表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/44

番外編 あけましておめでとう

 12月31日


(来年も平和に過ごせますように)


 大晦日の夜、5円玉に願いを込めた私は、元々少し曲がっている腰をさらに曲げておじきをした。

 私以外は誰も参拝客がいない近所の神社。それでも、ご丁寧に神社の参道や境内には灯りが照らしてあった。


(あの男の子がやったんかな)


 そして、さっきから辺りに鳴り響いてる除夜の鐘。それを鳴らしているのは、細身で髪が白い少年だ。


(私なんて白髪染めをしてるのに、あの子は白に染めたんかな)


 最近の若者の髪の毛事情は、よく分からないものだ。


「っ……」


 遠目に少年のことを見ていると、こちらに会釈をしてくれた。

 家の近くにあるから時々参拝しにくるけど、私以外の人は、参拝客含めてあの少年しか見たことがない。

 もしかして、この神社は心霊スポットで、あの子は幽霊だったり? なんて想像をしたこともある。ただ、私は幽霊を信じていないから、すぐに、そんなことはないと自己完結した。


(幽霊は信じひんけど、神頼みはするって、ちょっと変な話やね)


「あっ、あかんわ。年越しそば食べんと」


 年齢を考えないで1人ではしゃいでしまった私は、誰にするわけでもないのに、言い訳のようなセリフを、顔を赤くしながら言って、神社を後にした。


「ありがとうございました」


 背中越しに少年の声が聞こえたけど、なんとなく振り返ることは出来なかった。


ーーーーーー




「あー……眠たい」


 唯一の参拝客だった近所のおばあちゃんが帰ってしまい、退屈になった俺は、大きなあくびをした。


(普段からあのおばあちゃん以外の参拝客いないし、今日はこれ以上誰も来ないだろうな)


 スマホで時間を確認すると、もう22時前だ。神社の中どころか、神社の周りすら人気が無い。


「おい幸人、しっかりせぬか」


 そんな俺を叱責したのは、


「除夜の鐘を鳴らす人間が、煩悩を待っていてどうするのじゃ」


 金色の獣耳としっぽを生やした幼女だ。右手には食べかけのポテチの袋を持っている。


「社務室でずっとテレビ見ながらだらだらしてたクロ様に、そんなこと言われたくないです」


「なんじゃと〜!」


 見た目は人外そのものだが、言動と動きは人間の子供らしさに満ち溢れている。

 この奇妙な姿をした幼女の正体こそ、今、俺がいる神社の御神体……つまり神様なのだ。

 俺は勝手にクロと呼んでいるが、これといって名前はないらしい。


「あーほら、巫女服はだけてますよ。だらしないなぁ」


「我を子ども扱いするな〜!」


「はいはい」


 ぶーぶーと文句を言いながら、だらしなく胸元をはだけさせている、クロの身なりを整えると、俺は社務室へと足を向けた。


「さてと……年越しそばでも作りましょうか?」


「何じゃ、それで我の機嫌が取れるとでも……」


「油揚げいくらでもいれていいですよ」


「本当か!? 楽しみなのじゃ〜!」


 社務室へと向かう俺の横を、スキップをしながらついてくるクロを見ると、なんだか微笑ましく思う。

 見ての通り、クロは一言で言うと「ちょろい」のだ。

 

(さりげなく除夜の鐘は放置することになったけど……まあ、いっか。腕疲れたし)


 どうやら、俺もクロも煩悩が多いらしい。


ーーーーーー




1月1日


「え…………健介がですか……?」


 元日、これから初詣に行こうと身支度をしていた私は、玄関先で膝から崩れ落ちていた。

 原因は、この後里帰りしてくる予定だった息子が、今朝、仕事帰りに事故にあったという知らせを受けたからだ。

 高速道路での追突事故、それも、5台もの車が絡む大事故だったらしい。居眠り運転をしたトラックに巻き込まれての事故で、はっきりとした安否は未だ分からないとのことだった。

 そんな健介の安否をこの目で確かめたくなった私は、居ても立っても居られなくなり、家を出て、すぐにタクシーに飛び乗った。

 タクシー、新幹線、もう一度タクシーと移動手段を変えて、健介が搬送された病院に近づいてくにつれて、不安と動悸が大きくなっていく。呼吸が荒くなり、気がおかしくなってしまいそうにもなった。

 2年前に夫を病気で亡くしたばかりだというのに、それだけじゃ飽き足らず、神様は私から健介まで奪ってしまうんじゃないかって、嫌な想像は膨らむばかりだった。


「あ! 夏帆ちゃん! 健介は!?」


「っ……! お義母さん!」


 大阪から名古屋までおよそ2時間かけて、ようやく病院に着くと、案内された場所には息子のお嫁さんの夏帆ちゃんがいた。

 一足先に病院に着いていた夏帆ちゃんは、疲弊しきっている。そりゃそうだ、私も()()に案内された時は、心臓が飛び出そうになった。


「3時間前に集中治療室に入って……そこから何も……」


「そう……。夏帆ちゃんこそ大丈夫……? ……お腹の中の赤ちゃんも」


「私と赤ちゃんは大丈夫です……」


 私と夏帆ちゃんの不安な気持ちが、辺りすら暗くしていたその時、手術中と書かれた電光表示板の灯りが消えた。


「っ!」


 すると、中からは疲れた様子の先生が出てきた。先生は私たちを見ると、


「ご家族の方ですか?」


 と、確認を取ってきた。……嫌な予感がする。


「そうです! あの……息子は」


「最善は尽くしましたが……」


 顔を曇らせた先生は、それ以上は何も言わずに、首を横に振った。


「そんな……! いや……いやぁぁぁぁああ!!」


 先生からの、言葉にならない宣告に泣き崩れる夏帆ちゃんの横で、私は泣く力すら湧いてこず、ただただ廃人のように目を虚にすることしかできなかった。


ーーーーーー




「これが、元来訪れる1月1日じゃ。さてと……戻すとするかのう」


ーーーーーー




12月31日


「こんばんは」


「っ! あぁ、こんばんは」


 そろそろ帰ろうかとしていた時に、急に話しかけられてびっくりした私は、思わず少し吃ってしまった。

 もう歳なのか、少年がいつ近づいてきたか分からなかった。


「いつも参拝ありがとうございます」


「こちらこそいつも綺麗にしてくれてありがとうな〜」


「それが仕事ですから」


 少年のことは何度か見かけたことはあっても、話したことはなかったから、なんだか新鮮な気分だ。


「若いのに偉いなぁ、うちの息子にあんたの爪の垢煎じて飲ませたいわ〜」


 見た感じ高校生くらいのこの子が、30歳手前のうちの息子より、よっぽど立派に見える。


「息子さんいらっしゃるんですね」


「そうそう、神奈川に住んでるねん。2ヶ月後には、お嫁さんは初めての赤ちゃん産むっていうのに、配達の仕事がしんどいしんどいって、いっつも言ってて、情けない子やでほんまに」


「そうなんですね」


「ああ、ごめんな。おばちゃんの話とか興味ないわな」


 若い子と話すからか、私はまたテンションが上がってしまった。常に落ち着いている少年を見て、我に帰ると、なんだか恥ずかしい。


「そんなことないですよ。お正月はこちらに帰ってくるんですか?」


 そんな私の話にも、嫌な顔一つせずに対応してくれる少年に、私は好印象を持っていた。


「そうやねん〜。2日にお嫁さん連れてうちにくるねん」


「なら、神奈川県で有名な、このサービスエリアの名物をお土産におねだりするなんてどうですか?」


 そう言って、少年が見せてくれたスマホには、美味しそうなお茶菓子が写されていた。そこには、「このサービスエリア限定!!」という、なんともそそられる文字がある。


「あら、美味しそうやなぁ。その案乗らせてもらうわ〜」


(ほんまに気の利く(あん)ちゃんやな〜)


「これって、いつから売ってるんやろ……」


「朝の7時かららしいですよ。でも、お正月前後は、里帰りの影響で8時前には売り切れることもあるみたいです」


「えぇ! えらい人気やなぁ」


 それなら諦めるしかないと思った矢先、


「あ、そういえば……兄ちゃん、ここって電話使ってもええ?」


「大丈夫ですよ」


「ごめんな、ええっと」


 ちょうど健介が、明日の朝に、このサービスエリアがある高速道路を通って、仕事から家に帰ることを思い出した私は、健介に電話した。


「あーもしもし健介? うん、おかんやで。あんな、明日家帰るついでに買ってきてほしいもんがあんねん」


 事情を説明すると、仕事で疲れているからか、嫌々ではあるが、健介は了承してくれた。


「ありがとうな、ほな事故だけは気をつけて。はーい」


「買ってきてくれるみたいですね」


 電話を切ると、少年は笑みを浮かべながらそう言ってくれた。元々目が細い子だけど、笑うともう一つ細くなる。


「そうやねん〜、兄ちゃん色々ありがとうな〜」


「いえいえ、そんな大したことはしていませんよ」


「謙虚な子やな〜。あ、ていうかもう22時過ぎてるやん」


 腕時計を見ると、短針はもう10を超えていた。若い子と話していると、時間はあっという間に過ぎるものだ。


「ほな、おばちゃん帰るわ。改めて、ありがとうなー」


「お帰りの際お気をつけてください。またのお越しをお待ちしてます」


 最後の最後までしっかりとした様子に、私は心から感心した。


(それにしても……神奈川県って言っただけで、あそこまで段取りよくお土産のこと思い出せるなんて、すごいなあ)


ーーーーーー




1月2日


「続いてのニュースです。昨日の早朝、高速道路で車()()が絡む事故が発生しました。怪我人は3名で、警察はトラックを運転していたーーーー」


「あれ、チャンネル変えるんですか?」


 社務室でニュース番組を見ていると、さっきまで寝ていたはずのクロが、お笑い番組へとチャンネルを変えた。


「正月に、にゅーすなんぞ見ててもつまらんじゃろ」


「はぁ、勝手だなぁ」


 その理由もなんともクロらしい、わがままなものだ。


「それよりも、朝飯を作ってくれ。我はもう腹ペコじゃ」


 お腹をさすりながら、クロは朝ご飯を催促しているが、壁にかけられた時計は、もう既に11時を指している。


「正月に昼前まで寝て、起きてすぐお腹空いてって……神様とは思えない、ぐうたら生活ですね」


「うるさいのぉ〜、力を使ったばかりで疲れておるのじゃ。はよう、飯をくれぇ……」


 部屋の真ん中に置かれたちゃぶ台にあごを乗せて、食べ物をねだる姿はまさしく子供だ。


「分かりましたよ、今作りますから、って……参拝客ですかね?」


「む? よりにもよって、このタイミングでくるとはのぉ……」


 境内に人影が見えた俺は、自分の着ている袴を正した。俺が参拝客の対応をしにいくため、食事をするのが遅れてしまうことが確定したクロは少し不満げだ。


「じゃあ、行ってきますね」


 俺は、そんなクロを若干放置気味に、社務室から出て、境内に入った。


「あ、兄ちゃん。あけましておめでとうさん」


「おめでとうございます」


 そこには、いつものおばあちゃんと、若い夫婦がいた。


ーーーーーー




「どうぞ、おしるこです」


 おばあちゃん達が帰った後、社務室に戻った俺は、クロの食事を作った。


「2日連続これではないか」


「そりゃあ、お餅余ってますもん」


「貴様……」


 だが、昨日の朝にもおしるこを作ったからか、クロはご機嫌斜めだ。昨日は「明日も食べたいのじゃ〜」って言ってたくせに、気分屋すぎるだろ。


「さっき、あのおばあちゃんに油揚げもらったんで、それも食べます?」


「食べるのじゃ〜♡」


 ただ、こういうことにもいい加減慣れているので、対処は簡単だ。ちょうど、さっきおばあちゃんが、お供えとして持ってきてくれた油揚げが、こんなにも早くダイレクトに神様に食べられるとは、おばあちゃんも思ってなかっただろう。


「今回は1日戻すだけで、良かったですね」


「うむ、まだ楽じゃったのぉ」


 俺は、おしるこに入っているお餅を油揚げで包んで食べているクロと、事後談話を始めた。


(それ、美味しいのか……?)


 という俺の疑問は置いといて、今回は、あのおばあちゃんの「来年も平和に過ごせますように」という願いを叶えたのだが……


「本当に効率の悪い信仰心の稼ぎ方ですよね」


「みみっちぃ奴じゃの〜」


「俺はクロ様の体を心配しているんですよ」


 信仰心を集めるとはいえ、1人1人の願いを、こうも丁寧に叶えていたら、クロの身が持たない。


「ふん、1日戻すごとき造作もないのじゃ。貴様から吸う精気で賄えるほどにな」


「ならいいんですけど……」


 お餅を口に含みながら、ドヤ顔をしているクロを見ると、これ以上この話を続ける気は、どこかに行ってしまった。

 時を(つかさど)るクロからすれば、1日時を戻すことは簡単なことだろうが、塵も積もれば山となるという言葉がある通り、それが積み重なれば体に毒になるだろう。クロが大丈夫と言っているから、それを信じるしかないのだが……


「っ……まあ、それはそれとして」


「今度は何じゃ?」


 咳払いをして、仕切り直しをした俺は、もう1つの話題を出した。


「……元日と今日含め、参拝客が、あのおばあちゃん達しかいない現状についてどう思います?」


「…………油揚げ美味しいのじゃ〜」


(あ、現実逃避した)


 結局、正月は、これ以上参拝客が来ることは無かった……

 2024年、あけましておめでとうございます!

 今回のお話、実は本来プロローグにしようとしていたのですが、没にしたものでした。ですが、新年が来たタイミングで「せっかくなら……」と思い少し編集して投稿してみました!

 相変わらず投稿スピードはゆっくりですが、最後までお付き合いください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ