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13.同じ押すでもダメ押しのほう

「ねぇ。もしかして、押されてる?」


「えっ? 何で知ってるの? 確かに、押されてはいるけど。たまによ」


「公園でグイグイ押されてたんでしょ? 知らなかったわ。彼は押すタイプなのね」


「公園で? 流石に外では無理ね。それに押すタイプ? ツボ押しって押す以外にあるの?」


「はぁっ?」


 という会話をしているのはオリビアとカリナ。


 閉店後、カリナはオリビアと店の近くのカフェで紅茶を二人で飲んでいるところだ。

 もちろん、オリビアのおごりで。


「もう、何言ってるのよ。ルーカス様と公園に行ったでしょう? 見た人がいるの。茶色い髪、地味な古い茶色のワンピース、普通の容姿。アハハと口を押えずに笑う貴族とは思えない女性。‥‥‥カリナじゃない?」


「それ、褒められてはいないわね」


 容姿は直しようもないし、服装も今の経済状況では変えらえない。

 ならば、せめて笑い方だけでも直そうとカリナは誓った。


「あのルーカス様が動物のいる方へぐいぐいと女の子をエスコートしていたって、昨日行ったお茶会で噂になっていたわよ。ルーカス様が女の子を押しているのを初めて聞いたって皆、驚いていたわ」


「押されてないわよ。普通に歩いていただけ」


「‥‥‥もうっ。これだから経験値の低い耳年増は。押してダメなら引いてみろの押すよ。つまり、ルーカス様がカリナにアプローチしてるんじゃないかって噂になっていたの。あっ、カリナだとは誰にも言っていないから安心して」


「アプローチ! まさか! ただのお礼よ。実はね‥‥‥」


 カリナはレオナルド商会のパーティでの一件、ルーカスがお礼だと言って喜劇を観に連れて行ってくれたことを話した。

 もちろん、「恋に落ちるのに必要なこと」のメモについては秘密だ。


「ふーん。なるほど」


 オリビアは話を聞き終わり、うなずいた。


「ね、お礼でしょ? ただの」


「うーん。お礼としては、いささか凝りすぎている気もするけど、なんせ六回も婚約破棄されている人だから。私達が思っているより女の扱いには慣れているってことかも」


「私もそう思うわ。あのレストランとか、どう考えても今までの婚約者を連れて行ったという感じだったし」


 オリビアがそう言うなら、メモと同じコースだったのはやっぱり偶然だ。

 カリナは自分にそう言い聞かせた。


「しかし、カリナはよく平気だったわね、食事だの公園だのに行って」


「何が?」


「彼が美しすぎて、食事が喉を通らないとかよ」


(あの幻覚、ルーカス様の美しさのせい? いやいや、私、彼の容姿のことは何とも思っていないわよ)


 きっと、あれは疲れが見せたもの。食事は完全に胃の中まで到達していた。

 カリナはそう考えて、きっぱりと言った。


「完食したわ。滅多に食べられない豪華な食事よ。もったいないじゃない」


「ふぅ‥‥‥。カリナには彼の美しさも無意味なのを忘れていたわ。私なら、ルーカス様と出かけたらどうにかなっちゃうかも。あぁ、彼に押されてみたい。私の婚約者なんて‥‥‥」


 オリビアは話しながら何かを思い付いたよう。

 彼女は急に声を大きくして言った。


「決めたわ。私、引いてみることにする」






「オリビア、それはやめた方がいいと思うわ。前も失敗しているじゃない」

 

「だって、ここ数週間、宮殿の昼休みにお弁当を届けてもありがとうも言ってくれないのよ。それにデートにおしゃれして行っても褒めてもくれない。前は、可愛らしい婚約者で自慢だとか言ってくれていたのに」


 オリビアと婚約者はお見合いを経て、婚約した。

 元々、オリビアは婚約に乗り気ではなかった。

 だが、相手側からの強いアプローチに頷いたそうだ。


 最初は嫌々だったそうだが、次第に打ち解け、今では仲良くやっているとカリナは聞いていたのだが。

 ところが、ここ数週間ほど、どうも婚約者が冷たいらしい。


 オリビアの話は続く。

 

「私、押しすぎたのよ。毎日のお弁当を届けるだなんて、しかも手紙まで添えて。思えば初めは向こうが押していたけど、今、押しているのは私。だから、引いてみるわ」


「だけど、押してダメなら引いてみろだなんて‥‥‥。恋の駆け引きに何度も失敗して、今の婚約者にたどり着いたのでしょう」


 カリナはうんざりとした顔をする。


 オリビアの恋の駆け引きの話は、昔から親族の集まりの際に何度も聞いてきた。


 うるさい女に思われるのが嫌で無口な振りをしたら、一緒にいるのがつまらないと振られた話。


 せっかくパーティに誘われていたのに、簡単に誘いに乗る手軽な女に思われてはいけない。そう思って返事を10日後にしたら、彼は別の女性を誘っていた話。


 そう、オリビアの恋の駆け引きはことごとく失敗。

 そうしてやっと、今の婚約者に出会ったのである。


「いいえ。やるわ。私が引けば、彼はまた私を押してくれるはず。平凡な人だけど、少し前まではバラの花をデートの度に持ってきてくれたのよ。そうやってまた私を押して欲しいの」


「そんなものでしょう。婚約とか結婚って。結婚したらトキメキなんてなくなるって話だし」


「でた。カリナの耳年増。そんなんじゃ、本当に恋をした時に失敗するわ」


「恋なんてしないもの」


「ふーん。そう言う人こそ、恋愛にどっぷりハマるのよね。どうする? 本当にルーカス様に押されていたら」


 ニヤリとオリビアは笑う。


 同じ押すならダメ押しされてるわよ。

 という言葉をカリナは、紅茶と一緒に飲み込んだ。


「そ、それより、どうするつもりなの? とりあえず、お弁当を届けるのをやめる?」


「そのつもりよ。あとは、しばらく会うのをやめる。寂しくって会いに来るまでね。あぁ、本当は彼を嫉妬させることができればいいのに」


「嫉妬?」


「えぇ。急に相手に冷たくする、連絡を取らなくなる。そんな「引く」の中で、一番効果があるのが嫉妬だと思うわ」


「わかった! 他の男性に盗られたくないと嫉妬させるということね」


 「彼に別の女性がいるようです。彼を取り戻せますか」。

 そう占いに来た女性がいた。


 そんな男なら、願い下げだ! と言いたいのを堪えて占ったが、あれはもしかしたら彼の「引く」作戦だったのかもしれない。

 カードは「浮気はしていない」「取り戻せる」と示していたから。


 恋に興味がないカリナには、本来は恋の駆け引きなど縁遠い話ではある。

 だが、カリナは彼女のことを思い出しながら答えたのだった。


「そういうこと。珍しく冴えているわね。でも、効果的だけど、難しいのよ。そんな相手がいるならと本当に振られてしまうかもしれないし。私にはそれはできない。とにかく、彼が会いに来るまで会わないわ」


「フフフッ、オリビア、なんだか可愛らしいわ。恋の駆け引きっていうより、拗ねてるようにみえるわね」


「何よ! 拗ねてなんてないわよ」


 照れたように言うオリビアは、やっぱり可愛らしくカリナの目に映った。

 

(今回の駆け引きは成功しそうね。だって、オリビアは本当に彼のことを好きだもの。彼もそれを分かっているはず。きっと彼はオリビアがお弁当を届けに来なくなるだけで、焦るに違いないわ)


 可愛らしいと言えば‥‥‥。

 

(えっ、何でルーカス様が浮かぶのよ!)


 カリナの頭の中には、アップルパイを好きだと言った彼。ウサギを恐る恐る触る彼が浮かんでいた。  


(運命の花嫁のことを考えすぎて、どうにかなちゃったみたいね。何度もダメ押しする恐ろしい人なのに。あぁ、方法を考えないと本当に病気になるかも)


 ふうっと深呼吸してカリナはルーカスを脳裏から消した。


「きっと、彼はバラの花を持って慌ててオリビアに会いに来るわよ」


「ありがとう。成功したら教えるわね。カリナもルーカス様に本当に押されたら、教えてちょうだい」


 いたずらっぽくオリビアは微笑む。


 「いい加減にして。私は、ルーカス様のダメ押しから引きたいのよ」。

 そう言いかけて、カリナは慌ててまた紅茶を飲んだ。

お読みいただきありがとうございました。

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