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10話① 重い念い

「な、何言ってるんですか……こんな時に笑えない冗談言わないでくださいよ」


 いよいよ俺の気は狂いそうになっていた。頭が到底追いつかないほどの情報をこんな短期間で与えられて、挙句の果てにはクロが死ぬ? そんなの、何かの悪い冗談と思いたくなるのは当然のことだ。

 今回だって、クロがいつものように俺のことをバカにして、冗談だったと言ってくれるのを期待したが……


「こんな時に冗談なんぞ言わぬ。我は死ぬのじゃ。精力が底を尽きると言った方が分かりやすいかの」


 こんな時だけ真っすぐに言うクロはずるい。俺の想いを知ったうえでこの言い方だ、クロの中で相当の決心がついているんだろう。


「それなら今からでも、俺の精力を吸えば……!」


 それでもクロに生きていてほしい俺は、(すが)るように自分の身を差し出す。たった1人の人間が神様にできることなんて、たかが知れているのは知っている。それでも、俺はクロの身を案じずにはいられない。


「私も力になれることがあれば協力します」


「ありがたい話じゃが、気持ちだけでよいのじゃ」


 そんな俺を見た彩さんも、力を貸すと言ってくれるが、クロは首を一向に縦に振らない。


「貴様らの持つ精力どころか、この辺りに住んでおる人間全員の精力を我が吸ったところで、もう手遅れなのじゃ」


「っ……」


 クロの口から淡々と語られる絶望的な今の状況に、俺は思わず絶句した。クロが死ぬというのは、変わりようがないのだろうか。


「今はこうして実体を保っておるのが精一杯じゃ。それも、誰かの精気を吸ってやっとのこと」


「そんな……」


「手遅れなどという言葉を、時の神である我が言うとは……情けない話じゃな」


 クロの辛そうな顔は、見ているだけでこちらも辛くなってくる。さっき、自分が死ぬと言った時にクロが笑っていたのは、俺のそんな思いを察しての行動だったと思うと、胸が苦しい。

 いつもはズボラなクロの気遣いに、俺は言い表されない感情が湧き上がっていた。


「我が死ぬのは、今日が終わる頃、つまり3時間半後には6年前に時を戻すようにするために力を使ったからじゃ」


 クロはその場で時を操ることもできるが、何かをきっかけに時が動くように工作することもできる。例え方が悪いとは思うが、言ってしまえば地雷だ。それを踏めば爆発するように、クロが定めた事柄が起きると時が動き出す。

 今回は恐らくそのきっかけが、俺と彩さんが出会った日の正子(しょうし)になるように設定されていたということなんだろう。


「そんなに焦らなくても……少しでも信仰する人が増えてから、力を使えばよかったじゃないですか」


「そんなわけにもいかなかったのじゃ。前回しくじった時点で、我にはちょうど6年を戻すほどの力しか残っておらんかった。じゃから、手遅れになる前に力を使ったというわけじゃ」


 神様は存在するだけで精気を消費する。それは、クロも例外ではない。6年間を戻す分の精気があれば、あと100年は存在できたはずだ。だが、そのうちにクロが大勢から信仰されるという保証はない。だから……クロは自分を犠牲にする選択をしたんだ。


「つまり、今の()()時間は、おふぃしょなるたいむみたいなものじゃな」


 多分、クロはサッカーのアディショナルタイムのことを言いたいんだろう。こんな真面目な時でも、クロらしい言葉遣いに俺は思わず調子を狂わされる。

 アディショナルタイム、言い換えればおまけみたいなもので、もうすぐ試合が終わる時に使われる言葉だ。


「最近急激に力を失っていたのは、そういうことだったんですね……」


「合わせて12年間と幾分か時を戻したからの。流石の我も堪えるのじゃ」


 クロの言っていることが全て本当なら、クロは一度6年前に時を戻し、何らかの理由で失敗をした世界戦を無かったことにしただけでなく、もう一度6年間時を戻したってことになる。

 そんなことをすれば、元々枯渇しているクロの精力は底を尽きるというものだ。


(……ん? なんか引っかかる)


 そんなクロの説明に、俺はどこか違和感を感じたが、その正体が分からない。


「……あの」


「なんじゃ?」


 その違和感の正体を突き止めるために、俺はクロの説明を最初から思い返す。だが、彩さんが俺より早く違和感よ正体に気づくと、クロにそれを確認した。


「その……6年前に戻った後に、6年後である()に戻す必要があるので、合計は18年じゃないんですか?」


 クロは合わせて12年分時を動かしたと言っていたが、彩さんが言った通り、クロの説明には今に戻ってくる分の6年間が抜けている。それを合わせると、彩さんの言う通り18年分時を動かしたことになる。


「確かに。その後また6年前に時間を戻すために、きっかけを作ったとすると、合わせて18年分の力を使うんじゃ?」


「……っ。12年で合っておるのじゃ」


 俺と彩さんからの指摘を受けたクロは、静かに首を横に振った。そんなクロの様子に、俺と彩さんはつい顔を見合わせる。


(12年で合ってる……?)


「っ! まさか!」


 クロが言っていることの意味を理解した時、俺はそれが信じられなかった。


「うむ。我はこの世界線で貴様に初めて会った6年前から、今日という日まで、このために動いてきたのじゃ」


 俺が知らないうちに、クロずっとはこの小さな体1つで、運命と戦っていたんだ。


「こやつの姉はもちろん……貴様の母も助けるためにな」


 俺と彩さんを見るその目には、クロの(おも)いが乗っていた。


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