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11話② 熱暴走

「そういや、お前ここに何しに来たの?」


「別に……何もない。ここの前通りかかったらあんたがおったから見にきただけや」


 俺からの質問に、瑠璃は目線を逸らして口を尖らせ、耳の横の髪を人差し指でくるくると巻きながら答えた。この姿だけを見ると、なんだか拗ねているみたいだ。


「お前ってそんなに俺の事気にかけてたっけ? ……本当は何があったんだ?」


 瑠璃の仕草は、結構何を考えているのかが分かりやすい。今、嘘をついてることくらいは俺にも分かる。


「……あんたこそ、私のことそんなに気にかけとったっけ?」


「お前が思ってるよりかは気にかけてるよ」


「ふーん……」


 やるやん、とでも言いそうな顔をしている瑠璃は、一呼吸置いた後に俺の前の椅子に座ると、この教室に来た本当の理由を話した。


「今度の授業で使う絵の具隠されたんや。教室には無かったから、ここにあるかなって思って」


「なっ……」


 美術室を見渡しながら瑠璃が語った内容に、俺は言葉が詰まった。瑠璃は今までその高い身長から、一定のクラスの子達に容姿をいじられることがあっても、それに怒ったりすることはなく、気にしていないっていう態度で流してきた。

 ただ、絵の具を隠す行為はもはやイジメだ。このまま放っておけば、瑠璃本人にも危害が出かねない。


「いい加減先生に相談した方がよくないか?」


「嫌や」


 そんなことを心配した俺からの提案を、瑠璃はハッキリと断る。

 前々から俺は瑠璃のことをバカにする奴らのことを先生に相談しようとしている。先生に相談すれば、今以上にひどくなることもないだろうし、なんなら嫌がらせを辞めてくれるかもしれない。


「……一応理由聞いといてもいいか?」


大事(おおごと)にしたくない……」


 瑠璃は必ずこう言う。瑠璃が先生に相談することを、こんなに嫌がる理由は俺には分からない。ただ、本人が嫌がっているなら、俺に出来ることはない。今までだってそうだ。


「……分かったよ。とりあえず、絵の具探すか」


「……ありがと」


 だけど、「せめて」と思った俺は、クライマックスのシーンに入っていた小説を閉じて、絵の具を探すために立ち上がった。


ーーーーーー




「らっしゃい! ……って、瑠璃か。おかえり」


「ただいま」


 営業中って書かれた札がかかってある店の扉を開けると、絵の具を右手に持った私を、腰にエプロンを巻いたパパが迎え入れてくれた。店の中を見ると、たまたまお客さんはいなくて、パパは仕込みをしていた。大きい鍋に入っている豚汁の良い匂いが、店中に広がっている。


「おっちゃん、こんばんは」


 私の後から店に入ってきた幸人は、パパにぺこっと頭を下げた。


「なんや幸人、来とったんか。……もしかして、瑠璃と一緒に帰ってきてくれたんか?」


 私と幸人が一緒に帰ってくることが珍しいからなんだろう、パパはちょっとびっくりしてるみたいだった。


「うん、ちょっと暗くなっちゃったからさ。女の子1人だと危ないでしょ?」


「かーっ、段々ええ男になってきたやないか~!」


「パパうるさい」


 私より足遅いし、運動もできないこいつは何言ってるんだろう。

 私はそう思ったけど、そんなことはお構いなしにパパはなんだか喜んでいる。この……なんていうか男だけにしか分かんない空気? みたいなのは、なんかきもい。


「ほんまにありがとうな。もう帰るんか?」


「本当はもうちょっといたいんだけど、そろそろ母さんが心配するだろうから」


 店にかかってある時計を見た幸人は、申し訳なさそうな顔をしながらランドセルを背負い直した。いつのまにかもう18時だ。


「そうかそうか、またゆっくりできる時においで」


「うん! 瑠璃、また月曜日に学校でな」


「……っ」


 帰り際、幸人は私に小さな声でそう言った。多分、パパが私に気を使わせないようにしてくれたんだろう。そんな幸人に、なんだか言葉が詰まった私は、小さく頷いた。


「じゃあな」


「せや、幸人。ちょっと待ち」


 店の扉に手をかけて私とパパに手を振った幸人を、パパが呼び止めた。


「これ持って帰り」


「え、いいの?」


 そう言ってパパが店の冷蔵庫から取り出したのは、ちょっとお高めのアイスクリームだ。しかも、今日私が食べようとしてたやつ……。それを勝手に幸人に渡そうとしているパパを、私はにらみつける。


「ええよええよ、瑠璃を送ってきてくれたお礼や。遥ちゃんの分もあるし2人で分けて食べ」


「っ、分かった。おっちゃんありがと!」


 幸人は一瞬遠慮しようとしたみたいだけど、遥ちゃんにアイスを食べさせてあげたいと思ったのか、素直にパパからアイスを受け取った。

 甘いものが好きな遥ちゃんがアイスを食べれるなら、私だって我慢できる。


「ほな、気いつけて帰りや~」


「うん、ばいばーい」


「……幸人」


 もう一度店の扉に手をかけた幸人を、今度は私が呼び止めた。


「ん? どうした?」


「その……今日はありがと。助かった」


 帰るのがこんな時間になるまで、幸人は一緒に絵の具を探してくれた。それは素直に嬉しかったし、ありがたかった。だから私は、さっき詰まった感謝の言葉を改めて口にした。


「っ……」


「……何よ」


「お前って素直にお礼言えたんだ」


「さっさと帰れ!」


 私の感謝の言葉を聞いてポカンとした顔をしてるなと思ったら、幸人は私に失礼なことを言った。そんな幸人を私は店から追い出す。ああやって余計なことを言うから、あいつはモテないんだ。


「ったく……」


「……瑠璃、今日は好きなもん食わしたるわ。何がええ?」


 幸人が店から居なくなって、店の中が静かになるとパパは私の頭を撫でながらこう聞いてきた。相変わらずパパの手はゴツゴツしている。


「急にどうしたん?」


「パパはな、結構瑠璃の事見てるんやで?」


 今日の私の様子がおかしかったのか、パパは私の事を心配しているみたいだった。絵の具を持つ私の手と、目元になんでか分かんないけど力が入る。


「ふん……きも」


「がははは! こりゃあ手厳しいわ~」


 私の照れ隠しにもなっていない棘のある言葉に、パパは笑ってみせた。

 月曜日、ちょっとはあいつに優しくしてあげてもいいかなって私は思った。

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