17 魔獣の群の中
「集まっていた魔獣が少し減っているから、ジルたちについていった奴らもいそうだな」
「大丈夫でしょうか……」
「あっちでドカンドカンいっているから、有言実行で近づいた魔獣はジルが吹き飛ばしながら進んでいるんだろう。危険の察知能力が高い魔獣はあの音を避けるだろうから、やり方としてはまちがってないと思う」
「そうなんですね。それを聞いて安心しました」
「だが、逆にこっちがこれからまずいかもしれないけどな」
まずい?
「それは私たちが動けないからですか?」
「そうだ。狡猾な魔物で、特に群れをなしている輩はここに餌を求めてやってくる魔獣を待ち伏せして襲うだろう。大型の魔獣にとっては格好の狩場になるだろうな」
「だったら、やっぱりどこかに移動した方がよかったんじゃないですか? ここで私が救援要請の魔道具を使ってしまったのがいけなかったんですよね。すみません」
「それを言ったら、俺がダニエルを背負って、ジルたちと一緒に塔に向かえばよかったのかもしれない。だが、ダニエルの容態も考えると、どうすれば最善かを判断するには、新人の俺達では経験がなさ過ぎて難しすぎるし、事前の情報では、すぐにでも魔法師団や騎士団が助けに来そうな雰囲気だったからな。状況からいって救助を待つ選択が普通だろ」
「そうですよね。あれ、結構目立つと思いますしね」
私は空に浮かんでいる赤い雲を見上げました。あれは時間とともに薄くなっていくので、もう少したったらジルさんから預かった魔道具をもう一度使う必要がありそうです。
結界内しか動けないので、どうすることもできずにその場に座り込んでいると黒紋虎の双子たちが親虎の方向の壁に突進していってぶつかりました。そこでコロンと転がった後、壁を一生懸命引っ掻いているので、親の元に行きたいんですよね。
「ごめんね。外には出られないし、出たら危ないの」
そんな、子虎たちは結界の外側にいる魔獣たちにとっては捕まえやすい餌に見えるのでしょう。たぶん、私とオルガさんもですが。
結界ギリギリにいた子虎たちに向かって、外側から熊のような魔獣が突然襲ってきました。
勢いよく突撃してきたので、透明な壁におもい切りぶつかり、その熊は結界の向こう側で跳ね飛び地面に倒れこんだのですが、その後も何度か結界に体当たりしています。
かなりしつこかったんですが、やっと無理だとわかったのか、他の魔獣を追いかけていき、その辺で戦い始めました。
そのせいで怯えて地面で小さくなってしまった子虎たち。私は二頭を頑張って持ち上げ、両脇に抱えながら結界の中央へと移動しました。そして、そこに座って双子を足の上に乗せました。
「大丈夫だからね」
そう言いながら、小さな背中をゆっくりと撫でてみました。子虎たちを落ち着かせる効果があるかはわかりませんが、二頭ともおとなしくされるがままになっていますし、私も癒されるのでずっとさすり続けていました。
「結界って本当にすごいんだな。あれだけの巨体がぶつかったのにびくともしなかったぞ」
ダニエルさんを抱えているオルガさんが驚いていますけど……。
「でも、それだけです。外側からの攻撃は防げますけど、それは内側からも攻撃できないってことですから」
「負けることもないが、勝つこともないってことか?」
「そうですね……」
私は自分の力不足を実感しています。
攻撃魔法が使える誰かと一緒にいなければ、魔獣の討伐という観点では何の役にも立ちません。
方法が全くないわけではないのですが、お祖父様に教えてもらったそれは、切り札的にしか使用できない魔法なんです。
今は助けが来ること前提の状況だから冷静でいられますが、これが孤立無援な場合で、この場から動けないという状況が続くとしたら恐ろしすぎますよ。
「私、なんで魔防部に入れたんでしょうね……」
「イリー?」
「あ、すみません」
「何弱気になってるんだ? こんなずごい結界を張ることができるから、今俺たちは安全でいられるんだぞ。俺たちの魔法はもともとどれも万能じゃないんだ。イリーの魔法は仲間を守ることができるんだから、自分で卑下するなよ」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいです。弱音を吐いてすみませんでした」
こんな時に落ち込んで、その上オルガさんに励まされてしまうなんて……。
私はもっと皆さんの役に立てるように、この研修が終わったら高度な魔法の取得に努めようと心に誓いました。
「それにしても、ちょっと増えすぎだよな」
オルガさんがいうように、結界の周りには魔獣が集まっていて、さっきの熊のように結界に気が付かないで襲ってくるものも多いので、結界の壁の内側に目隠しの白いスモークを薄く張り巡らして外から見えずらくすることにしました。
しかし、難点もあって、当たり前ですけど中からも外を観察しにくくなっています。
それでも結界は音や匂いは通すので、魔獣の鳴き声や雄たけび、絶叫なんかは聞こえてくるので、外が酷い状態になっていることは伝わってきます。
鉄臭いような生臭さも濃くなっているので、それに誘われて新たな魔獣がやってきては争いを続けているのかもしれません。
「この辺は魔獣が多いんですね」
「ジルがいるチームだからな。そんな場所があてがわれた可能性は否定できない」
「やっぱりそうですか。ジルさんとオルガさんがいたから銀狼ですら手こずることもなかったですし。もしかして、私たちのチームは難易度が少し高く設定されているんじゃないんですか」
「それは俺たちだけじゃない。イリーの結界や防御壁もすごいし、本人は謙遜していたが、使い方次第でダニエルの魔法もかなり使える。メルンの能力も目印が何もないブネーゼ魔山で目的地を目指すには有能すぎるくらいだ。だから、他のチームに比べたらあり得ないほど効率のいいチームでもある。危険度もそれに比例しているんじゃないかと俺は思っている」
オルガさんの話を聞いていてふと思ったんですがそれってもしかすると救助が来ないのも関係あるのでは?
まさかとは思いますけど、あえて無視されているなんてことはないですよね?




