番外編 あけましておめでとう
12月31日
(来年も平和に過ごせますように)
大晦日の夜、5円玉に願いを込めた私は、元々少し曲がっている腰をさらに曲げておじきをした。
私以外は誰も参拝客がいない近所の神社。それでも、ご丁寧に神社の参道や境内には灯りが照らしてあった。
(あの男の子がやったんかな)
そして、さっきから辺りに鳴り響いてる除夜の鐘。それを鳴らしているのは、細身で髪が白い少年だ。
(私なんて白髪染めをしてるのに、あの子は白に染めたんかな)
最近の若者の髪の毛事情は、よく分からないものだ。
「っ……」
遠目に少年のことを見ていると、こちらに会釈をしてくれた。
家の近くにあるから時々参拝しにくるけど、私以外の人は、参拝客含めてあの少年しか見たことがない。
もしかして、この神社は心霊スポットで、あの子は幽霊だったり? なんて想像をしたこともある。ただ、私は幽霊を信じていないから、すぐに、そんなことはないと自己完結した。
(幽霊は信じひんけど、神頼みはするって、ちょっと変な話やね)
「あっ、あかんわ。年越しそば食べんと」
年齢を考えないで1人ではしゃいでしまった私は、誰にするわけでもないのに、言い訳のようなセリフを、顔を赤くしながら言って、神社を後にした。
「ありがとうございました」
背中越しに少年の声が聞こえたけど、なんとなく振り返ることは出来なかった。
ーーーーーー
「あー……眠たい」
唯一の参拝客だった近所のおばあちゃんが帰ってしまい、退屈になった俺は、大きなあくびをした。
(普段からあのおばあちゃん以外の参拝客いないし、今日はこれ以上誰も来ないだろうな)
スマホで時間を確認すると、もう22時前だ。神社の中どころか、神社の周りすら人気が無い。
「おい幸人、しっかりせぬか」
そんな俺を叱責したのは、
「除夜の鐘を鳴らす人間が、煩悩を待っていてどうするのじゃ」
金色の獣耳としっぽを生やした幼女だ。右手には食べかけのポテチの袋を持っている。
「社務室でずっとテレビ見ながらだらだらしてたクロ様に、そんなこと言われたくないです」
「なんじゃと〜!」
見た目は人外そのものだが、言動と動きは人間の子供らしさに満ち溢れている。
この奇妙な姿をした幼女の正体こそ、今、俺がいる神社の御神体……つまり神様なのだ。
俺は勝手にクロと呼んでいるが、これといって名前はないらしい。
「あーほら、巫女服はだけてますよ。だらしないなぁ」
「我を子ども扱いするな〜!」
「はいはい」
ぶーぶーと文句を言いながら、だらしなく胸元をはだけさせている、クロの身なりを整えると、俺は社務室へと足を向けた。
「さてと……年越しそばでも作りましょうか?」
「何じゃ、それで我の機嫌が取れるとでも……」
「油揚げいくらでもいれていいですよ」
「本当か!? 楽しみなのじゃ〜!」
社務室へと向かう俺の横を、スキップをしながらついてくるクロを見ると、なんだか微笑ましく思う。
見ての通り、クロは一言で言うと「ちょろい」のだ。
(さりげなく除夜の鐘は放置することになったけど……まあ、いっか。腕疲れたし)
どうやら、俺もクロも煩悩が多いらしい。
ーーーーーー
1月1日
「え…………健介がですか……?」
元日、これから初詣に行こうと身支度をしていた私は、玄関先で膝から崩れ落ちていた。
原因は、この後里帰りしてくる予定だった息子が、今朝、仕事帰りに事故にあったという知らせを受けたからだ。
高速道路での追突事故、それも、5台もの車が絡む大事故だったらしい。居眠り運転をしたトラックに巻き込まれての事故で、はっきりとした安否は未だ分からないとのことだった。
そんな健介の安否をこの目で確かめたくなった私は、居ても立っても居られなくなり、家を出て、すぐにタクシーに飛び乗った。
タクシー、新幹線、もう一度タクシーと移動手段を変えて、健介が搬送された病院に近づいてくにつれて、不安と動悸が大きくなっていく。呼吸が荒くなり、気がおかしくなってしまいそうにもなった。
2年前に夫を病気で亡くしたばかりだというのに、それだけじゃ飽き足らず、神様は私から健介まで奪ってしまうんじゃないかって、嫌な想像は膨らむばかりだった。
「あ! 夏帆ちゃん! 健介は!?」
「っ……! お義母さん!」
大阪から名古屋までおよそ2時間かけて、ようやく病院に着くと、案内された場所には息子のお嫁さんの夏帆ちゃんがいた。
一足先に病院に着いていた夏帆ちゃんは、疲弊しきっている。そりゃそうだ、私もここに案内された時は、心臓が飛び出そうになった。
「3時間前に集中治療室に入って……そこから何も……」
「そう……。夏帆ちゃんこそ大丈夫……? ……お腹の中の赤ちゃんも」
「私と赤ちゃんは大丈夫です……」
私と夏帆ちゃんの不安な気持ちが、辺りすら暗くしていたその時、手術中と書かれた電光表示板の灯りが消えた。
「っ!」
すると、中からは疲れた様子の先生が出てきた。先生は私たちを見ると、
「ご家族の方ですか?」
と、確認を取ってきた。……嫌な予感がする。
「そうです! あの……息子は」
「最善は尽くしましたが……」
顔を曇らせた先生は、それ以上は何も言わずに、首を横に振った。
「そんな……! いや……いやぁぁぁぁああ!!」
先生からの、言葉にならない宣告に泣き崩れる夏帆ちゃんの横で、私は泣く力すら湧いてこず、ただただ廃人のように目を虚にすることしかできなかった。
ーーーーーー
「これが、元来訪れる1月1日じゃ。さてと……戻すとするかのう」
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12月31日
「こんばんは」
「っ! あぁ、こんばんは」
そろそろ帰ろうかとしていた時に、急に話しかけられてびっくりした私は、思わず少し吃ってしまった。
もう歳なのか、少年がいつ近づいてきたか分からなかった。
「いつも参拝ありがとうございます」
「こちらこそいつも綺麗にしてくれてありがとうな〜」
「それが仕事ですから」
少年のことは何度か見かけたことはあっても、話したことはなかったから、なんだか新鮮な気分だ。
「若いのに偉いなぁ、うちの息子にあんたの爪の垢煎じて飲ませたいわ〜」
見た感じ高校生くらいのこの子が、30歳手前のうちの息子より、よっぽど立派に見える。
「息子さんいらっしゃるんですね」
「そうそう、神奈川に住んでるねん。2ヶ月後には、お嫁さんは初めての赤ちゃん産むっていうのに、配達の仕事がしんどいしんどいって、いっつも言ってて、情けない子やでほんまに」
「そうなんですね」
「ああ、ごめんな。おばちゃんの話とか興味ないわな」
若い子と話すからか、私はまたテンションが上がってしまった。常に落ち着いている少年を見て、我に帰ると、なんだか恥ずかしい。
「そんなことないですよ。お正月はこちらに帰ってくるんですか?」
そんな私の話にも、嫌な顔一つせずに対応してくれる少年に、私は好印象を持っていた。
「そうやねん〜。2日にお嫁さん連れてうちにくるねん」
「なら、神奈川県で有名な、このサービスエリアの名物をお土産におねだりするなんてどうですか?」
そう言って、少年が見せてくれたスマホには、美味しそうなお茶菓子が写されていた。そこには、「このサービスエリア限定!!」という、なんともそそられる文字がある。
「あら、美味しそうやなぁ。その案乗らせてもらうわ〜」
(ほんまに気の利く兄ちゃんやな〜)
「これって、いつから売ってるんやろ……」
「朝の7時かららしいですよ。でも、お正月前後は、里帰りの影響で8時前には売り切れることもあるみたいです」
「えぇ! えらい人気やなぁ」
それなら諦めるしかないと思った矢先、
「あ、そういえば……兄ちゃん、ここって電話使ってもええ?」
「大丈夫ですよ」
「ごめんな、ええっと」
ちょうど健介が、明日の朝に、このサービスエリアがある高速道路を通って、仕事から家に帰ることを思い出した私は、健介に電話した。
「あーもしもし健介? うん、おかんやで。あんな、明日家帰るついでに買ってきてほしいもんがあんねん」
事情を説明すると、仕事で疲れているからか、嫌々ではあるが、健介は了承してくれた。
「ありがとうな、ほな事故だけは気をつけて。はーい」
「買ってきてくれるみたいですね」
電話を切ると、少年は笑みを浮かべながらそう言ってくれた。元々目が細い子だけど、笑うともう一つ細くなる。
「そうやねん〜、兄ちゃん色々ありがとうな〜」
「いえいえ、そんな大したことはしていませんよ」
「謙虚な子やな〜。あ、ていうかもう22時過ぎてるやん」
腕時計を見ると、短針はもう10を超えていた。若い子と話していると、時間はあっという間に過ぎるものだ。
「ほな、おばちゃん帰るわ。改めて、ありがとうなー」
「お帰りの際お気をつけてください。またのお越しをお待ちしてます」
最後の最後までしっかりとした様子に、私は心から感心した。
(それにしても……神奈川県って言っただけで、あそこまで段取りよくお土産のこと思い出せるなんて、すごいなあ)
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1月2日
「続いてのニュースです。昨日の早朝、高速道路で車4台が絡む事故が発生しました。怪我人は3名で、警察はトラックを運転していたーーーー」
「あれ、チャンネル変えるんですか?」
社務室でニュース番組を見ていると、さっきまで寝ていたはずのクロが、お笑い番組へとチャンネルを変えた。
「正月に、にゅーすなんぞ見ててもつまらんじゃろ」
「はぁ、勝手だなぁ」
その理由もなんともクロらしい、わがままなものだ。
「それよりも、朝飯を作ってくれ。我はもう腹ペコじゃ」
お腹をさすりながら、クロは朝ご飯を催促しているが、壁にかけられた時計は、もう既に11時を指している。
「正月に昼前まで寝て、起きてすぐお腹空いてって……神様とは思えない、ぐうたら生活ですね」
「うるさいのぉ〜、力を使ったばかりで疲れておるのじゃ。はよう、飯をくれぇ……」
部屋の真ん中に置かれたちゃぶ台にあごを乗せて、食べ物をねだる姿はまさしく子供だ。
「分かりましたよ、今作りますから、って……参拝客ですかね?」
「む? よりにもよって、このタイミングでくるとはのぉ……」
境内に人影が見えた俺は、自分の着ている袴を正した。俺が参拝客の対応をしにいくため、食事をするのが遅れてしまうことが確定したクロは少し不満げだ。
「じゃあ、行ってきますね」
俺は、そんなクロを若干放置気味に、社務室から出て、境内に入った。
「あ、兄ちゃん。あけましておめでとうさん」
「おめでとうございます」
そこには、いつものおばあちゃんと、若い夫婦がいた。
ーーーーーー
「どうぞ、おしるこです」
おばあちゃん達が帰った後、社務室に戻った俺は、クロの食事を作った。
「2日連続これではないか」
「そりゃあ、お餅余ってますもん」
「貴様……」
だが、昨日の朝にもおしるこを作ったからか、クロはご機嫌斜めだ。昨日は「明日も食べたいのじゃ〜」って言ってたくせに、気分屋すぎるだろ。
「さっき、あのおばあちゃんに油揚げもらったんで、それも食べます?」
「食べるのじゃ〜♡」
ただ、こういうことにもいい加減慣れているので、対処は簡単だ。ちょうど、さっきおばあちゃんが、お供えとして持ってきてくれた油揚げが、こんなにも早くダイレクトに神様に食べられるとは、おばあちゃんも思ってなかっただろう。
「今回は1日戻すだけで、良かったですね」
「うむ、まだ楽じゃったのぉ」
俺は、おしるこに入っているお餅を油揚げで包んで食べているクロと、事後談話を始めた。
(それ、美味しいのか……?)
という俺の疑問は置いといて、今回は、あのおばあちゃんの「来年も平和に過ごせますように」という願いを叶えたのだが……
「本当に効率の悪い信仰心の稼ぎ方ですよね」
「みみっちぃ奴じゃの〜」
「俺はクロ様の体を心配しているんですよ」
信仰心を集めるとはいえ、1人1人の願いを、こうも丁寧に叶えていたら、クロの身が持たない。
「ふん、1日戻すごとき造作もないのじゃ。貴様から吸う精気で賄えるほどにな」
「ならいいんですけど……」
お餅を口に含みながら、ドヤ顔をしているクロを見ると、これ以上この話を続ける気は、どこかに行ってしまった。
時を司るクロからすれば、1日時を戻すことは簡単なことだろうが、塵も積もれば山となるという言葉がある通り、それが積み重なれば体に毒になるだろう。クロが大丈夫と言っているから、それを信じるしかないのだが……
「っ……まあ、それはそれとして」
「今度は何じゃ?」
咳払いをして、仕切り直しをした俺は、もう1つの話題を出した。
「……元日と今日含め、参拝客が、あのおばあちゃん達しかいない現状についてどう思います?」
「…………油揚げ美味しいのじゃ〜」
(あ、現実逃避した)
結局、正月は、これ以上参拝客が来ることは無かった……
2024年、あけましておめでとうございます!
今回のお話、実は本来プロローグにしようとしていたのですが、没にしたものでした。ですが、新年が来たタイミングで「せっかくなら……」と思い少し編集して投稿してみました!
相変わらず投稿スピードはゆっくりですが、最後までお付き合いください。