26 出会ったのは
「あ……ちょっと待ってオルガ!」
突然ダニエルさんが後ろからオルガさんの肩を掴みました。
「ダニエル? ジルたちを見つけたのか」
「違うよ。そうじゃない……」
「だったら、どうしたんだ、こんなところで?」
「うーん、ちょっと面倒なのがいるから、困ったなって思っただけ。二人とも、これから誰に何を聞かれても、自分たちはわからないってとぼけておいてくれないかな」
「面倒なのって誰なんだ?」
「ヴェルリッタ領の領兵だよ。たぶん彼らもジルを観察しているんだと思うんだけど、ちょっと荒っぽいから僕は関わりたくないんだよね」
ジルさんの実力を把握するために、研修施設まで押し掛けてきた人たちでしょうか。
魔法師団の先輩だけではなく、いったいどれだけの人たちに注目されているのか、それを考えただけでジルさんに同情しちゃいます。
すべてお祖父様のせいだとは思いますが、確かに自慢したくなるほどの孫なのも頷けますから、きっと、得意気に話したんでしょうね。
「なんでヴェルリッタ領の領兵がジルを気にしているんだよ」
「それは……ここだけの話だけど、ジルのお爺さんが、ブネーゼ魔山で魔獣の討伐に関わっている者たちの鬼教官だったからさ。鬼教官の無茶ぶりがすごかったから、その人の孫ってことで皆興味津々なんだよ」
鬼? 無茶ぶりって……お祖父様のことなんですよね。その言葉は意外です。
この前、魔法を解除してもらうために、赤の他人として本部であった時、あれがお仕事モードのお祖父様だと知って驚きましたから、きっと私みたいに遊び半分で魔法を教えていたわけではなく、もっと真剣な指導をしていたんですよね。
ブネーゼ魔山で働くということは命にかかわることですから。
「鬼教官か……なんとなくそれでジルが試されている理由がわかった。教官の孫だからって能力が必ずしもあるわけじゃないだろうに。ジルはたまたま新人の中では最強クラスだったからよかったものの、ちょっとかわいそうだな」
「本当にジルに実力があってよかったよね」
「……そうですね」
なぜ、それを私に向かって言うんですかダニエルさんは。ジルさんのおかげで私が陰に隠れていることは確かで、とても感謝はしていますけど。
「向こうも僕たちの存在に気がついてるみたいだから、一応は挨拶しておくか」
本当は嫌なんだけどと、ぶつぶつ言いながらダニエルさんはヴェルリッタ領の方たちの方へ足を進めています。
「こんにちは。僕は魔法師団のマーガレットです。皆さんも魔獣の討伐中ですか」
「おう、こっちはマリアだ。って、おまえダニエルじゃねえか。それに……そっちは印をつけているから新人か? そんなのふたりも連れながら、まさかお前も爺の孫を見に来たのか?」
ちょうど、知り合いの方がいたみたいですけど、今のやり取りはいったいなんでしょう。
『マーガレット』に『マリア』?
もしかして、ダニエルさんのコードネームとかでしょうか? そんなこと聞いたことがなかったんですけど、ブネーゼ魔山に常駐することがきまったら、必要になるとか?
オルガさんが私を見て目だけで説明を求めてきたけど、わかりませんから首を横に振っておきました。
そこにいたヴェルリッタ領の方は四名。
皆さん三十歳前後でしょうか。見るからに戦闘を職業にしているであろうと思われる、がっしりとした体格で大剣を担いでいる方がふたりと、標準体型で武器は持っていない方がふたり。
たぶん、騎士と魔法使いですね。
「皆さんは、こんなところまで見物に来るほど暇でもないでしょうに」
「問題ない。仕事の一環だからな」
「魔法師団が北側に魔獣を誘導してるって聞いたもんだから、俺たちはわざわざ手伝いにきてやったんだぜ」
「大群が街の方に逃げ出しても困るしな」
「そうだったんですか。皆さんが手を貸してくださるなら頼もしいですよ。ありがとうございます。それじゃあ、僕たちは急いでいるので、また」
挨拶をすませたダニエルさんが話をやめて歩き始めようとしました。
ところが……。
「ダニエル、そっちはダメだぞ」
「爺の孫がいるからな。別の道を行け。おまえが加勢したら面白くねえ」
「うぐっ。ちょっとなにするんですか」
いきなり筋骨隆々のひとりがダニエルさんの首に腕をがっしっと回しました。
この雰囲気では、ジルさんたちと合流できそうにありません。もうすぐそこにいるみたいなのに。
「新人は研修中ですからね。僕は手伝いませんよ。だから、この手を離してください」
「だったらいいけどよう」
ダニエルさんの訴えを無視して騎士の方はそのまま左手をダニエルさんの首に固定したままです。
「でも、皆さんが何もせずに、ここで大人しく見ているってことは、彼らはふたりだけで問題なく魔獣を倒せているってことですよね」
「ああ、悔しいが結構やるぞあいつ」
「爺の孫自慢で俺らは貶められてきたからな、能力がなかったら爺を言い負かす機会ができると思ったんだが、爺の欲目だけじゃなかったみたいだぞ」
ジルさんたちは団の人たちやヴェルリッタ領の方たちに見守られながら、魔獣の討伐を進めているようですね。
どうやら、本当の孫であるジルさんの実力を見るために、ほとんどの方がこっちについてきたみたいで、万が一のことがあっても、監視している方たちが助けに入るでしょうから、命の危険はなかったかもしれません。
ヴェルリッタ領の方に行く手を阻まれて、どうしようかと思いましたが、私たちが合流しなくても大丈夫そうです。
「いろいろ知っちゃったからな。大勢が観察してる中に飛び込んで行く勇気がイリーはあるか?」
オルガさんがこそっと私に聞いてきました。
できれば目立ちたくないんですけど……それに皆さんはジルさんの能力に目を向けているのであって、さっきヴェルリッタ領の方が言ったように今の状況に誰かが加勢することは、たぶん望んでいないんですよね。
「それでも……チームメイトですし……ジルさんはともかく、メルンローゼ様のことは心配です」
「だよな。俺たちだけは行くか」
「はい!」
私はオルガさんと、渦中に飛び込む決意を固めました。




