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私が憧れの職場に入れたのは、賢者のお祖父様のごり押しでした  作者: うる浬 るに
私の能力が試されているのは、賢者の孫馬鹿のせいらしい
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19 ダニエルさん

「意識がないふりをするのって、本当に大変」


 そう言いながらダニエルさんは、オルガさんから離れて、肩を回したり身体を伸ばしたりしています。どう見ても大怪我をしているようにはみえません。


「ふりって、ダニエルは蛇に噛まれて重傷だったんじゃないのか? いったい何がどうなってるんだ」


 ダニエルさんとの距離を詰めて胸元に掴みかかったオルガさん。


「あの、こんな状況ですから……」


 喧嘩が始まってしまうかと思って冷や冷やしていましたが、子虎たちを下ろして止めに入ってみると、オルガさんは殴ろうとしているわけではなく、ダニエルさんの首筋にある傷口の血痕を自分の袖口で拭いて確認をしていました。


「間違いなく傷はある。ダニエルは無理をしてるんじゃないだろうな?」

「首の穴のこと? 傷に見立てて自分で作ったものだから平気だよ。僕が穴を掘る能力って、素材がなんでも関係ないんだよね。それでも心配だって言うなら戻してくよ」


 ダニエルさんが腕を横に払うと、蛇の牙でできたと思っていた、首についていた二つの穴がきれいさっぱりなくなってしまいました。

 自分で言う通り、掘れるのは土だけではなかったようです。そして埋めることもできるんですね。


「あと、この辺の汚れも血じゃないからね」


 ダニエルさんは、オルガさんが手を離したあとのぐしゃぐしゃになった襟元を直しながら、赤く染まった服に視線を向けました。


「なんでそんなことを!? そのせいでジルたちも危険を冒してまでこの魔獣の中、救援を呼びに行ったんだぞ」

「そうだね。あっちはあっちでどうなってるんだろう? こっちとは違って結界もないし、魔獣に囲まれて大変な思いをしているかも」

「何だと!?」


 飄々と語るダニエルさんとは逆にオルガさんは冷静ではいられないようです。


「落ち着いてください、オルガさん」

「こんな裏切行為に黙っていられるか!」

「ダニエルさんは意味もなくこんなことをやってるんじゃないと思います。これってたぶん全部仕組まれていたことだと私は思うんですよ」

「まさか、イリーも知っていたのか?」

「いえ、まったく」


 もしかりに知っていたとしても、ダニエルさんのように皆さんを騙せるような上手な演技なんて私には無理です。絶対にできませんから。


「ですが、ダニエルさんが怪我を装うために、わざわざ血のりまで用意していたなんて、始めから準備していたんですよね。だから、そうとしか考えられません。新人研修会に参加してチームに入っている以上は不審人物が紛れ込んでいるわけもありませんし、なにより、私たちに『二人とも減点だよ』って、新人じゃなくて指導官の言葉だとは思いませんか?」

「確かに……ダニエル、イリーの言っていることは本当なのか?」


 私の想像が正しいのか、ダニエルさんに聞いてみると、楽しそうに首を縦に振りました。

 怪我をしているふりを止めた彼はたぶんもう隠すつもりもないのでしょう。


「もっと、悪者として(なじ)られるかと思ったのに、それには気が付いたんだね。でも、わかりやすいヒントを与えているんだから当たり前かな」

「ダニエルさんは新人じゃなくて指導官なんですか?」

「指導官ではなくて、正確には評価をつける監視官だよ。本当は最後まで隠すつもりだったけど、君たちがあまりにも酷すぎて、これ以上は評価が良くなりそうにないから正体をばらすことにしたんだ」

「俺たちの評価が悪すぎる?」

「僕はさ、君たちふたりの慎重なところはいいと思っているんだけど、安全ばかりを重視していて、いろんなことを見落としているのはどうかと思うんだ。例えば、僕の傷の状態をきちんと把握しなかったよね。みんながみんな自分が治癒魔法を使えないからって、ぱっと見だけで判断していた。それに一番問題なのはこの状況で長い時間、結界にこもっていたことだよ」


 ダニエルさんは団の掟とも言っていました。攻撃魔法を使ったわけではないし、逃げ出すことばかり考えていたので、それを言われるまで私は気づきませんでした。

 うっかりしていたではすまされないことを。


「私の結界のことですよね……」

「結界に体当たりしていた熊の魔獣のことか?」

「熊だけではないよ。結界に触れた魔獣はすべて討伐対象だからね。こんな状況はあまりないことだからかな、君たちはそのことをすっかり忘れていただろう? 魔獣の進化は恐ろしいんだ。あの魔獣たちは次は結界を破るかもしれないよね。君たちではない誰かが犠牲になるかもしれないよ。どうするつもり?」

「もう、どの魔獣が結界に触れたやつかわからない……ってことはここにいるすべてを倒さないといけないってことなのか?」

「そういうことになるよね」

「そんな……」


 安易に結界を張ってしまった私の愚策です。


「それから、悪いけど正体をばらしちゃったから僕は手を貸すことはできないよ」

「イリーと俺だけで!?」


 それは、たった二人で何十頭、いいえ、もしかしたら何百頭という魔獣を全滅させなければいけなくなってしまったってことですよね?


 そんなこと無理です……とは掟を破ることになってしまうので絶対に言えません。


 でも、考えれば考えるほど不可解なことが多いんですけど。


 ダニエルさんの怪我は嘘でしたが、救援弾に誰も反応してくれないのは何故でしょう。

 ダニエルさん以外のことで緊急性の事案が発生していないとは言えませんよね?


 私たちの周辺の魔獣をすべて討伐しなければいけないのに、ダニエルさんはそれに参加してくれないと言うし、逃がしたらいけないのに監視官とか(こだわ)っている場合ですか?


 それに、やっぱりこの魔獣の多さはおかしいですよ。

 ブネーゼ魔山で魔獣同士がこうやって潰し合ってくれたら、魔法師団も騎士団もヴェルリッタ領の皆さんも、自分達が手を出す必要がなくて苦労がないんじゃないでしょうか。

 だから、意図的に集められたんじゃないかと思ってしまいます。ジルさんたちもそんな状況になっているとかちらっと言ってましたし。

 そうだとしたら、チームが二つに別れてしまったのは痛手です。


 新人研修会で、ここまで追いつめられるとは思ってもみませんでした。他のチームも私たちと同じなのでしょうか?


 疑問ばかりが浮かびますが、今は魔獣を全滅させることを考えなければいけません。


 ダニエルさんが元気な今なら、私は最後の手段を使うことができるかも……。


 だから、これからオルガさんに相談しようと思います。


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