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11.恋に落ちるのに必要なこと(1)

「では、行くとしようか」


(あぁ、何でこんなことに。お礼なんていいのに)


 今日、カリナはルーカスと喜劇を観に行くのである。


 レオナルド商会のパーティから数日後、ルーカスはカリナのローブを届けに店へと現れた。

  

 綺麗に洗われたローブは、まるで新品のようだった。しかも、少しほつれていた袖の部分が綺麗に直してあった。

 そんなに大したことはしていないのにとカリナは恐縮した。


 その時、喜劇のチケットを手渡し、「迎えに来るから用意をしておいて」と告げたのだった。

 それは、店の定休日の水曜日のものだった。


 ぎりぎりの暮らしをしている状態のカリナにとっては、芝居なんて贅沢なもの。

 普段のカリナなら、お礼で芝居に連れて行ってやるだなんて言われたら、相手が誰であれ喜んだはずである。


 だが、相手がルーカスなら喜べるはずがない。

 いくらお礼だとは言っても、いつルーカスが「運命の花嫁は見つかったか」とか「運命の花嫁探しの調子はどうか」と口にするか、カリナには分からないのだから。


 運命の花嫁を見つけるなんてことは当然、できていない。

 ただ、レオナルド商会のパーティのワインの一件は、カリナにとっていい時間稼ぎであった。

 ルーカスは本当にあの件を感謝をしているようで、ローブを返しに来た際も脅迫めいたことは一言も言わなかったのだ。


 しかし、もはやカリナには策がない。

 今日のような場合は、兄の教えてくれた経営学の知識も役には立たないようだ。


 もし今日、運命の花嫁の話題が出たら。

 できることは「運命の花嫁」の「う」でも彼が発しようものなら、ひたすら話題を変えることだけである。

 

 さて、約束の時間きっかりに現れたルーカスはカリナをエスコートし馬車に乗せた。

 

 馬車の中のカリナは‥‥‥。


「う‥‥‥」


「あー、そういえば、レオナルド商会のパーティで動物の芸、見ました? あれは可愛かったですねぇ」


「いや、見ていない。それより、今日の劇団の役者はもしかして有名じゃないか? 前はオペラ歌手だった気がするのだ。名前はう‥‥‥」


「あ! いや、いい天気ですね」


「‥‥‥うろ覚えなんだ。主役の名前。確かに今日はいい天気だ」


「な、なんだそんなことですか。えぇっと確か、リテウスとか。確か、話によるとオペラを取り入れた喜劇らしいので、オペラ歌手だったかもしれませんね」


 と、若干、挙動不審であった。


 何故だかルーカスは、その様子を訝しむこともなくじっと見つめていた。






 劇場に2人は到着し、芝居が始まった。

 貴族が好むようなオペラや古典的な劇ではない。喜劇専門の劇場の喜劇。

 どちらかというと平民が好むような下世話な内容であった。


 ある屋敷に入った泥棒。彼が盗んだのが、恐妻家のその家の主人が妻の目から逃れる為に隠れていた大きな壺で‥‥‥。という出だしからなかなか面白かった。

 その上、途中で主役が急にオペラ風にやや下品な歌を歌いだす斬新なものであった。

 

 カリナとしては、大爆笑の芝居だった。

 ただ、ルーカスはくすりともせずにじっと舞台上を観ていた。


(何となくだけど、今までの婚約者の方の気持ちが分かる気がするわね。女性の立場だけで考えれば、好きな相手と一緒にいて、共に笑い合えないというのはやはり寂しいことだもの)


 これでは、「何を考えているかわからない」と言われても仕方ないなとカリナは思った。

 彼が笑えなくなった理由はとても悲しく、かわいそうなものだけれど。


 芝居が終わり、二人は劇場を出た。

 

「面白かったです。ルーカス様、今日は、連れて来ていただいてありがとうございました」


「あぁ、特に主人役の俳優の芝居が素晴らしかった。あの顔‥‥‥。面白かったな」


「あの顔ですよね。本当に最高でした。まさに喜劇役者。また観たいですね」


「あぁ。そうだな」


 カリナは気が付いた。

 彼は笑わなくても芝居をちゃんと観ているし、楽しんでいるのだと。

 ただ、カリナ一人だけ大口を開けたところを見られたかと思うと恥ずかしいが。


(‥‥‥やっぱり、優良物件よね? 表情がなくてもこうやって一緒に話ができればいいと思うのだけど)

 

 このあたりの女性の感情はカリナにはわからない。


 恋愛、結婚。相変わらずうんざりしているし、最近も顔がいい男性の浮気についての占いをしたばかりだ。顔がいい男に対する疑いも相変わらず持っている。

  

 そもそも、経験値の問題もある。

 今度、オリビアに無表情で話が分かる男性の何がダメか、聞いてみようとカリナは思うのだった。






「あの、ルーカス様、ここは?」


「レストランだ。昼食を一緒に食べよう」


 芝居の後、馬車に乗せられ降りた先は、路地の奥にある隠れ家のようなレストランだった。


「え、そんな、そこまでは‥‥‥」


「これもお礼だ。ローブの件は本当に感謝している」


 レストランの前で、あからさまに拒否するわけにはいかず、カリナはルーカスと昼食をとることにした。


(さすが、何度も婚約しているだけあって、女性の好みをよく知っているのね。よく、婚約者の方々と来ていたのかしら?)


 店内は、アンティーク調のとても落ち着いた雰囲気。

 女性貴族が好むような感じである。


「さぁ、食べよう」


「美味しい! こんな綺麗で美味しい食事は初めてです」


 ルーカスは昼食ということもあり、サラダとメイン、デザートのコースを選んだ。

 その料理の美しいこと。

 サラダにもメインにも食べられるという色鮮やかな花が飾られた華やかなもの。

 その上、味も飛び切り美味しい。

 デザートは繊細な飴細工の中に可愛らしいケーキが隠れているという女性が「キャア」と声を上げそうなものだった。


 途中、何度か「う」のつく言葉をルーカスが発し、その度にカリナはドキリとしたが、「運命の花嫁」と彼が言うことはなかった。


 あっという間にデザートまで食べ終え、二人の前には食後の紅茶が運ばれてきた。


「喜んでもらえて嬉しいよ。君は本当に美味しそうに食べるね。食べている最中、ずっと笑顔だった」


「恥ずかしいです。久しぶりに美味しい物をいただきました。一人暮らしだとどうしても食事に手を抜いてしまいまして。本当にありがとうございました」

 

 こんな豪華なものは領地にいた時も食べたことはなかったけど。

 と思いつつ、カリナはそう言って、思わず目をこすった。


(あぁ、また幻覚‥‥‥。私、どうしちゃったのかしら?)


 目の前のルーカスの顔からは何の感情も読み取れない。

 それなのに、ルーカスが目を細めてまるで可愛らしい生き物でも見るかのようにカリナを見た気がしたのだ。 


 そして、また、体がふわりと浮くような感じがした。それはレオナルド商会のパーティの時に感じたものと同じだった。


(運命の花嫁の話題がいつでるかと緊張していたせいで、目まで疲れたのかしら?)


 帰って少し休もうとカリナが考えた時、カリナは休めないことを知った。

 ルーカスが発した言葉のせいである。


「じゃあ、次は公園だね。動物を見に行こう」


「えっ‥‥‥。はい」


 まるで初めから行くことは決まっていたというようなルーカスの口調。

 またしても断ることができず、カリナは頷いた。


(お芝居に昼食、公園。一体何なの? お礼、だけではないわね。気を緩ませておいて、何か無理難題を押し付ける気? それとも飴と鞭でこの後、またダメ押しするつもり?)


 怪しみながらも、カリナはルーカスと共にレストランを出た。

お読みいただきありがとうございました。

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