは思った。
「では。あなた、偽りを語ってお客様を集めていますね?」
何の説明も無しに突然始まった質問。
当然、カリナは戸惑った。
「えっ? 偽りなどは…‥‥。もしかして、妖精占いのことですか? たまにお客様からも聞かれますが、私が妖精に会って、妖精に占いを授けられたのは事実です」
「あぁ。店名ね。それも確認事項の一つでした」
「えっ? あの‥‥‥。父と母、兄のお聞きいただいても私が妖精に会って占いを授けられたという話をするはずです」
「基本的には身内の証言は証拠にはなりません。ただ、妖精という存在は、この国では否定されるものではありません。わたくしも存在を信じています。ですので、この件は持ち帰って協議します」
「ですが、両親と兄以外にはこの話は‥‥‥」
話しの途中で彼女にジロリとみられ、カリナは口をつぐんだ。
「この店の看板は神秘的な響きで、誇大表現だと感じます。あたかも不思議な力で占うかのような。過剰な期待や誤った依存を生む可能性があるかと。ですので、協議後、回答をします。よろしいですか?」
「わかりました」
それしかカリナには言うことができなかった。
「では、この店が他にお客様に偽りを言っているということは?」
彼女の冷ややかな目線はまるで、「偽っているのは看板だけではないでしょう?」と冷たい声で言っているようだった。
(偽っていることなんてないわ。もしかしてルーカス様の件? でも、彼は占いが外れたとは知らないはず。彼は店の営業許可の取り消しを材料にして、占いが当たっていると言うのなら、自分の結婚相手を探せと私を脅しているのよ)
困惑しているカリナからは、言葉が出ない。
「あら、どうされたの? 都合が悪いことを聞いてしまったかしら? お答えになれないようなので、質問を変えます。あなたはルーカス・オランジアの運命の花嫁を探しているのかしら?」
「えっ‥‥‥」
それは、予期せぬ言葉だった。
(この人、一体、何の為にその質問を? 商工組合って‥‥‥)
戸惑うカリナ。しかし、その間も女性の厳しい目はカリナを捕らえて離さない。
「返事が無いということは、宣伝文句は偽りですね」
(宣伝文句? そうだわ。「君のパーティでの発言も宣伝文句になると私は思うんだ。あんなに沢山の人がいたのだから」。ルーカス様がそう言ったのよ)
カリナがはっとした時。
「今の答えと同じことを誰にでも言えるね? 同じようにしか答えてはいけないよ」
「誰かから私の運命の花嫁の件を聞かれたらどう答えるか覚えている?」
脳裏にルーカスの言葉が響いた。
(どう答えるか。覚えているわ)
「誰に聞かれても同じことを言えるね?」
また、ルーカスの言葉がカリナの頭に響いた。
(誰に聞かれても‥‥‥。言えるわ。あのパーティの言葉を宣伝文句と言うのなら、答えはひとつのはずだもの)
カリナは深呼吸をし、早口で言った。
「私、偽りは申しておりません。占いは当たるはずです。私がルーカス様の運命の花嫁をお探しします。このお店は占いの結果に責任を持つ店ですから」
カリナの答えは、ルーカスに答えた言葉と全く同じもの。
この言葉で女性の表情が少し緩んだように思え、カリナはほっとした。
どうやら、カリナの言った答えは正しい答えだったようだ。
(ルーカスの言う通りに答えたけれど。どういうこと? あの言葉は私を脅していたものはずなのに)
カリナの胸には、かすかな疑問が浮かんだ。
「‥‥‥宣伝文句に偽りはないということですね?」
「は、はい」
「ご自身の言葉をよく理解しているようですね。では、調査の第一段階は合格とします。今後は、占いの結果に責任を持つというあなたの行動次第。全てのお客様へ同じ対応ができているかが重要。あなた次第で営業許可の取り消しも検討しますので、留意を。店の看板の件は追って、連絡します」
「えっ? 調査?」
「申し遅れました。抜き打ち調査の場合、名乗らないようにしていまして。わたくしはリンダ・オランジア。商業組合で相談役をしています」
カリナは気が付いた。
(この人、ルーカス様の妹? 確か、妹がいると。商業組合の相談役は、ルーカス様の妹だったのね)
リンダの言葉は続く。
「先ほどのあなたの答えと同じものを、新郎側の友人として出席した結婚パーティで聞きました。あれだけ大勢の人がいたのだから、あなたの言葉は宣伝文句に当たると私は判断しました。商工組合の規則は知っていますよね?」
「はい。看板に嘘を書く店や大げさな宣伝文句を書く店は営業許可を取り消される。それが、規則です」
カリナは先ほどの答えが正解だった理由がわかった。
ルーカスが二度目に店にやって来た日にした会話。
今日のリンダの問いはかたちは違っていても、あの日の会話そのままだったのだ。
つまり、ルーカスがもし、店に来てカリナを脅さなければ。
今日、店の営業許可は取り消されていたかもしれないということだ。
(ルーカス様に助けられたわ。まるで、彼は知っていたみたい。リンダ様が来たらこういう質問をされると。‥‥‥えっ? もしかして、私に教えてくれていた?)
カリナの胸にまた疑問が浮かぶ。
「理解しているなら、説明は不要ですね。あの後、集客が増え、レオナルド商会のパーティで出張占いにも選ばれたと報告を受けています。宣伝文句の効果と考え、今日はそれが正しいかどうか、わたくし自らが抜き打ち調査に来たというわけです」
「そ、そうだったのですね」
(「この国では店の営業許可を出すのも取り消すのも商業組合。その組織の中で相談役は意外と権限が大きくてね。営業許可の取り消しを独断できるほどだ」。ルーカス様の言葉よ。もしかして、彼は‥‥‥)
浮かんだ疑問は大きくなり、カリナは混乱させた。
「わたくしは第一王子、アルバート殿下の婚約者。将来は王妃としてこの国を正しく導くことに全身全霊を注ぐつもりです。それ故、現段階では国民を惑わすような嘘や誇張表現を排除に尽力しています」
リンダの言葉通りなら、営業組合の規則に乗っ取って営業許可の取り消しをしているのはリンダだ。
占いが外れたというようなルーカスからのクレームで、調査に来たというわけではなさそうだ。
(彼は、リンダ様が私の言葉を宣伝文句だと判断して調査すると分かっていて、何度も忠告をしに来てくれていたの? パーティの後に来た時から、そのつもりで?)
そうだとしたら。
(私は脅されていなかったということになる。まさか、店に来たのは忠告の為にだけ? あぁ。確かにルーカス様から「運命の花嫁を探せ」なんて言われたことはない。でも‥‥‥。本当に?)
疑問を残したまま、カリナの心に薄っすらと結論のようなもの浮かんだ時。
「リンダ様、お仕事中に申し訳ありません」
そう叫びながら、一人の男性が店へと駆け込んで来た。
(この男性の制服、宮殿の従者のものよね。一体、どうしたのかしら?)
先程から、深刻な顔で話しているリンダと男性。
狭い部屋ではあるが、小声でよく聞き取れない。
じっと見ているのも失礼かと思い、今、カリナは窓から外の様子を眺めている。
(ルーカス様のことを考えたいけれど、集中できないわ)
駆け込んで来た男性は、リンダに一通の手紙を渡した。
それを開いたリンダの顔色はたちまち青くなった。
そうして、男性に質問を始めたようなのだが。
(何か、深刻な状況だっていうのはわかるのだけど)
「わかりました。お帰りください」
そう言うリンダの声が聞こえ、男性が部屋から出て行く気配がした。
終わったようね。
と、振り向いたカリナは唖然とした。
先ほどの強気な態度とはまるで違うリンダの目にだ。
その目には、涙が溜まっていたのだ。
しかし、その涙がこぼれ落ちないように唇をぐっと結んで堪えているようだ。
彼女は涙を堪え、口を開いた。
「あなた、わたくしを占って頂戴」
「えっ! う、占いですか!」
この言葉で、カリナの心からルーカスのことは吹き飛んでしまった。
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