08 従兄
一時間半後、ジルコート様との待ち合わせのため、魔法師団の庁舎の前に三十分も早くスタンバイしました。ジルコート様を待たせるなんてことは、あってはならないのです。本当は面倒くさいなと思っていることが顔に出ないよう、両頬を指で引っ張っていると
「何をしているんだお前は、人前だぞ慎みを持て」
早っ、ジルコート様がいらっしゃいました。まだ二十分も早いですよ。
「魔法師団の区間は王宮に向かう際に通り過ぎるだけで、まともに入ったのは昨日が初めてだったからな。いろいろ見て回っていた。お前がいなければもう少し回るつもりだった」
あぁ、やっぱり私思ったことが顔に出ちゃいますね。何も言ってないのに返事が返ってきました。
「では、行くぞ」
「ジルコート様、その前にお聞きしてもよろしいでしょうか。」
続きを促すようにジルコート様が足を止めて私に向かい合いました。
「私のことをご存じなんですよね。なぜ誘っていただけたんですか」
「はっきり言うがお前のことなど全く興味がない。しかし不本意だが、多分兄妹だと言って疑われないほど、私たちは似ている。私は認めるつもりはないが、お前が伯爵家ゆかりの者だと周りに知れるのは時間の問題だろう。その際、威厳あるお爺様の名に泥を塗ることなどないよう、監視する必要があると思っただけだ」
威厳あるお爺様? あまりピンとこないんですよね。うちにいる時があまりにもアレ過ぎて……お爺様って伯爵家ではどうなんでしょう。うちでのことはジルコート様には知られない方がよさそうです。
その後二人で魔法防衛部の事務所へ挨拶に向かいました。
あぁ、なんで私、今日に限って髪をアップで編み込んでしまったんでしょう。そのせいでジルコート様と私の顔をみなさん凝視しながら見比べています。ジルコート様の方が頭ひとつ分は背が高いのですが、髪が短いジルコート様と髪をひっ詰めている私は客観的に見てとても似ているんでしょう。つらいです。
「兄妹じゃあないよな」
「はい、私には妹はおりませんので」
「それにしても似ているな」
「そうですね。私も今日初めて会いましたが驚きました。祖父も同じ色合いですし、この見た目は魔力が多いのかもしれません」
ジルコート様がお話ししている間もみなさんの視線は左右に揺れます。とても居心地が悪いです。
「おいおい、お前たち、案内もしないで、入り口で質問攻めするなよな。そこの新人、まずは部長たちに紹介するからついてきてくれ」
背の高いひょろっとした男性が一番奥の部屋へ案内してくれました。
「そのソファに座ってしばらく待っていて」
そう言って部屋を出て行ったので、ジルコート様と二人っきりです。
「二人で来なかった方がよかったんじゃないでしょうか」
沈黙の中、思い切ってジルコート様に話しかけました。
「同じ職場で同じ新人だ。いずれはお前と並ぶ時もくるだろう。こういうことは早めに済ませておいた方がいい」
そう言ったジルコート様の声は今までとは打って変わってとても不機嫌です。私の方は一切見ませんし。
勘当されているうちの家族のことをどこまで知っているかわかりませんが、私と似ていることはジルコート様にとっても想定外で、苦々しく思っているようですね……。
ノックがしたのでソファから立ち上がり待っていると
「待たせたな、部長のダグラスだ」
「副部長のマグニーズです、君たちはジルコート君とイリディアナ君で合っているかな」
父より年上だと思われる二人の男性が入ってきて私たちに自己紹介と名前の確認をしました。
「「はい、そうです」」
ジルコート様と同時に返事をしまったので、マグニーズ副部長? が、一瞬吹いたように見えたんですが?
「お前たちの事情は知っている。これから魔法師団では赤の他人で貫き通すことでいいんだな」
「はい、実際、彼女は伯爵家とは無関係ですから」
「ジルコート、魔法師団では身分の差がないのは知っているな。ここにあるのは役職の差だけだ。魔法師団職員はファミリーネームは呼ばないことになっている。お前もただのジルコートだ」
「承知しております。私のことは今日からただのジルとお呼びください」
「でしたら私もイリーでお願いします」
「あいわかった。魔法防衛部の職員にそのように通達しておく。ジルとイリー、魔法防衛部でのこれからの活躍を期待している。力を発揮できるよう頑張りたまえ」
「さあどうぞ」
優しそうな雰囲気のマグニーズ副部長? が魔法省のローブを差し出しました。そうそうこのローブのために今日は早くここへ来たかったんですよ。
「あれ、でも白くない?」
「イリー君の知っているのは警備部のローブだね。うちは黒いんだよ。部によって色が違うんだけど、白い方がよかったかい」
私は頭をブンブン振って否定しました。
「魔法防衛部のローブが着たいです」
「それはよかった。明日の入団式では全員がローブ着用で集まるから壮快だよ。内勤の部署だとなかなかお目にかかれない色もあるから、楽しみにしておくといいよ」
念願のローブを手にした私は、副部長? に連れられ、ジル様と魔法防衛部の先輩たちに順番に挨拶をして回っていました。
「キャッ!!」
突然、後ろから抱きつかれた私は思わず声が出てしまいました。抱き着いた誰かは、今度は頭をぐりぐりしてきます。この背中の感触、身に覚えがあるのですが。
「イリー、やっと来たわね~ いつかいつかと待ってても来なかったのに、人がちょっと出かけてる隙に、挨拶回り始めちゃうなんてひどいじゃない」
「やっぱりルーシーさん? いきなり何するんですか。びっくりしましたよ。って言うかルーシーさん魔法防衛部だったんですか」
「そうよ、驚いた?」
ゴホン、咳払いが聞こえたのでそちらを見るとジル様が睨んでいました。
「あ、こちらはルーシーさんです。えっと……」
ルーシーさんとは、お爺様と魔法の修行をしていた時に何度かお会いしていますが、考えてみればルーシーさんのこと、お爺様のお知り合いだということと、名前しか知りません。年齢は見た目、母と似た感じなので三十代後半くらいでしょうか。母より数倍グラマラスの女性です。
「ここの肩書でいうと部長補佐、一応、君たち新人のお目付け役です。よろしくね。挨拶は大体終わった?」
「ああ」
マグニーズ副部長? が頷きます。
「それなら今日はもうこれで終了よ。出張や遠征に出ている団員はおいおい紹介するから。明日は九時にローブを着用してここへ集合、入団式は午前中には終わるわ。君たちが本格的に動き始めるのは明後日から。細かいことはその時にね。何か質問ある?」
ジル様は何もないようです。
「ルーシーさんは部長補佐なんですよね、隊長補佐じゃなくて?」
どうしてもさっきから気になっていたことを聞いてみました。隊長じゃなくて部長? ずっと魔法師団の肩書は隊長だと思っていました。
「ああ、それね、冒険小説を読んでいる子たちによく聞かれるわ。隊長って呼び方は今はしていないのよ。戦争がなくなってからだから、部長呼びになってかなり経っているんだけど、外の人たちはいまだに隊長呼びだと思っている人が多いのよね」
私もその一人です。魔法少女の英雄物語を読んでからずっと、ダグラス隊長とか、マグニーズ副隊長とか呼んでみたかったのでとても残念です。
「小説は現実と違っていることが多いから気をつけてね。ちまたで花形部署と思われている魔法防衛部だけど、魔法師団では『便利屋』と呼ばれている部なのよ。過度の憧れは捨てた方がいいわ。人気小説はあくまでも作り話だからね」
ルーシーさんの言葉にショックを受けた私のことを、ジル様が冷めた目で見ていますが、今はがっかりしているのでどうでもいいです。
今日はもう帰っていいと言われたので、寮に戻るためジル様の後ろをトボトボ歩いています。すたすた歩くジル様との距離が離れてしまいました。
「なんなんだお前は、鬱陶しい。私は先に帰る」
怒って行ってしまいました。だってあの小説は私のバイブルだったんですよ。魔法少女は私のお手本だったんです。隊長が危険な目にあった時、危機一髪で救ったり。大きな魔法をドカンドカンと派手にかまして敵を一掃したり、そういうのに憧れていました。いまのところ私にはそんな魔法は使えませんが……。
話し方だって、魔法少女が公爵令嬢とお友達になってから淑女を目指して、こういう喋り方をしていたから私も真似しているのに……。
まぁ、もともとは仕事の選択枠が増えるよう、母からしこまれたのが先なんですけどね……。