9話① 運命
「ちょっとしか力が残ってない神様が、6年も戻せるのか?」
「……ぁ」
翔さんの指摘に俺は愕然とした。どうしてそんな初歩的な事に気づかなかったのだろうか。
2週間、時を戻すことですら躊躇っていたのに、6年もの時を、今のクロが戻せるわけがないのだ。
「え? どういうこと?」
状況を飲み込めていない彩さんは、不安な顔をしながら、俺と翔さんの顔色を伺ってくる。
さっきまでの盛り上がっていたムードが、瞬く間に凍りついたことをこの場にいる全員が察した。
「かいつまんで説明すると、今の神様は万全な状態じゃないんだ。なんなら、幸人が言うには、限界が近づいてきているみたい。そんな状態で6年っていう長い時間を戻せるとは思えない……っていう俺なりの推測なんだけど、どうだ?」
自分の推測を彩さんに説明した後、翔さんは俺に確認を取ってきた。ただ、翔さんはこの推測が間違っていてほしいのだろう、心なしか表情が曇っている。
「……翔さんの推測は正しいです。昨日言ったように、ここ最近のクロ様は、前例がないスピードで力が無くなってきています。そんな状態で6年も時を戻すとなると……クロ様は消滅してしまいます」
6年どころか、今のクロでは3ヶ月すら戻すことはできないだろう。力を使い切った神に待つのは、輪廻転生すらあり得ない【消滅】だ。
「っ! じゃあ、お姉ちゃんのことは……」
俺と翔さんの会話から、今の状況を察した彩さんは絶句した。そんな彩さんに「諦めるしかない」と、俺が言おうとしたその時、
「のーぷろぐらむなのじゃ」
重苦しい空気を平然と無視したクロが、何やらヘンテコなことを言った。
「ノープログラム……?」
「ん? 違ったか?」
俺と彩さんがキョトンとするのは分かるが、なぜクロまでキョトンとしているのだろう。
「もしかして、no problem って言いたかったんですか?」
ドヤ顔をかましながら言い間違えたクロの言葉を、彩さんが首を傾げながら、発音良く訂正した。それを受けてクロは、それが言いたかったと言わんばかりに、彩さんの方を指差してニヤリと笑った。
「はぁ……この状況のどこが問題ないんですか、問題しかありませんよ」
「にゃはは〜、貴様は何も心配せんでよいのじゃ〜」
「……っ」
俺の大きなため息をよそに、クロにはあっけらかんとしている。そんなクロの態度に、俺は少し憤りすら覚え始めていた。
クロ自身が、自分がどれだけやばい状況下に置かれているかを理解していないわけはない。なのに、どうしてこれほどまでに楽観的なのだろうか。
「心配せんでも、6年の時は戻すのじゃ。それのどこに問題があるというのじゃ?」
「っ! そんなことしたらどうなるかわかってるでしょ!!」
「幸人!!」
「あわわ……!」
自分の身を案じないクロに激昂した俺は、大声をあげて身を乗り出した。そんな俺を抑えようと、俺の前に手を出した翔さんだが、その反動でお茶が派手に溢れた。
「落ち着け、俺の目を見ろ」
そう言われた俺は、急いで深呼吸をする。興奮しているからか、空気が上手く体に入ってこない。
「そうだ、深呼吸しろ。俺の目だけ見てろ」
「っ……」
俺の肩に手を置いて、翔さんは俺のことをなだめる。翔さんの真っ直ぐな瞳を見ていると、自然と心は静まっていく。
翔さんの目から視点を広げると、遥はタオルを取りに行ったのだろうか、台所の上の棚をあさっている。
「大丈夫?」
「っ……大丈夫です。すみません、大きな声出してしまって……。お茶かかってませんか?」
「うん、私は平気」
一呼吸置いた俺に、彩さん心配の声をかけてくれた。客人である彩さんに、気を使わせてしまい申し訳ない。
「普段は落ち着いているくせに、突発的に感情的になるのはお前の悪い癖だぞ」
「はい……分かってます」
翔さんになだめられて、その場に座わりなおした俺は、下唇を噛んで自分の不甲斐なさを悔やむ。
「お前もそろそろ大人になれ」
「……はい」
いつも翔さんは、俺が冷静に意見を聞けるまで落ち着いてから、俺のことを諭してくれる。それは、翔さんが、感情的になると周りが見えなくなるという、俺の悪い癖を理解しているからだ。
「おい、幸人」
黙っていたクロが俺を呼んだ。
「……なんですか?」
『普段は偉そうにしているくせにみっともないのじゃ〜』とでも、ニヤニヤとしながら言われると思って、顔を上げると
「……貴様に隠し事があるのじゃ」
クロは微笑みながら、優しい声でそう言った。