13話② 止まった時計
事件が起きた次の日、9月15日のトップニュースは「警察官が過剰防衛により小学6年生を殺害」だった。後から聞いた話だけど、そのあまりにも残酷な事件内容と、警察官が加害者である小学生をその場で殺したっていうのが注目を集めたのか、1週間はこのニュースが流れていたらしい。
ただ……俺が捕まることはなかった。それどころか、俺と遥は取り調べを受けることすらなかった。
「……いいかい、幸人くん。君と遥ちゃんはあの場にいなかった。そういうことになってる。芹沢さんが……君のお父さんがそうしてくれたんだ」
その理由を山岡さんはそう説明してくれた。
竜胆くんを最初に刺したのは確かに俺だ。ただ、俺があの場にいなかったことになれば? あの場には父さんしかいなかったことになれば……? 竜胆くんを最初に刺したのは父さんになるし、竜胆くんにとどめを刺したのも……父さんっていうことになる。
「そうしてくれたって……そもそも悪いのは竜胆くんでしょ!? 母さんも父さんも遥も俺も! 何も悪いことしてないじゃんか!! 何で父さんが捕まらないと……っ!」
その説明を聞いた俺は、やり場のない感情をどうしたらいいか分からなくなった。自分でも怒っているのか、悲しいのか分からない。とにかく大きな声を出して感情を表に出す俺を止めたのは、山岡さんの涙だった。
「っ……俺たち警察にはどうしようも……なかった。申し訳ない、本当に……申し訳ない」
何歳も年下の俺に、山岡さんはボロボロと涙を流しながら頭を下げる。何もできなかった自分を殴ってくれと言う山岡さんを見た俺は、
「……やめ……てよ」
(山岡さんだって……何も悪いことしてないじゃんか)
ただただ、声を震わせることしかできなかった。
ーーーーーー
「ふー……っ! おぇ……!」
あの地獄を一度見てしまった俺は、どれだけ綺麗に掃除されていても、家のリビングに入るだけで吐いてしまうほどのトラウマを植え付けられてしまった。
遥に至っては、家に近づくだけで過呼吸になり、気を失いそうになるレベルだ。家の中に入るなんて絶対に無理だ。
そんな俺たちがあの家で住めるはずもなく、あまり会ったこともない親戚の家に居させてはもらっているけど……
『いくら血が繋がってるとはいえ、人殺しの子供をこのまま育てることはできひんで。世間体っていうもんがあるわ』
『そうは言っても、あの子らまだ小学生やで? 可哀想やんか』
毎日こんな会話が聞こえてきて、居場所なんてなかった。そりゃそうだ、あの時何があったかを詳しく知らない人からすれば、俺と遥は人殺しの子供だ。
だからと言って本当のことは言えない。俺が本当のことを言ってしまうと、父さんが自分を犠牲にしてまで守ってくれたということが無意味になってしまう。
『ほな、あんたのとこが育てたりや。桜ちゃんの保険金も入るしお金の問題は無いやろ』
『それは困るわ。うちの子達になんて説明したらええんか……』
『やっぱり、どこか施設とかに預けたほうがええんちゃうか?』
『そうやなぁ……そうなると、あの子らが2人でずっと暮らすのは厳しいやろうけど……』
遥と離れ離れになる……? あんな状態の遥と……?
「そんなの……嫌だ」
「そうか……」
そんな言葉にできない不安を、俺は大吉で源さんに吐いた。父さんも母さんもいなくなって、親戚、警察にも頼れなくなった今の俺には……源さんしか頼れる大人がいなかった。
「……よっしゃ! とりあえず、うちの店の上が空いとるからそこに来い! ここの大家とは古い知り合いや、事情を言うて儂の名前で部屋を借りれば、子供だけでも住ませてくれるはずや」
「え……い……いいの?」
正直、もしかしたら源さんがこの状況をなんとかしてくれるんじゃないか? っていう失礼な思いが全く無かったと言うと嘘になる。多分、源さんもそれは分かっていたはずだ。
「娘の大事な友達を助けるのは、親として当たり前のことや。他にも困ったことがあればなんでも言ってきい」
「ありがとうございます……! ありがとうございます……!」
だけど、源さんは自分を頼れと言ってくれた。
俺は源さんに頭を下げ続けた。人の優しさがこんなにもありがたいと思ったことはない。
「…………幸人」
源さんの横に座って、それまで黙って話を聞いていた瑠璃がこのタイミングで聞いてきたのは、
「遥ちゃんは……遥ちゃんは大丈夫なの?」
あの事件以来1回も外に出ていない遥のことだった。
「遥は……」
ーーーーーー
あの日から、遥が笑うことは無くなった。あんなに明るくて元気だった遥が、言葉を発することすら苦手になるのは、見ていて本当に辛かった。
「遥、さっき源さんのところに行ってきたんだけど……っ! 遥!! 何してるんだよ!」
大吉の上に住めるようになったことを遥に伝えようと、遥の部屋に入った俺が見たのは、
「こんなの……いらない」
伸ばしていた自分の髪の毛を、手に持ったハサミでぐちゃぐちゃに切っている遥の姿だった。
「いらないって……母さんとお揃いにしたいからって、今まで伸ばしてきたんだろ!?」
「そのお母さんがいなくなったんだよ!!? こんなのっ……いらない! いらない!! いらないもん……!!」
「やめろっ!!!」
俺が遥からハサミを取り上げた時には、肩下まであった遥の髪は、首元が見えるくらいまで切り落とされていた。
なにより……あんなに綺麗だった黒髪は、強すぎるストレスで白く染まっていた。
「落ち着け!! 大丈夫だから……! 大丈夫だから!! 遥のことは俺が守る……絶対に守るから」
そう言って俺は、遥を安心させるために抱きしめた。その日、遥は人生で1番泣いた。俺の腕の中で泣きじゃくる遥を、ただ抱きしめることしかできなかった俺は……弱い。
9月14日 19:07
この日から、俺たち2人の時間は止まったままだ。