1.プロローグ
ここフローラシア王国には妖精に関する伝説が数多く残る。
広く人々に知られているものは、男の子の姿をした妖精が森で迷った旅人の眼鏡を隠してしまう話、妖精の姫が人間の王子と恋に落ちた話だ。
王国の北に広がる森近くに領地を持つグリーンティア男爵家の娘カリナ。
彼女は子どもの頃、妖精に二度会ったことがある。
お転婆だったカリナは両親の目を盗んで、よく屋敷の近くにある森へ遊びに出かけていた。
その森の中で妖精に出会ったのだ。
妖精は金の髪に青い目の少女の姿をしていた。
その容姿は子どものカリナでも、人間のものではないと感じたほど美しかった。
カリナが一度目に妖精に出会ったのは7歳の時。
妖精は別れ際にこう言った。
「私と会ったことは、誰にも言わないで欲しいの。言ったら恐ろしいことが起きるわ」
だからカリナは、この時誰にも妖精に会ったことを誰にも言わなかった。
二度目にカリナが妖精に会ったのは10歳の時のこと。
その時、妖精は森の泉のほとりで泣いていた。
理由を聞いたら、好きだった人に貰ったネックレスを森の中で無くしてしまったと言う。
可哀そうに思ったカリナは、必至でネックレスを探した。
1日では見つけることができず、翌朝もう一度、森に入り探した。
そしてその日の夕方、やっとネックレスを見つけた。
「お礼にあなたの願いを一つだけ叶えてあげる」
何度も感謝の言葉を言った後、妖精はこう言った。
しばらく考え、カリナは答えた。
「カード占いが当たるようにして欲しいわ。昨日、お母様に教えてもらったの。だけどお兄様は占いなんて当たらないものだから、覚えても役に立たないって嫌味を言うのよ」
「わかったわ。私の力を少しだけあなたに分けてあげる。未来も過去も見てきたかのように占いがピタリと当たるようになるわ」
「本当? じゃあ、占いが役に立つようになるのね」
「えぇ。だけど‥‥‥。そうね、一番需要が多そうな結婚と恋愛に関する占いだけ、それも本人に直接頼まれた時にだけ当たるようにしておくわ」
「分かったわ」
「人間が自由にいろいろなことを知れるとなると、神に怒られてしまうのよ。あとは‥‥‥、自分を占うことは出来なくするわね。自分の未来が分かるとつまらないから」
妖精は微笑み、カリナの額の上に右手を置いた。
その時、体に温かいものが流れ込んできたのをカリナは覚えている。
体中に温かいものが行き渡った時、妖精は言った。
「いい? 覚えておいて。あなたの占いの結果ははあくまでその時点のもの。人間は努力で未来も運命も変えられる生き物よ。これを忘れないで」
カリナは「分かった」と答えた。だが、子どもだったせいか、この言葉の意味はよく分からなかった。
別れ際に「今日、あなたと会ったことを人に言っていいの?」とカリナが聞くと、妖精は前とは違う答えを言った。
「もちろんいいわよ。私は人間が大好きだから」と。
だからカリナは、二度目に妖精に出会ったことだけは両親に伝えた。
両親は、娘が夢でも見たのだろうと思ったようだ。
だが、すぐに考えを改めることになった。
婚約者を探していた従姉にカリナが頼まれた「自分の婚約者はどんな人か」という占い。
占いの結果は「西の方に住む年上の低位貴族の男性、彼の屋敷には大きな銀杏の木がある」。
それが、3か月後に決まった彼女の婚約者とまるきり一緒だったからだ。
以降、カリナの占いは全て当たった。
ただし、妖精が言ったように結婚と恋愛に関する占い以外はまったく当たらなかった。
月日が経つうちに家族は、カリナの占いを「妖精占い」と呼ぶようになった。
グリーンティア男爵家は、田舎暮らしの慎ましい貴族。両親は、声高に娘が妖精に会ったと人に言うことはなかった。
だから親族もカリナの占いは良く当たる、その程度にしか思ってはいなかった。
両親としては、元よりそんなことは信じてもらえないだろうと思って口をつぐんでいたこともある。
それに、典型的な貧乏貴族であったから、話を伝えるような他の貴族との付き合いもほとんどなかったのだ。
だから、妖精占いは家族だけが知ることであった。
そう、カリナが王都で占い店を開くまでは。
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