12話① 遭遇
※いつもご覧いただきありがとうございます。12話①〜13話①にかけて、残酷な表現があります。お気をつけください。
大吉から家に帰る途中、太陽が地面に沈んでいくのが見えた。ちょうど、このことを何て呼ぶのか、昨日の理科の授業で習った。先生が言っていたのは確か……
「日没、だっけ」
俺はこの瞬間が好きだ。太陽が沈んで夜になる、この瞬間が。
(なんで俺はこの瞬間が好きなんだろ)
そう考えて真っ先に思いついたのは、【夜】というものへの憧れだ。まだ10歳の俺からすれば、夜は怖いし不気味だけど、大人っていうイメージがあって、たまにキラキラして見える。
(早く大人になりたいなー)
そんなぼんやりとした憧れが、バチバチと消えたりついたりを繰り返している古い街灯すら、なんだか綺麗に見せてくる。
(ていうか、もう街灯が点く時間か!)
「やばい、急がないと」
ぼーっと街灯を見ている場合じゃない、街灯が点いているってことはもう18時半を超えているってことだ。瑠璃を大吉に送ったからとはいえ、流石にこんな時間になると母さんに怒られてしまう。そう思った俺は、家に向かって走り出した。
そして、ここを曲がれば家が見えてくるという曲がり角を曲がった時だった、
「うわっ!」
「なっ!」
急いでた俺は、向こうから走ってきた人に気づかずに思いっきりぶつかった。ぶつかった衝撃で尻もちをついた俺は、ランドセルの重さに引っ張られてその場に転んでしまった。
「いてて……」
「くっ、わらわとしたことが……。貴様大丈夫か?」
地面に強くぶつけてしまった左ひじを押さえていると、ぶつかった相手が心配してくれたのか、俺に駆けよってきた。
「ぼ、僕は大丈夫です」
「そうか、よかった」
強くぶつけはしたけど、制服が長袖だったから血も出ていないし、ランドセルがクッションになってくれたのか、他に痛いところも無い。運が良かったんだろう。
「えっと……」
怪我はないですか? そう聞こうとした俺が顔を上げると、そこにはめちゃくちゃ綺麗なお姉さんがいた。あんまり綺麗な人だから、俺は思わず声が詰まる。
見覚えのある制服を着ているから、近くの中学か高校に通っている人なんだろう。長い黒髪がよく似合っている。
「その……」
「どうした? やっぱりどこか痛むのか?」
お姉さんは俺のことを心配してくれるけど、緊張している俺は声が上手く出ない。その代わりに首を横に振って答える。
「ならいいんだが……。っ、すまん、わらわはもう行かなければならん」
なんだか喋り方が不思議なお姉さんは、俺の家とは反対方向をチラッと見ると、俺に向けていた心配の目が消えて、少し怖い顔になった。
「ではな、今度からは曲がり角には気を付けるんだぞ」
「う、うん」
俺にそう注意したお姉さんは、さっきチラッと見た方向に走っていった。なんだか、焦っているみたいだった。
お姉さんはまるで、嵐のような人だった。
「綺麗な人だったな……」
ーーーーーー
「ただいま~」
家に着くと、玄関に見慣れない靴があった。どこかで見た気がするけど思い出せない。その横には遥の靴がある。
誰のだろうとは思いながら、もう出来ているはずの夜ご飯を食べるために、俺は真っ先に洗面台に手を洗いに行った。
ちょっと気になるのは、いつもは俺のただいまって声に母さんは絶対に答えてくれるはずなのに、今日は返事がないことだ。もしかしたら、帰るのが遅くなりすぎたせいで怒っているのかもしれない。
怒られるかも、と思いながら手を洗った俺は、リビングの扉に手をかける。扉の向こうからは、カレーライスの匂いがする。
「ふぅ……遅くなってごめん!」
深呼吸をして扉を開けた俺は、頭を下げながらリビングに入った。
「……」
何も言ってくれない辺り、母さんは相当怒っているっぽい。
仕方ない、と思った俺は恐る恐る顔を上げた。
「やあ、幸人くん。遅かったじゃないか」
そこにいたのは、帰りが遅くなった俺に対して膨れっ面をしている母さんじゃなくて……テーブルに向かってカレーライスを食べている竜胆くんだった。
「………………ぅえ?」
ただ、そんな竜胆くんよりも先に俺の視界に入ってきたのは、
「ん? ああ、これ?」
首元から大量の血を流しながら、床に倒れている母さんだった。
「ぇ? ……は?」
「はは、幸人くんすごい顔してるね。……うん、もう死んでるよ」
竜胆くんがそう言った時、俺が手に持っていたアイスがベチャッと音を立てて床に落ちた。




