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12.恋に落ちるのに必要なこと(2)

 王都の南にある公園は、ウサギやリスなどの小動物が飼育されている。

 一部の動物には餌やりもできるし、触ることもできる。


 田舎育ちであるカリナには珍しいものではない。

 だが、幼少期に屋敷に引き籠って過ごしたというルーカスは、動物にも触れあった経験がないようだ。


 小さなウサギを目の前にルーカスは動かない。

 それは、まるで怯えているようにカリナの目には映った。


「ごれで、どうしろというのだ?」


 ルーカスの足元には小さな白いウサギがいる。


「もしかして‥‥‥、ルーカス様は動物が怖いのですか?」


「え、いや。違う」


「じゃあ、撫でてあげて下さい!」


 カリナは少しだけ復讐よ。

 そんな気持ちでウサギを抱き上げ、ルーカスに差し出した。


「え、それは‥‥‥」


 ルーカスはたじろぎ、後ずさりをする。


「こんなに可愛いのに」


 カリナはウサギを地面に戻し、屈むとその柔らかな体を撫でた。


 ウサギの可愛らしさに自然とカリナには笑顔が浮かぶ。

 移動するウサギを追いかけて、カリナはルーカスから遠ざかって行った。


「なるほど。可愛さに思わず微笑む、こういうことか。しかし、4つの方法全て笑いに関係があるもの。彼女は、自分を楽しませてくれる男性が好みで、そういう男性に恋に落ちたいということだな」


 ルーカスはそんなカリナを見て、頷いた。

 だが、ウサギに夢中のカリナはそんな彼の様子に目を向けることはなかった。






 さて、帰りの馬車の中。

 カリナはまたルーカスと二人きりになった。


 公園での時間はあっという間だった。


(フフフ、小さなウサギを怖がっていた様子のルーカス様も、最後には触れるようになったわね。アップルパイが好物だったり、本当に意外と可愛らしい男性よね)


 カリナは出発前に思っていたより楽しい一日を過ごした。


「ルーカス様、今日はありがとうございました」

 

 カリナはルーカスと向き合って座り、頭を下げた。


「いや、こちらこそローブの件には感謝をしている。君のお陰であの日、恥をかかずに済んだ。それにお礼と言いながらも、楽しい一日を過ごさせてもらったよ」


 ルーカスの言葉を聞いたカリナは再び、不思議な感覚に襲われた。

 

(まただわ。このふわりとした感じ。何なのよ‥‥‥。それに、彼の声。まるで彼が微笑んでいるような錯覚を覚えるわ)


 目の前のルーカスは、にこりともしていない。

 だが、その口調は柔らかで。まるで口元に微笑みを浮かべながら言っているように感じられたのだった。

 

(それにしても、今日は本当にお礼だけだったようね。運命の花嫁の話はまったく出なかったわ)


 そう、カリナが思った時のこと。


 カリナの思いとは真逆の言葉がルーカスから発せられた。


「ところで、誰かから、私の運命の花嫁の件を聞かれたらどうこたえるか覚えている?」


「えっ? そ、それは‥‥‥。「占いは当たるはずです。私がルーカス様の運命の花嫁をお探しいたします」デス」

 

 カリナはドギマギと答えた。


(やっぱり、忘れていなかったわね。飴と鞭だったのね。最後に鞭を与えてから別れるつもりなのだわ)


「うん。それでいい。いいかい、看板に偽りはない。宣伝文句にも偽りなし。これを忘れないで」


「は、はいっ」


 そう答えながらカリナは焦る。

 

(何度もダメ押しされているとなると、そろそろ、運命の花嫁を探さないとマズイわよね。あまり時間がかかると使えないと判断されて、店の営業許可が取り消されるかも。彼は恐ろしい人なのだから)


 馬車が家に着き、カリナはギクシャクと馬車を降りた。


 ルーカスも彼女を家の前まで送る為、馬車を降りる。

 その歩き方はカリナ同様、ギクシャクとしたものだった。


「今日はありがとうございました」


 そう言い、礼をするとカリナは振り返らずに家へと入った。

 

 もし、振り返っていれば。

 彼女は鉄仮面が外れた、そう思ったかもしれない。


 家の入口でカリナを見送るルーカス。

 この時の彼の頬はパーティの時と同じように赤らんでいたのだから。


 彼女が去った馬車の中。

 ルーカスはボソリと呟いた。

 

「あぁ、挑戦しようと思ったけれど、4番目はとても無理だ‥‥‥。でも、今日は打ち解けることができてよかった。今朝の彼女は随分と緊張していたみたいで会話もチグハグだった。それも、可愛らしかったな。近いうちに4番目を‥‥‥」


 




 翌日の朝。


 カリナは仕事の準備中。

 今日は、これを着ようとクローゼットから何気なく1枚のローブを取り出した。


「これ、ルーカス様が洗って返してくれたものよね」


 ローブを着て、二階の店に行こうと思った時、カリナはあることに気が付いた。


「そういえば、ポケットにあのメモを入れたままだったわ‥‥‥。メイドが洗濯をした時に一緒に洗ってしまったかしら。それとも‥‥‥?」


 カリナはポケットに手を入れる。


 そこにはカリナが書いたメモが入ったままだった。

 そのメモは、カリナがレオナルド商会の前日に考えたルーカスを笑わせる方法を書いたもの。

 オリビアの話で思い付いた女性が彼に恋に落ちるのに必要なこと。それは彼の笑顔。

 

「あったわ。‥‥‥えっ。これって‥‥‥」


 メモを改めて見て、カリナは愕然とした。


 そこにはこう、書かれていた。


『恋に落ちるのに必要なこと。

 1、喜劇を観て笑う

 2、美味しい食事を食べて笑みがこぼれる

 3、動物と戯れて可愛さに思わず微笑む

 4、不意打ちにキスされて照れ笑い』


 ただし、4番は二重線で消されている。

 書いた後、無性に恥ずかしくなって消したのだった。


「これって、昨日行った場所と全く同じ。これを見られた?」


 丁寧に折りたたまれていたメモ。

 ルーカスがポケットを探ったとは思えなかった。でも。


「いえ、例え見たとしても、何の為のものかは分からなかったはず。あ、もしかして‥‥‥、行く場所の参考にでもしたの?」

  

 いや、そもそも、彼はメモを見ていない。

 昨日の場所とメモが同じなのは、ただの偶然に違いない。

 

 とにかく、見られていたとしても、見られていなかったとしても問題ない。


 カリナは頭の中で繰り返しながら、仕事へと向かったのだった。

お読みいただきありがとうございました。

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