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私が憧れの職場に入れたのは、賢者のお祖父様のごり押しでした  作者: うる浬 るに
私の能力が試されているのは、賢者の孫馬鹿のせいらしい
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32 監視官

「おかえり、イリー」


 明日の予定が決まったので、食事を終えてから私は自分のコテージに戻りました。そのドアを開けて入ると、談話室で迎えてくれたのはムーム。


「ただいま。って今日は私の方が先に戻っていたんです。ムームこそおかえりなさい」

「そうだったんだ。でも昨夜は帰ってこなかったんだよね?」

「昨日は下山が遅くなってしまったので、北にある監視塔に急遽泊まることになったんです。もしかして私のことを待ってたんですか?」

「ううん、そういうわけじゃないよ。朝、カンナさんから戻ってきてないって聞いたから、どうしたのかなって思っていただけ」


 二人一室だから、ベッドを使っていなければ、そこにいないの気がつきますもんね。


「心配を掛けてごめんなさい」

「えーっと、気にしてなかったわけじゃないけど、新人の研修会だし、そんなことがあるのは当たり前だからね。それにイリーはジルも一緒だったし大丈夫だとは思ってたよ」

「そうですか。サメア様とカンナさんは?」

「サメアはチームメイトとまだ食事中だと思う。カンナさんは見てないけど昨日もここに帰ってくるのは遅かったみたい。でも、彼女たちのチームはそんなに遠くへ行ってないと思うけどね」


 ここから近い場所でカラーボールを探しているのなら、魔獣はあらかじめ駆除されているはずなので、危険なことはなさそうですね。皆さんは無事に過ごしているみたいなので安心しました。


 私たちが一番過酷な状況だとダニエルさんも言っていましたしね。


「イリーたちは遅くまで山の中にいたんだ。メルンが一緒だったんだから迷ったってこともないと思うけど山奥まで入っていたの?」

「思いの外、魔獣の数が多かったんですよ。初動で失敗したので、倒しても倒しても湧いてきたって言うか……」

「ふーん。まあ、なんとなく想像はつくんだけど。イリーも座ったら?」


 立ちっぱなしでいた私はムームの向かい側に着席して、ムームの『想像』という言葉を聞き返しました。 


「あたしは中央にいたんだけど、ほとんど魔獣がいなかったから、逆にそっちはあり得ないほどの魔獣に囲まれたんだろうなと思って。うちも兄たちが研修の時に同じ経験をしているからある程度は知ってるよ」

「そうなんですね。本当に大変だったんですよ。全部倒すために魔力が枯渇するほどでしたから」


 想像とは言っていますが、ブネーゼ魔山を知り尽くしているムームですし、お兄さんたちから話を聞いているのなら、ほぼ真実を掴んでいるのでしょう。


「ねえ。イリーは今回の研修のこと、どこまで知ってる?」

「えっと……」


 ムームは事実を正確に知っていそうですが、それでも私は口止めされているので、どこまで話していいのかわかりません。


「質問を返してすみませんが、ムームはどこまでですか?」

「そう言う返事をするってことは、イリーは全部ってことか。ジルが側にいたことも踏まえて、たぶん、あたしも同じだと思うんだけど……。あ、でも、うーん」


 ムームの言い方からして、今回の件、すべてを把握してそうですよね。


 北側に魔獣が集められたことを知ってるのは、さっき言ってました。

 ジルさんが試されたていたのも、お兄さんたちがそうだったから知っているのかもしれません。

 だったらチームに監視官がいたことは? 


 ダニエルさん……今はどうされているんでしょうか。彼には聞けないけど聞きたいことがたくさんあります。ムームなら素性を知っている可能性が……。


「あの、ムームはダニエルさんのことを知りませんか?」

「ダニエル?」

「私と同じチームの方です。建設部で得意魔法は穴掘りみたいなんですけど、とにかくすごく優秀で、魔法の使い方をいろいろ教えてもらったんですよ。でも、怪我をして脱退してしまったのでお礼が言いたくて、その……」


「優秀な穴掘り……ダニエル……それってたぶんあの人だ」

「あの人? やっぱり有名人なんですか?」


「うん。海軍で欲しがってるって聞いたよ。敵軍の戦艦に穴を開ければ簡単に沈められるからね。だけど、今は他国と争っているわけじゃないから、便利な能力が宝の持ち腐れになっちゃうってことで、そのまま建設部に籍を置いてるみたい」

「ムームはそんなことまで知ってるんですね」

「彼の場合はたまたまだよ。ヴェルリッタ領でも人材として欲しがっていたからだけど」


 だったら、ダニエルさんは平民ですよね。他領の子息がヴェルリッタ領で働くわけないですし。

 でも、貴族に詳しかった……ますますわからなくなってしまいました。


「そのダニエルって人が怪我をしているのなら、衛生部のところにでもいるんじゃないかな」

「そうですね」


 でも、怪我というか、傷口に見せかけた穴は自分でふさいでしまったので、たぶん衛生部にお世話になることはないと思います。

 どこかで寝泊りはしているはずですが、お礼を言いに行くのを理由にして、監視官のこととか、自分の疑念を晴らすために会いに行くのも、気が引けると言うか……。


 いろいろ気にはなりますが探すのは諦めます。私自身も誰かに素性を暴かれるようなことをされたら嫌ですしね。あと、会えたとしても聞きにくいことはやっぱり口にはできそうにないですから。


「そう言えば、メルンローゼ様ってすごいですね。おかげでとても助かってます」


 私はあえて話を変えることにしました。


「メルンはブネーゼ魔山の樹海で目印が何もない場所に入ったとしても迷うことはないからね」

「すごい能力ですよね。それにとても真面目な方ですし、私は同じチームになれてよかったです」


 こんな機会でもなければ、ずっとメルンローゼ様のことは、人を見下す嫌な令嬢だと勘違いしたままだったかもしれません。


 しかし、いろいろ知った今、改めて思い返してみれば、初めて話をした時のメルンローゼ様は、貴族としてただ忠告しただけのような気もします。それはサメア様への負の感情があったからですが、結局、私が平民だったので意味がないと思われただけでは?

 実際に私のことを蔑んで失笑したのは取り巻きの方たちだったような……。


「イリーがそう思っているならよかったよ。それだけはちょっと心配だったんだよね。今のメルンのことは、あたしもどうにもしてあげられないから」

「大丈夫ですよ。メルンローゼ様はチームメイトとして味方についたらすごく心強いです」

「そうだね。あの子はそういうところはちゃんとしてると思う。特にブネーゼ魔山に入っているわけだし」

「はい。あと数日ですけど仲間として頑張ります」


 たとえ彼女が監視官で、私のことを仲間としてみているわけではなかったとしても。


 その後は、ムームが二日間どう過ごしていたのかを聞いているうちにサメア様もコテージに戻ってきました。

 サメア様ともここ数日の話をしましたが、やはり他のチームはブネーゼ魔山に入ってチームボールを探しているだけなので危険なことなどまったくないそうです。

 魔獣に遭遇しても群れではないので、討伐も問題ないとのこと。


 私が受けていた研修内容は心配もさせてしまう恐れがあるので、サメア様には話せませんでした。だから似たようなものですって誤魔化していたんですけど、話をしていて気がついてしまったことがあります。


 もしメルンローゼ様が監視官だったとしたら、ムームだってその可能性が高いですよね。

 本当ならムームも高難度の試練をうけているはずが、中央部分のあまり魔獣がいない場所で研修をしているあたり、同じような役目を請け負っているとしても不思議ではありません。


 ただ彼女の場合は、山猿とあだ名がつくほどその優秀さが知れ渡っているので、わざわざその能力を試す必要がなかったのかもしれません。


 ここへ来る前に聞いた通り、攻撃魔法を使えない人は攻撃力が強い人と一緒のチームになるってこともありますし、中央にいても不審なわけではありません。

 私たちのチームだけを除いて、その他のチームは能力差がある人たちがチームの同士として活動しているのでしょうから。

 だから、こればかりはムーム本人に聞いてみなければわかりませんし、たぶん聞いたとしても返事は()()()()()()()と答えると思います。

 だいたい私が監視官のことを知っていることが秘密で、ムームに聞くこと自体ができません。


「明日もイリーたちは北側に行くのかしら?」

「はい。そこにカラーボールがありますから仕方がありません。入山口までが遠いので、また帰ってこなかったとしても心配しないでくださいね」

「忙しすぎて、お話をしている時間もほとんどないのね」

「皆さんとなかなか会えないのは事前に聞いていた通りですね。サメア様は今日も一日中山に行っていたんですよね。お疲れではないですか?」

「わたくしは大丈夫よ」

「でしたらいいんですが、でも怪我だけは気をつけてくださいね。山の中は思っているより歩きにくいですし、足元の小石ひとつ、木の枝の先なんかでも思わぬ怪我をすることがありますから」

「ええ、イリーも無理をしないでね」

「はい。サメア様とムームもあと数日ですがご無事で」

「うん。ありがとう」


 明日に響くといけないので、おしゃべりもほどほどにして私たちは就寝することにしました。


 二人におやすみなさいと挨拶をしてから個室に入りましたが、今日一日のんびり過ごしていた私は、すぐには眠れずにベッドでゴロゴロ。


 そうしているうちに同室のカンナさんが部屋に戻ってきたので、私はカーテンから顔を出して声を掛けました。

 私のチームは遠出をしているため、別の場所に泊まってくることもあるので気にしないでくださいとだけ伝えました。


 彼女は早く寝たいかもしれませんし、朝も早く出掛けるかもしれませんからね。


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