13.5話 ありふれた事件
6年前の9月14日
「おはよう、彩。もう行くのかい?」
学校に行こうと、玄関で靴を履いている私に、ようやく制服を着終わったお姉ちゃんが声をかけてきた。ランドセルを背負っていつでも出る準備が出来てる私と比べて、お姉ちゃんは髪すら整えていない。近くの高校に通っているのが羨ましい。
ただ、いつもならお姉ちゃんの方が私より早く準備ができている。それが私より遅いということは……
「おはよ。……今日は、美奈さん?」
「正解。だが、さん付けはちょっと寂しいな」
「私のお姉ちゃんは、楓お姉ちゃんだけだから」
「あはは……存在を否定されたみたいで、悲しくなるじゃないか」
お姉ちゃんの見た目をしているその人は、少し顔を暗くしてそう言った。
「みたいじゃなくて、否定してるのよ」
3ヶ月前にお姉ちゃんは急に【二重人格】になった。お医者さんの言ってることは難しいことばっかりだったけど、特にこれといった理由もなく発症することはそうそう無いことだって言っていた。
みんなは美奈さんのとこをもう1人のお姉ちゃんだと言うけど、私だけは知っている。この人は、全くの別物の得体の知れないなにかだ。
「中々手厳しいんだな……」
「ほら、……お姉ちゃんはそんな言葉使わない」
「っ……」
だから私は、美奈さんを絶対にお姉ちゃんとして認めない。だって、楓お姉ちゃんからすれば私はたった1人の妹なのに、私が2人のお姉ちゃんを認めるなんて酷いことできないから。
「じゃあ、もう行くから」
「そうか……行ってらっしゃい」
「っ! お姉ちゃんの真似しないで!」
私が扉に手をかけると、美奈さんはお姉ちゃんみたいな笑顔を見せた。
「あ、いや、今のはっ!」
私は、そんな美奈さんの「行ってらっしゃい」に応えることなく、大きな音を立てながら扉を閉めた。何かを言いかけたみたいだったけど、そんなの知らない。
「……私は絶対認めないから」
ただ、私はこの時無愛想にしたことをずっと後悔することになる。……お姉ちゃんはこの日以来、家に帰ってこなかったから……
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9月15日
「現役の警察官が、正当防衛とはいえ12歳の男の子を殺害する必要があったのか? また後ほど専門家の意見も交えながらお伝えいたします」
この日のニュース番組はよく覚えている。
「それでは、続いてのニュースです。銀座にて強盗未遂事件が発生しました。犯人は未だ逃走中で……」
世界一大好きなお姉ちゃんが行方不明になったっていうのに、世間は知らん顔をしている。縋る思いでニュースを見ている私を無視するかのように、関係ないニュースが流れ続ける。
「最後のニュースです。大阪に住む、桜木楓さん18歳が昨夜から行方不明になっていることが分かりました。警察は自宅近くの監視カメラの映像から桜木さんの行方を追っています。続いては」
「は……? それだけ? お姉ちゃんがいなくなったっていうのにそれだけ!? 何か情報を呼びかけるとかしてくれてもいいじゃない!」
この時私は思い知った。私からすれば一大事でも、世間の人や警察からすれば、女の子が1人行方不明になるなんて……ありふれていることなんだ。
「お姉ちゃん……どこにいるの……」
ーーーーその3日後、変死していたお姉ちゃんが見つかったというニュースが流れた。