14.5話 1番になりたい
あの日、私に夢ができてしまった。
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6年前の9月16日
『幸人、遥ちゃんは……遥ちゃんは大丈夫なん……?」
幸人とパパの話し合いが一段落ついたタイミングで、私はずっと気になっていたことを聞いた。……あんなことがあって、大丈夫なわけないけど……
『遥は……あれ以来1度も部屋から出てきてない……』
『1回も!? も、もうあれから2日経ってるんやで!?』
『そうは言っても……どれだけ声かけても返事無いし……。扉の前にご飯置いてても食べないし……だから、遥が大丈夫かどうかすらはっきりとは……』
『なっ……』
『っ……そんなひどいんか』
幸人がうつむきながら伝えてきた遥ちゃんの様子は、なんて言ったらいいか分からんくなるくらいひどかった。
『……桜ちゃんを目の前で殺されたんや、無理もないわ』
『……私に何かできる?』
ちょっと考えた後、幸人は首を横に振った。
『そっ……か』
『……ありがとな』
幸人は絶対私に弱い姿を見せへん。それはこいつのしょーもないプライドが影響してるんやと思う。……でも、こいつからそのしょーもないプライドが無くなったら……
『……幸人、とりあえず遥ちゃんに新しく2人で住めるところが見つかったことを教えに帰ったり。もしかしたら、それが遥ちゃんを部屋から出すきっかけになるかもしれへんしな』
この重たい空気を変えたかったのか、パパは幸人に帰るよう言った。
『……うん。源さん、瑠璃、本当に……本当にありがとうございます』
『っ! ……私とパパに敬語なんか使うな、キモいわ』
『キ、キモい!?』
机に手をついて頭を下げる幸人を見るために私はここにおるんやない。……いつも私を助けてくれる幸人と遥ちゃんに、ちょっとでも恩返しできたらって思ってるからここにおるんや。
『今回ばっかりは瑠璃が正しいな』
『えぇ!?』
それはパパも一緒や。
『幸人、お前は優しいから色んな人に気い使ってると思う。それはほんまにええことや』
『っ……?』
パパは優しい声でそう言うと、幸人の髪の毛をわしゃわしゃした。さっきまでずっと暗い顔をしていた幸人の顔がちょっとだけホッとしたみたいに見えた。
『せやけど、ずーっと気い使ってたら疲れるやろ? せやから、せめて儂らの前では気い使わんでええ』
『っ……』
『まあ、瑠璃が言いたかったことはこんなもんやろ。ほんま誰に似たんか、素直やないなあ』
パパは目元のシワをクシャってしながら今度は私の髪の毛をわしゃわしゃした。
急になんでって思ったけど……多分この時幸人は泣いてた。ただ、パパが髪の毛をわしゃわしゃしたせいで、私の目の前には私の前髪がずっとあった。やからこの時幸人が泣いてたかどうかは、見てないから分からん。
『……ありがとう』
鼻をすすった音がすると、パパは私の髪の毛から手を離した。視界が戻るとそこには、
『2人がいてくれて本当によかった。ありがとう』
笑顔の幸人がいた。
『ふん……早よ帰って遥ちゃんのところ行ったって』
(そう、それでええ。幸人も……遥ちゃんも笑った顔が似合うんやから)
『うん、じゃあな』
『今度は遥ちゃんと2人来いや〜、待っとるで』
『うん! すぐ来るよ、今度は2人で!」
私とパパにいつも通り元気に手を振って帰っていく幸人を見て私は、これ以上悪いことは起きないんじゃないかって思えた。幸人も遥ちゃんもきっと立ち直れるって……
……そんなわけなかった。この後、家に帰った幸人が見たのは、自分の髪をぐちゃぐちゃに切り落としてる遥ちゃんやった。
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(今の私に……できること)
事件があった3日後、私は幸人のいない教室で授業の用意をしていた。あんなことがあってすぐ学校に戻ってくるなんかできひんくて当たり前や。
「……」
いつもはあんなにうるさいと思っていた隣の席が静かなのが……なんか寂しい。
「はぁ……」
「あれ?」
1時間目の用意をしていると、私のことをよくからかってくるクラスの男子がニヤニヤしながら寄ってきた。
「今日、旦那は休みか〜? 夫婦喧嘩でもしたの?」
「……は?」
(こいつニュース見てへんのか……? このタイミングで幸人のこと言うてくるか普通……)
私と幸人はただ幼馴染って理由だけで、よく夫婦とかってからかわれとった。よくいじられる私をあいつが庇ったりするから余計に。いつもは幸人がこの寒い流れを『俺はもっと大人っぽい女の子が好きなんだよ』とか言って誤魔化しとった。……なんか今思うとそれはそれで腹立ってきたな。
「お、おい……今幸人のこと言ってやんなよ」
「はあ? なんでだよ」
「なんでって……そりゃ、幸人のとこって……」
「お前だって普段いじってるくせに何言ってんだよ〜」
「いや……でもさ」
普段は私らのことイジってくる他の男子ですらちょっと引いとるみたいやった。
(……バカは死なんと治らんな)
「もうええよ」
「でも……小山」
「もう……面倒くさいわ」
キリがないと思った私は、私のことを庇ってくれている男子を押し退けて、
「あ? なんっ!!!」
「ぇ……」
うっとおしいやつの顔面を思いっきりぶん殴った。
「ちょっ、おいおい!!」
初めて人を本気で殴った。殴ったのは私のはずやのに、私の手は真っ赤に腫れてじんじんしている。
(痛いなぁ……)
「えっ……なに?」
「瑠璃ちゃんが寺田のこと殴ったみたい……」
「瑠璃ちゃんが? そんなことする子じゃないでしょ?」
うちの学校は男子同士の喧嘩ですら殴り合いが起きひんくらい平和や。やからこそ……みんながざわざわし始めた。
(あーあ……やってもうたなぁ……まあ、遥ちゃんもおらんし誰にバレてもいいけど)
「小山何してんだよ!」
「何って、うざいから殴っただけや」
いちいち言い訳するのも面倒くさくなった私は、自分の素直な気持ちを言った。……もう我慢する理由も無くなったし。
「いっ……た……う、うざいからって……何も殴ることないだろ!」
「お前らも私のことうざいから意地悪してきてたんちゃうん? それとこれになんの違いがあるん?」
「「っ……」」
「……はぁ」
私の素直な言葉に黙ることしかできない男子を見て、私は心の底からダサいと思った。
「そろそろ先生来るし、もうええか?」
「お……おう」
「はーい、おはよ」
私が殴った男子がちょうど立ち上がったタイミングで先生が教室に入ってきた。まだちょっとみんなはざわざわしてる。
「ん? なんだ、なんかあったのか? って……寺田ほっぺた赤くないか? どうした?」
「あっ……いや、その」
流石に先生もその空気を察したんか、私が殴った男子に何があったかを聞いた。この後私は怒られるんやろうな……
(パパが知ったらなんて言うか……いや、多分パパやったら何も気にしやんか。あんな性格やし)
「実は…………俺が何でもないところで思いっきりこけちゃってー!」
「……え?」
全く予想してなかった言葉に、つい肩の力が抜けた。あいつ……私のこと庇ったんか?
「そうそう〜、寺田がめちゃくちゃダサくて〜」
「それでみんなで笑ってたのー!」
「おいおいダサいはひでえって! めちゃくちゃ痛かったんだぞー!」
あいつだけじゃない、クラスのみんなが私のことを庇ってくれてる。
「なん……で」
「ねぇねぇ瑠璃ちゃん」
ぼーっと立ち尽くしてた私に、クラスの女の子がひそひそ声で話しかけてきた。
「心配しなくても私たちは瑠璃ちゃんの味方だよ。……ほら、寺田も流石に反省してるっぽいし、これからはもう大丈夫だよ」
「っ!」
「男子たちに意地悪されてるの分かってたのに、今まで何もしてあげられなくてごめんね」
「わ……私の方こそ…………ありがとっ……!」
嬉しかった。自分の気持ちに素直になれたことも、周りのみんなが優しくしてくれたことも……何か変われたような気がしたことも。
「なんだそういうことか。にしても顔赤いな。寺田、保健室行かなくて大丈夫か?」
「大丈夫でーす! 俺の体ちょー強いし!」
「はいはい、じゃあみんな座れ〜。出席取るぞ〜」
「「はーい」」
(……いつか、私の想いを伝えられるように)
「えー、小山」
「はい!」
「おっ、今までで1番元気な返事だな」
この日、私は決心がついた。遥ちゃんに絶対思いを伝えるって。