38 ポンコツの度合い
夜が更けて、指導官から慰労会終了の声が掛かったので、外で騒いでいた人たちも名残惜しそうにしながら、それぞれのコテージへ帰っていきます。
王都に戻れば、今まで通りの日常が始まりますが、私はいずれ、ブネーゼ魔山に魔防部の一員として派遣されることになります。
その時までに一人前になれるといいのですが。
メルンローゼ様を見送った後、私たちも広場に戻り、カンナさんや親しくなった皆さんたちと合流しています。
その中には同じAー7のコテージを使用している方もいましたけど、初めて挨拶をした時のような怯えはなく、サメア様やムームとも普通に言葉を交わしていました。
噂と違って、二人は高慢でも高圧的でもありませんから、普通に接するだけなら、怖がる必要なんて何もないんです。そのことをわかってくれたみたい。
それでも少しは緊張しちゃうみたいですけどね。
「私たちもお開きにして、そろそろコテージに行こうか」
「そうですね。明日からまた数日は馬車の旅ですから、今夜はしっかり休んでおいた方がいいですもんね」
「これで終わりなのね……せっかく皆と仲良くなれたのに、残念だけど私はここでお別れだわ」
「カンナさんは王都に行かないの?」
「ええ。仕事先は辺境の町だから」
カンナさんは直接派遣先の町に帰るそうなので、明日お別れしたら次に会えるのはいつになるかわかりません。
それでも、王都に来たら絶対に会いに来てくれると約束をしました。
話し足りないですけど、だからと言って寝不足になるのは困ります。
明日から数日間は馬車での移動になるので、それを考えると体調は万全にしておいた方がいいはずです。
私たちは談話室でくつろいだり、席に座ることすらなく、すぐに解散してそれぞれの部屋で休むこととにしました。
個室に入ってから、私は自分のベッドに上がるため、梯子に足を掛けました。ところが……。
「ちょっと待って」
何故か、突然カンナさんに呼び止められたんです。
「どうしたんですか?」
「イリーさんに話があるのよ」
声を掛けてきたのに、私ではなく、ドアの向こう側を気にしているカンナさん。様子を窺って談話室に誰もいなくなるのを待っているようです。
「人に聞かれたくない話なんですか?」
「ええそうよ。話と言うよりは忠告なんだけど」
私に?
新人研修が終わろうとしているこの期に及んで、まだ何かあるというのでしょうか?
まさかまた、お祖父様がらみでは?
「立ち話もなんだから、私のベッドに座って」
「はい……」
カンナさんが先にベッドに腰を掛けたので、私もその横に座り、カンナさんの方へ身体を斜めに向けました。
「その……忠告とは何でしょうか?」
「イリーさんて、その話し方のせいでしっかりしているように見えるんだけど、実はうっかりって言うか、迂闊って言うか、抜けているところがあるから気をつけた方が良いと思うの」
「えっと……それは……」
数日間過ごしている間、カンナさんにはそんな風に思われていたとは……。
「イリーさんは、メルンさんに自分で言ったこと覚えているかしら」
「メルンローゼ様にですか?」
いつ、どこで、何を?
メルンローゼ様とは、ここに来てからずっと一緒にいましたけど、カンナさんが私たちの話を聞ける状況だったのは、今夜だけですよね。
メルンローゼ様と会話したのはサメア様のために呼び出した時。
だとしたら……。
「もしかして、結界に閉じ込めたのがまずかったんですか。そのことが問題になってるんでしょうか」
思い返してみれば、あれはまさしく監禁。それ以外の何物でもないということに気がついてしまいました。
攻撃魔法としてとらえられていたら、私もセクハラ男と同類。その事実で、焦りと緊張のため心臓がバクバクしています。
「そんなこともしていたの?」
「え? 違うんですか?」
自白で自爆……。
「問題になっているのは救援弾の話よ。あなたはメルンさんに『ダニエルさんとおなじですよね。それでわかりませんか』そう言ったのよ」
「はい。それは覚えていますけど、なぜカンナさんがそのことを知っているんですか」
あの時は、側にいなかったはず。
それに、その言葉は意味を知っている人にしか理解ができないんだから、普通なら何を言っているのかわからないと思います。
それなのに、そのことをわざわざカンナさんが言うってことは……。
「カンナさんも監視官だったんですか?」
何となくそうじゃないかと思っていましたけど、間違いないですね。
私が質問すると、カンナさんは大きくため息をつきました。表情はとても困っている感じですから、聞いたらいけなかったんでしょうか。
「すみません。言えないこともあるんですよね。私は知らなかったことにしておきます」
「違うの。そうじゃないのよ。私がイリーさんのことを抜けているって言ったのはそこなの」
「そこ? え? どこですか?」
「時間の無駄だからはっきり言うけど。確かに私は監視官よ」
やっぱり。
「だけど、それは秘密なの。知られてはいけないのよ。どんなに言葉を選ぼうと、そもそも箝口令が敷かれていることは、口に出すこと自体が許されないの。私たち監視官や指導官は、諭すために話すことの権利を持っているから別だけど」
「そうですよね。すみません」
「それと、今のイリーさんは、自分ではうまくやっているつもりかもしれないけど、黙っていなければいけないことなのに、遠回しに話しちゃってるでしょ?」
「うっ……」
言われた通り、カンナさんは間違いなく監視官だと確信したので、思わず問いかけてしまいました。
メルンローゼ様も同様です。
「絶対に知られてはいけない案件は、隠し通さなくてはいけないのよ。今回イリーさんはメルンさんにカマを掛けたつもりだったんでしょうけど、そのことは確認すらしてはいけなかったの。それに、たぶん今のあなたには誰かの裏をかくなんて芸当は無理だと思うから」
確かに、ジルさんやムームに心を読まれています。考えていることがわかりやすいそうですからね。
「申し訳ありませんでした」
忠告されるようなことをしていた自覚がまったくありませんでした。
「本当はこの役目は私じゃなかったのに――イリーさんとは友達として同等でいたかったから、監視官のことは知られたくなかったのよ。お説教されているみたいで嫌でしょ?」
「いいえ、それとこれとは別です。友達は友達ですからそこは気にしないでください。それに、何かやらかす前に、自分が思っている以上にポンコツだってことを教えてもらえて助かりました」
それでも、ベッドの中で落ち込みそうですけど……。
「そんなにしょんぼりしなくても大丈夫よ。別のコテージでも、イリーさんと同じ状況の人たちがいるはずだから」
「そうなんですか?」
「慰労会も研修のうちなのよ。羽目を外すってことの限度がわからない人たちを炙り出していたの。だからお酒を用意していたのもわざとなのよ。同じように沈黙できずにしてはいけない話題をしている人たちも結構いたわね」
だから、カンナさんが知るはずのないメルンローゼ様との話を知っていたんですね。あの場所に別の監視官がいたようです。それはメルンローゼ様かもしれませんが、もう口に出したりしません。
「ということで、今、私がした話も秘密厳守よ」
「わかりました」
忘れちゃった方がいいのなら、記憶から抹殺したいです。そんな魔法ないですかね?




