表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/44

9話② 運命

「隠し事?」


「うむ、その前に」


 隠し事なんて大層な前ぶりをしたものだから、クロはしっかりと喉を潤してから言いたいのだろう、喉にお茶を通している。今日のお茶は、ノンカフェインのルイボスティーだ。


「おにぃ……これ」


 クロが湯飲みをちゃぶ台に置いたタイミングで、さっきタオルを取りに行った遥が、真っ白なタオル片手に帰ってきた。


「ありがとう」


「うん……」


 性懲りも無く声を荒げた俺のことが怖かったのか、遥は俺と目を合わせない。怯えた様子の遥を見て、俺の胸は締め付けられる。


「さてと、まずはどこから説明したらいいんじゃろうな」


 俺の膝の上であぐらをかいて、太ももの上に肘をついたクロは、手のひらに顎を乗せて「う〜ん」と悩みだした。食べ物のこと以外でクロがこんなにも悩むのは、初めて見た。

 クロが言葉を選ばなければならない時点で、とんでもない事態を抱えているということが分かる。


「遥ちゃん」


「はい……?」


 誰も喋らない。そんな何とも言えない空気感の中、翔さんが口を開いた。

 急に呼ばれた遥は、少し困惑気味に返事をしている。なんなら、俺と彩さんも困惑している。


「デートしない?」


「え……? 今……ですか?」


「うん、ちょっと境内を歩きに行きたいなーって思ってさ」


 しかも、会話の内容も少し突拍子のないものだ。翔さんのことだから、何か考えあっての発言なんだろうが、今のところ、その考えは読めない。


「あの、神様がなんか大事そうな話を今からしようとしてるみたいで」


「あー、大丈夫だよ彩ちゃん」


 クロの声が聞こえていない翔さんに、彩さんは今の状況を説明しようと、翔さんを呼び止めた。だが、翔さんは彩さんの静止を振り切って、そのまま社務室の扉に歩いて行く。


「遥ちゃん、おいで」


 ドアノブに手をかけると、翔さんは遥を外に連れ出そうと、手を差し伸べた。遥もここまで言われたからだろうか、立ち上がって翔さんの方へ近づいていく。

 そして、なぜこのタイミングで2人で外に出るか、未だにその意図が分からない中、扉を開けた翔さんは振り返って、


「まだ時間ありますよね、神様」


 あろうことか、姿すら見えていないクロに話しかけた。


「うむ、まだ時間に余裕はあるのじゃ」


「ありがとうございまーす」


「っ!!!?? は……ぇ……」


 俺には目の前の光景が、理解できなかった。


「ん? どうした幸人」


「ぇ……、え? ど、どうして……」


 まるで今の出来事が当たり前かのように、翔さんは平然と俺に接してくる。翔さんにはクロの姿は見えないはずだし、声も聞こえないはずだ。それなのに、クロと翔さんは今、会話をした。


(ありえない……)


「んー、まあその辺の説明は、神様がしてくれると思うわ。そこら辺よろしくお願いします」


「ふん、まあいいじゃろう。貴様は早く行くのじゃ」


 さっきまでが嘘かのように普通に会話をするクロと翔さんに、俺は開いた口が塞がらなかった。


「分かりましたよ。行こっか、遥ちゃん」


「ふわっ……!」


 クロに急かされると、翔さんは遥の手を引いて境内へと出ていった。取り残された俺と彩さんは、何も分からないまま、クロを見つめることしかできない。2人とも黙っているのは、何を喋ったらいいかが分からないからだ。

 クロは、どう説明したらいいかが頭の中でまとまったのか、「よし」と言って、俺の膝の上から離れると、俺と彩さんの前に座り直した。面と向かって話がしたいのだろう。


「今から貴様に話すことは、貴様たちを大きく混乱させるじゃろうが、落ち着いて聞いて欲しいのじゃ」


 その言葉に俺と彩さんは深く頷いた。

 少し気になるのは、落ち着いて欲しいと、落ち着きながら話すクロは、見たことのない目をしていることだ。寂しそうな、苦しそうな……見ているだけでこっちまで辛くなるような目だ。


「まず、貴様の記憶では、我がこやつの姉のために時を戻すのは1度目じゃが……実際は、2()()()じゃ」


「なっ……!」


「え?」


 俺は驚きのあまり言葉が出ず、彩さんは疑問が深まった声を上げた。


「1度目とか、2度目とか、一体何の事?」


 クロの言葉が理解できなかった彩さんは、俺に確認してくる。神様であるクロに聞き返すのは、何だか恐れ多いのだろうか?

 ただ、俺もクロの言葉を理解はしているが、未だに飲み込めてはいない。


「き、記憶の話ですよ」


「記憶?」


 動揺している俺は、言葉を詰まらせながらも、彩さんの質問に答え始めた。


「さっきも説明した通り、クロ様には時を操る力があります。ただ、時を戻した後、なぜ時を戻したことを知っているか? それは、クロ様が戻す前の記憶を、戻した後にも与えてくれているからです」


「ごめん、全然分かんない」


 俺の説明を受けた彩さんはめちゃくちゃ首を横に振っている。確かに、今の説明は自分でも複雑になったと思う。反省しよう。

 ついさっきまで、神様すら信じていなかった彩さんに、分かりやすく伝えるのは、ここに彩さんを連れてきた俺の義務だ。


「えーっと……簡単に言うと、クロ様は過去や未来に行ける切符を配れるんです。その切符が無いと、例えクロ様が時を操ったとしても、それに気づくことすらできません。僕が、今回の桜木さん絡みで貰った切符は1枚でした。ただ……クロ様は、既に2回時を戻しているみたいです」


「なる……ほど?」


 いやいや、簡単にまとめられるわけ無いだろ。

 俺の説明の全てを理解することはできなかったのだろう、彩さんは首を傾げながら頷いている。ただ、その説明にいつまでも時間を取っている場合じゃない、本当に説明をするべきなのはクロなのだから。


「今、本当の1度目の記憶を貴様に渡すと、貴様は壊れてしまうからの」


「僕が壊れる?」


 クロは少しだけ目元を潤ませて、目を細めている。きっと、辛いことを思い出しているんだろう。


「正しくは、壊れたからその記憶を我が奪い取った……じゃな」


「っ!」


 今までクロが記憶を渡すことはあっても、奪うことなんて無かった。今回の案件はどうして、こうも前代未聞なことが多いのかと、頭を抱えたくなる。


「……1度目に何があったんですか?」


「まあ、焦るでない。今、貴様に記憶を渡すと壊れるだけであって、ある程度の説明をしてからなら渡すのじゃ」


 ここまでクロを慎重にさせるほどの、恐ろしい出来事が1度目に起きたのかと思うと、余計に俺はその内容が知りたくなる。


「……分かりました」


「そんな、苦虫を噛んだような顔をするでない」


「僕は……そんな苦しい記憶をクロ様だけに背負って欲しく無いんですよ。1秒でも早く僕もその記憶を貰って、クロ様と一緒に悩みたいんです」


「芹沢くん……」


 俺はクロが思っている以上に、クロのことを心配している。クロがいつ消えてしまってもおかしくない今の状況、俺は表面上平穏を保ってはいるが、常に気が狂いそうなのだ。

 クロへの歪んだ愛情と思われてしまっても構わない。


「…………そんなに我を思ってくれる貴様に、重要なことを教えるのじゃ」


「重要なこと?」


「これは最後に言おうと思っていたのじゃが」


 2人でクロの言うことに耳を傾けていると、今まで悲しい顔をしていたクロが、少し笑みを浮かべながらこう言った。


「我は、もうすぐ死ぬのじゃ」


 その時の笑顔は、爽やかでもあり、底が見えないという気持ち悪さもあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ