37 サメア様とメルンローゼ様とムーム
「お待たせ」
「ムーム!?」
メルンローゼ様を捕まえているムームを見て、サメア様が口元を両手で押さえながら驚いています。
やっぱり頼まれたんじゃなくて、ムームが勝手に動いていたんですね。
二人の仲を裂きたくないというサメア様の気遣いも虚しく、さっきまで、メルンローゼ様は機嫌の悪さも隠さず、怖い顔でムームと言い合っていました。
だけど、この二人ってもともとこういう関係だったと思うから、気にする必要もないかと……。
「三対一。相変わらず人の陰に隠れるのが得意のようね。自分が有利になる状況にしておいてから、私に嫌がらせでもするつもり」
サメア様を睨みつけながら辛辣な物言いをしたメルンローゼ様は、ムームの拘束から逃れよと身体をさっきから捩っています。
それでも、力の差があるのかびくともしません。
「ここにメルンと敵対する人なんて、誰もいないよ。もともと、あたしたちは向こうに行くつもりだったし。話は二人っきりですればいいよ。その前に、イリー、ちょっといい?」
「私ですか?」
ムームが空いている方の手を振って私を呼ぶので、近づくと、耳元でこそっとあることを囁きました。
「ええ!? 嫌ですよ。そんなことをしたら絶対怒られるじゃないですか」
「責任はあたしが持つから。お願い。そうじゃないと二人っきりで話ができないと思うんだよね」
「それはそうでしょうけど……」
「ちょっと! こそこそと、二人で何を話しているのよ」
イライラしているメルンローゼ様。
ブネーゼ魔山でお近づきになれたと思ったんですが、ムームから頼まれたことを実践したら、嫌われてしまうかもしれません。
「すみません」
謝ったあと、杖を出してから構えて、その後、私はその場で素早く魔法陣を描きました。
「何をするつもり!?」
私が目で合図をすると、ムームはメルンローゼ様から手を放し、私と一緒に彼女から数歩下がって距離を取りました。
「本当にごめんなさい」
発動されたのは結界魔法。
サメア様とメルンローゼ様だけを閉じ込めるように張られたそれは、それほど広くもなく、たとえメルンローゼ様がサメア様から逃げようとして端っこまで移動しても、声が届くと思います。
「あとは二人でね。あたしとイリーは見えるところにいるから話が終わったら、合図してよ。じゃあね」
私は頭を下げてから、先に歩いていったムームのあとを追いました。
結界を張った場所から、話声が聞こえないくらい離れたところでムームが足を止めて、二人の方に振り返りました。この場所でサメア様からの合図を待つようです。
「大丈夫でしょうか?」
「メルンからは文句を言われるだろうけど、サメアもそれはわかっているはずだからね」
「サメア様は何を話すつもりなのかムームは知っているんですか」
「メルンにお願いがあるみたい。お兄さんの病状を教えてほしいんだって」
「昏睡状態のお兄様のことですか?」
「サメアが時間魔法の巻き戻しを完璧に習得しようと、必死になっているのは知っているよね」
「はい。もしかしたらそれって……」
「うん。だからサメアが進めてしまった病状を少しでも回復させるために、状態を把握しておきたいみたい。あと、もう一度お兄さんに自分の魔法を掛けさせてほしいって頼んでいるんだと思う」
「メルンローゼ様が了承してくれたら、サメア様の魔法でお兄様は目を覚ますことができそうなんですか?」
その問いにムームは頭を横に振りました。
「まだ無理だよ。サメアは病状に合わせて、衛生部の人たちに相談しながら魔法陣を作り変えるみたい。魔法を人の身体に向けて使うことは、どんな副作用が出るかわからないし、そう簡単なことじゃないからね」
サメア様が話をしようと思ったのは、どうやら研修中に衛生部の方と関わることがあったからのようです。
「もともとサメアが魔法師団に入ったのも、早く上達したかったからみたいだし。また、没頭しちゃうかもしれないから、無理をしないようにイリーは監視しててよ。サメア自体にも副作用はあるんだから」
「わかりました。サメア様のことはちゃんと見ておきますね」
ルームメイトとして、サメア様の健康管理には目を光らせたいと思います。
「ムームたちの仲も、元通りになればいいですね」
「メルンとあたし? 避けられているのは、サメアとは関係ないよ。昔から鬱陶しがられているんだよね。子どもの頃に、あたしが自分とメルンの違いに気がつかないで無茶させてたからだけど」
「そうなんですか……」
幼いころから、簡単に魔法を操ることが出来たムームは、それが当たり前だったから、誰もが自分と同じだと思っていたらしいです。
だから、隣の領で同じ年、遊び相手として紹介されたメルンローゼ様との能力の差も考えず、連れまわしていた。
実はメルンローゼ様のところもヴェルリッタ領と同様に、力が正義という気風が強いく、彼女の気持ちとは裏腹に、ムームにもまれて成長著しかったメルンローゼ様は、夏や冬の長期休暇になると、どんなに嫌がってもヴェルリッタ領に放り込まれていたんですって。
ジルさんも言ってましたけど、逃げ回っていたのは本当だったようです。
「子どもの頃は、私が屋敷の人たちに、いたずら魔法を掛けたりして、それをメルンも喜んで笑っていたんだけどね。魔獣狩りに行くようになってからかな。今みたいな扱いをされるようになったのは」
自分ができることはメルンもできる。
そう思っていたのがいけなかったんだよね。ムームは苦笑いをしながらそうつぶやきました。
「あっちは話が終わったみたい。サメアが手を振ってる」
「本当ですね。では結界を解除します」
私たちが近づくと、メルンローゼ様は結界が消えていることを確かめてから、何も言わずに背を向けて、お友達がいる方向へ歩いて行ってしまいました。
「大丈夫でしたか?」
「ちゃんと話せた?」
「一方的にわたくしが話していてだけで、メルンは何も言わなかったわ。だからお兄様のことも教えてはもらえなかったけれど、いつものように罵ったりはされなかったから、気持ちは伝わったと思うの。それをどう受けとめたのかはわからないけれど」
「突然、時間魔法で巻き戻したいって言われて、戸惑っているんじゃないのかな。メルンも気持ちの整理が必要だろうしね」
「父経由で病状を訊ねることに対しては、否定しなかったから構わないみたい。あとはわたくしが魔法を完璧に仕上げるだけだわ」
私にはメルンローゼ様のお兄様の状態はわかりません。
ですが、話の感じでは、それほど時間をかけている余裕もないようです。
だから、サメア様が焦って無理をする気持ちもわかります。
私も何か協力できたらいいのに。
例えば、怪我をしたらサメア様に治療してもらうとか? 実際に試すことも必要ですよね?
「そうだ。寮に戻ったら、皆で勉強会をしたらどうかな。イリーも新しい魔法陣を考えるつもりなんだよね? 大勢で知恵を出し合った方が捗ると思うよ」
「そうですね。それは是非お願いしたいです」
「わたくしも魔法陣を改良するつもりだから、皆の意見を聞きたいわ」
「たぶんフランが詳しいと思うんだ。魔道具用の図案をずっと描いてるはずだからね」
王都に戻ってから、やりたいことが増えました。私もこれからこつこつ頑張ろうと思います。




