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12話② 遭遇

『お前って何考えてるか分かんねえよな、マジでロボットみたい』


 僕はお前みたいに無駄なことを考えていないだけだ。


『竜胆、お前は今回も100点か。中学3年生の問題だっていうのに末恐ろしいな。さすが、ロボットって言われるだけある」


 どいつもこいつもバカの一つ覚えみたいに僕の事をロボットって呼ぶ。それに大人子供は関係ない。


『貴様はそれが嫌なのかえ?』


 ロボットと言われるのが嫌なんじゃない。誰も僕の努力を見もせずに、【ロボット】なんていう浅はかな言葉で僕を評価する。そんな低能が周りにいるこの環境が嫌なんだ。


『くふふ、貴様も気難しい奴よのぉ』


 ……僕はあなたのためなら、どんな手でも使う。あなたのためなら、低能どもがどんな目に遭おうが構わない。あなたのためなら、どんな怪物にもなってやる。


『……好きにすればいいえ』


 言われなくても、そうするよ。だって……僕はあなたのことをーーーー


ーーーーーー




「ふーっ……ふーっ……!」


「さてと、幸人くん、話をしようか」


 目の前の光景が信じられなくて、息が乱れる俺とは違って、竜胆くんはいつも通り冷静だ。今はそのいつも通りが……とてつもなく怖かった。


「ま、まだ…………っ」


 もしかしたらまだ母さんが生きているんじゃないかと思った俺は、お父さんから教えてもらったことがある通りに、倒れこむ母さんの脈を測ろうと手を取った。

 ……だけど、その瞬間に分かった。


「はぁ……だから、もうこれは死んでるって。頸動脈(けいどうみゃく)を少なくとも10回は刺したんだから。あ、頸動脈が何か分からないか」


 竜胆くんの言う通り、母さんはもう……死んでいる。脈を測るどころか、母さんの腕からは体温すら感じないのだから。


「はっ……はっ……」


 母さんが死んでいることを頭が理解した瞬間、俺はその場に崩れ落ちた。足に力が入らない。

 ドクドクと自分の心臓が早く動いているのが体から伝わってくる、全身が熱い。さっきよりも、息が浅く早くなって胸が苦しい。母さんが死んだということを、心と体が認めたくないんだ。

 

「〜っ! なんで!!」


「うるさいなあ……君は話ができないわけじゃないだろ。一度落ち着こうよ」


「お、落ち着けって!? 母さんがこんな目に遭って落ち着けるわけないよ!!」


「ふーん」


 そんな俺を見た竜胆くんは、いつの間にか食べ終わったカレーの食器をシンクに持っていって、スポンジで洗っている。

 まるで母さんが死んでいるのが当たり前のように振る舞っている竜胆くんを見て、俺の中の恐怖心はどんどん大きくなってくる。


「それじゃあ、君との会話は諦めるよ。残念だ」


 そう言って洗った食器を雑にシンクに置いた竜胆くんは、俺と目線を合わせるように、俺の前に来て座った。その右手には、母さんを刺したであろう、血で汚れた包丁が握られている。

 ……竜胆くんが今持っている包丁で、母さんはあのカレーを作ったんだろう。俺の帰りを待ちながら夜ご飯を作ってくれていた母さんの姿を想うと、涙が出てきた。


「な、なんで……こんなことを」


「君もありきたりなことを言うんだね。うーん……どうして、か。()いて言うなら、僕の好きな相手のためだよ」


「……はあ?」


「君は多分初恋もまだだろうから分かんないだろうけど、好きな相手のためなら人って案外なんでもできちゃうんだよ」


 俺には竜胆くんが何を言ってるかが分からなかった。

 ただ、ようやく1つ分かったことがある……この人は普通じゃないんだ。


「今、竜胆くんが言ったことと、母さんが殺されることに関係なんかないじゃんか!」


「関係あったんだから仕方ないよ」


「し、仕方ない……? 母さんが殺されることが仕方ないって? ふざけんなよ!!」


「そう感情的にならないでよ。感情的になって良いことなんて、何もないよ?」


 そう言って竜胆くんは、持っている包丁の先を俺に向けてくる。今の竜胆くんの目は、朝に見た優しい目なんかじゃなくて、暗くて目の奥が見えないって感じるほど、感情が無い目をしている。


「例えば……幸人くんさ、さっきから君はお母さんのことばっかり気にかけてるけど、遥ちゃんのことは気にかけなくていいの?」


「っ!!」


 竜胆くんの口から遥の名前が出てきた時、俺の体はぶわっと震えた。遥と竜胆くんは一緒に家に来たはずなのに、ここに遥はいない。……頭の中に嫌な想像が出てくる。


「遥は……遥はどこに」


「ふふっ、安心していいよ。遥ちゃんは死んでないから。よかったね」


 震えながら遥の事を心配する俺を、竜胆くんは鼻で笑った。『よかったね』なんて、他人事のような言葉も付け加えて。俺の反応を面白がっているんだ。


「君のお母さんが一生懸命逃したからね。多分、助けを呼びに行ったんじゃないかな?」


「母さんが……遥を」


「さすが元警察官、いや……母親って言ったところかな。……羨ましいよ」


 倒れている母さんをチラッと見た竜胆くんは、目を細めて何か(つぶや)いた。その時の竜胆くんの横顔は、見たことが無い寂しそうな顔をしていた。


「今、何て……」


「っ……そろそろ時間か」


 そんな竜胆くんの言葉を聞こえなくさせたのは、外から聞こえてくるパトカーのサイレンの音だった。さっき竜胆くんが言ってた通り、遥が助けを呼んでくれたのかもしれない。


「ねえ幸人くん。手出してくれない?」


 サイレンの音を聞いた竜胆くんは、逃げるわけでもなく、口止めのために手に持っている包丁で俺を刺すわけでもなく、気味が悪い頼みをしてきた。


「早くしてよ、殺すよ?」


 包丁を持つ竜胆くんに殺すと言われた俺は、大人しく右手を前に出す。何をされるか分からない怖さで、前に出した右手は震えている。


「それでいい。……じゃあ、幸人くん。バイバイ」


「えっ……」


 次の瞬間、その俺の右手に、持っていた包丁を握らせた竜胆くんは、


「がふっ……!」 


 そのまま刃先を自分の胸に突き刺した。


「ぅあ……」


「何してっ!」


 傷口から吹き出した血が、俺の手をどんどん真っ赤にしていく。

 俺は咄嗟に包丁を抜こうとしたけど、竜胆くんはもう片方の手でそれを抑え込んで、より深く包丁を自分の体に差し込んでいく。今まで感じたことのない感触が、包丁を通して伝わってくる。動物の肉や魚の刺身を切る感触とは、何もかもが違う。『グリュ』、という竜胆くんの肉を貫通して内臓までえぐるこの感触……


「あっ……あぁ……うわぁぁああああ!!」


 俺の中の何かが崩れそうになる。


「ゆぎと……ぐん、げほっ! はぁ、はぁ……」


 竜胆くんは力が入らなくなったのか、包丁を押さえていた手を離した。急いで包丁を引き抜くと、傷口から血が溢れ出してくる。


「かはっ……!」


 もう呼吸すらまともにできなくなっている竜胆くんは血の塊を吐くと、俺の目を、いつもの優しい目で見つめて、


「ありがと……ぅ」


 最後にそう言って、自分の血だまりで汚れた床にドサッと倒れた。


「なんだよそれ……なんなんだよそれ……! 竜胆くん!!」


 俺の呼びかけに答えるはずもなく、竜胆くんは全く動かない。竜胆くんの体からはどんどん血が溢れ出てくる。


「あぁ……」


 顔を上げると、リビングはあちこちが血まみれになっている。1ヶ月前に買い替えたばかりの青いカーペット、遥のお気に入りのテディベア、俺のゲーム機、部屋干しされてる父さんのYシャツ、全部が母さんと竜胆くんの血で所々が赤黒い。


「…………」


 言葉が出ない。

 ()()は本当に俺が育った家なのか?


(こんなの……地獄)


「っ……」


ーーーーーー




「んっ……」


 気がついたら意識が飛んでいた。次に意識が戻った時、俺の目の前に居たのは、


「幸人、大丈夫か?」


 父さんだった。

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