15話① 真実
(明日も遥ちゃんと話せる……)
それだけで私は周りが見えなくなるくらい嬉しかった。雨上がりでまだ曇っているはずの空模様もなんか綺麗に見えた。なんというか……どう言い表すこともできひんくらい嬉しかった。
「ただ、神社に財布忘れるとは……ポケットに入れっぱなしやったから落としたんかな」
神様にあんなことをされたあとやったし……家帰るまで気づかんとは……我ながら情けないし恥ずかしい。
歩いて30分くらいかかる道を2往復すると流石に足が痛い。でも、さっきの帰り道は嬉しすぎて疲れとかは一切なかった。遥ちゃん恐るべし。
(もう暗いし早く財布もらって帰らんと。まあ、最悪帰りはタクシーでもええか)
「階段きっつ……30段ぐらいあるんやっけ」
普段は何とも思わん階段も、疲れてる今は壁をよじ登ってる気分やった。
よう見たら秋やっていうのに階段には葉っぱが本当にちょっとしか落ちてなかった。
(幸人か? 相変わらずマメやな。それがあいつのいいところやしな)
そんなことを思いながら、私の重たい足はようやく最後の1段を踏んだ。
「はぁ……疲れた」
膝に手をついて息を切らした私は、小さい達成感を感じていた。
そして、息を整えて顔を上げた私が見たのは、
「……は?」
境内で知らない男と抱き合っている遥ちゃんやった。
「遥ちゃん……?」
「っ! えっ……る、るーさん!?」
遠目からでも見えたこの時の遥ちゃんの顔は……あの日以来見たことない、幸せそうな顔やった。
ーーーーーー
「で、話をまとめると……境内で抱き合ってた翔さんと遥を見て、遥が襲われてると思った瑠璃が翔さんを投げ飛ばした後、ここまで連れてきたと」
「……うん」
ここまでの経緯を確認すると、遥は小さく頷いた。
「マジで痛かったんだけど!?」
「知りません」
後頭部を痛そうにさすりながら苦情を言う翔さんのことを、瑠璃は軽く流している。どうしてこいつの方が不機嫌そうな顔をしているのか分からない。
(こいつ、俺にしてることを翔さんにも……)
「えぇ……幸人、この子怖いんだけど……」
「ほんとすみません……こういうやつなんです。なあ瑠璃」
「何?」
「お前の勘違いだったんだからせめて一言くらい」
「嫌」
(この野郎……必要最低限の文字数で話しやがって)
社務室に入ってきて以来、ずっと機嫌の悪さを隠そうとしない瑠璃に俺はため息をついた。
(もう……時間無いのに)
「えーっと……俺嫌われた?」
「嫌い」
「なっ!! あははっ……普通面と向かって言う〜?」
「ほんとすみません!!」
場を和ませようと冗談混じりで瑠璃に話しかけた翔さんに、瑠璃は何がなんでも頭を下げようとしない。そんな瑠璃の俺は首がもげる勢いで頭を下げた。翔さんの口調はまだ柔らかいけど、ちょっとずつ空気がピリピリしてきてる……
(なんでよりにもよって時間がない今来るかなこいつ……)
ただ……瑠璃が俺以外の人にここまで意固地になるのは久々に見た。何か特別な理由でもあるのか?
「あのー」
「っ?」
そんなピリピリした空気を変えたのは彩さんだった。
「もしかしなくても、一宮瑠璃さんだよね?」
「えっ……まあ、一応」
「いちみや……?」
「私の芸名」
「一宮瑠璃……? うわ! ほんとだ……気づかなかった……」
「私、あなたが今出てるドラマ好きなの」
「ハイスクールカルチャーだよな! 俺も好きなんだよ〜」
「ど、ども……」
彩さんだけならまだしも、さっきまでプンスカしてた相手である翔さんに、自分が出演してる作品を褒められた瑠璃は喜び方に困っていた。
けど、間違いなくピリピリしてた空気は緩んだ。
「すごいね幸人くん、一宮瑠璃さんと知り合いなんて」
「知り合いっていうか……幼馴染ですね」
「すげぇ……って、お前それなのに芸名も知らなかったのか?」
「え、いやその……うちの家テレビ無くて、それでまあ……」
遥のトラウマを引き起こす可能性が少しでもあるものはうちの家には置いていない。包丁はもちろん、テレビも例外じゃない。
(……それにしても瑠璃が芸能人になったのは中1からだから……なんか俺が悪い気がしてきたな)
「これだからモテない男は……」
「おい、今それ関係ないだろ」
「ありますぅ〜。女の子の名前も覚えられないんだから、彼女の1人もできたことないんでしょ?」
「はぃ〜? お前も彼氏できたことないだろ!」
「私は女優だから作らないだけですぅ〜、あんたと違ってどんだけ口説かれてると思ってるの?」
「残念でしたぁ〜、結果的に付き合ってないんで俺と同類で〜す」
瑠璃は昔と比べものにならないくらい気が強くなった。それを今改めてめっっちゃくちゃ体感している。
「2人とも仲いいな〜」
「良くないです!!」
「良くないわ!!!」
「息……ぴったり……」
「違うぞ……?」
「違うからね……?」
瑠璃と言い合っていると、翔さんと遥が微笑ましい顔で見てくる。
「喧嘩するほどなんとやら、というやつじゃの」
ただ、クロは微笑ましいというか、しみじみとした顔で見てくる。……それは多分、この後クロが消滅してしまうからだろう。
「クロ様までそんなことを……」
「そうですよ神様、こんなんと仲良いなんか思われたくないです」
「そうかそうか」
「こっちのセリフだ……って」
聞き間違いかな? 瑠璃が今、クロと会話した気が……
「えっと……もしかして瑠璃もクロ様のこと見えるとか言わないよな?」
「普通に見えるけど?」
「なんでやねん!」
「おにぃ……!?」
神様は普通の人には見えないってのはなんだったんだよ! 遥以外全員クロのこと見えてるじゃん! なんかこう……神秘性が薄れるじゃん!? そりゃ関西弁の1つや2つ出るじゃん!?
「何を驚いておる、こやつは参拝客じゃぞ」
「えぇ!? マジ……ですか?」
クロが見えてることより、瑠璃が神であるクロに何か願った方が驚きだ。
「何よ……私が神頼みするのがそんなに変なこと?」
「いや…………お前って悩みあるの? ぅぐっ!!」
「あるわボケェ!!」
この時、瑠璃の右腕は過去一のスピードで俺にボディーブローした。
「反射スピードえぐいな……」
「ていうか……時間ないんじゃないの……?」
彩さんの言うとおり、瑠璃の戦闘能力に驚いている翔さんの向こうにある時計は20時を指していた。
つまり……クロが消えるまであと4時間だ。