14 銀狼の討伐
私たちはできるだけ音を出さずにこの場所から後退しようとしたのですが、気配を勘づかれてしまったようで、背中を向けていた銀狼のうち数頭がこちらに振り返ってしまいました。
こちらに向かってうなり始めたので、山の中で追われたり囲まれたりしても厄介ですし、迂闊に動くことができません。
銀狼は成獣になると体高が一メートルを軽く越えるほどの大型の魔獣です。飛びつかれて組み敷かれてしまえば、身動きが取れないどころか、命の保証はありません。
「今更逃げても、餌認定されてるだろうから間違いなく追ってくるだろうな。とりあえず、俺たちを狙っているやつだけは片付けるぞ。オルガ援護を頼む」
「ああ。その前に。ダニエル、銀狼との間に大穴を!」
「うん、わかった」
オルガさんの指示で、ダニエルさんが魔法陣を描き始めました。その間、私も防御できるように杖を銀狼に向けて準備します。
「みんな、地面が揺れるから気を付けて!」
ダニエルさんから声が掛かるとすぐに、がががっという音とともに足元が大きく揺れました。私は転ばないように肩幅くらいに開いた両足に力を入れて揺れが止まるまでこらえます。
もちろんその間も魔獣たちから目を話すことはしません。銀狼たちも突然目の前で起こった崩落に驚き、数歩後ろへ下がり、態勢を整えていました。
揺れが止まると、私たちと魔獣たちの間には深さ三メートルほど幅五メートルほどの溝が出現。
「イリー、溝のこちら側に防御壁を!」
「はい」
私はすぐに、銀狼と私達を隔てる板を用意しました。このまま逃げられたらいいのですが、防御壁に魔力を送り続けなければいけないので、距離ができてしまったら消えてしまします。背中を向けて逃げることは最も愚策といえるでしょう。私はそのままオルガさんの指示を待つことにしました。
「銀狼が飛び出して、この穴に落ちたら防御壁で蓋をすることは可能か」
「はい。それはできますけど、銀狼をこの溝にに閉じ込めるってことですよね? でも、全頭一緒に落ちないと、逆に防御壁が後ろから来た魔獣の橋の代わりになってしまいますよ」
「それについては考えがある。たぶん、銀狼でもこの距離はギリギリ飛び越えることができるかどうかだろう。だから、直接こちら側へ来ようとするなら。跳躍する前に深く屈むか、助走をつけなければいけないはずだ。動きをみていればわかる。飛びそうになったら、ジルが打ち落としてくれ」
「それはいいが……」
「あとイリー、さっきダニエルと話していた硬質化ってのを俺のローブにかけることはできるか? 防御壁と同時に?」
「あ、はい。私の魔力が届く範囲でしたら、硬質化は解除するまでそのままにできます」
「俺がこっちから銀狼側に飛ぶから、手もとだけ魔法陣が描けるように除いて、その魔法を掛けてくれないか」
「え、飛ぶ?」
「オルガ、何をする気だ?」
「迷ってる時間で銀狼に回り込まれたら厄介だ。いいから、言った通りにやってくれ。俺は無茶なことはするつもりはない。絶対に大丈夫だから、何があってもそれを信じてイリー以外は絶対にそこから動くなよ。『一』で目の前の防御壁を消して、『二』で硬質化の魔法、『三』で穴に蓋だ。いくぞ」
オルガさんは自分の武器であるロープを見せてからそう言うと、ローブのフードをしっかりとかぶりました、
「あ、はい」
「いちっ」
オルガさんの号令で私は目の前の防御壁を杖を振って解除しました。その瞬間、オルガさんが助走をつけダニエルさんが作った溝に向けて飛び出します。
「オルガ!?」
私には驚いている暇はありません。オルガさんに言われた通り魔法陣を描き続けています。オルガさんがいくら運動神経が良かったとしても向こう側まで飛ぶことは難しいと思います。それに銀狼がいる場所へ自分から飛び込んでいくなんてどう考えても無謀。
それでも、チームリーダーとして私たちをまとめてきたオルガさんが何も考えずに危険なことをするとは思えません。残った私たち四人はその様子を固唾をのんで見守っていました。
「にい」
オルガさんの声で、私は硬質化の魔法を彼のローブに掛けます。
「ああ」
オルガさんは飛び越えることはできずに穴の中へと落ちていきます。警戒しながら見張っていた銀狼のうち、二頭がオルガさん目掛けて飛び出しました。
「だからか」
「銀狼に食らいつかれても大丈夫なように硬質化の魔法を掛けたんだね」
穴の下に着地したオルガさん。すると、向こう側で残っていた銀狼もオルガさんを狙って全頭穴へと飛び降りました。銀狼にとっては三メートルほどの高さなんて、すぐに上がってこれそうですから躊躇もせずに次々とオルガさんの元に集まっています。
「さん」
「はい」
それは本当に一瞬の出来事でした。
銀狼に囲まれていたオルガさんが穴の中から突然飛び出してきたのです。こうなることは予測できていたので私はずっとオルガさんからの号令を待っていました。
なぜなら、穴に落ちると同時にオルガさんが両手に持っていたロープの先をを近くの大木に絡ませていたからです。
魔法で、身体を引っ張り上げたんでしょう。
オルガさんが穴から出るのと同時に私は穴に防御壁で蓋をしました。
私たちを狙っていた銀狼たちは穴から飛び出そうとしましたが、透明な壁に当たって下へと落ちていきます。
それでも、さすがに野生の動物。とても機敏で、下でくるっと回転して着地しています。
透明とは言ってもよく見れば何かがあるのはわかるので、脱出に失敗した銀狼たちはそこに壁があることに気がついたようです。閉じ込められたことで、うなり声や遠吠えを上げ始めました。
その声で、黒紋虎と対峙していた数頭もこちらが気になっているようですが、敵に背を向けるわけにもいかず、助けにくる様子はありません。
下から鋭い目で見上げながらも、穴の中の銀狼はどうすることもできない状況になりました。
「無理をするな」
「いや、無理をしたつもりはない。イリーの魔法があれば問題ないと思っていたからな。だからほら、俺は怪我ひとつしていないぞ。イリー硬質化を解いてくれ」
「あ、はい」
「あとは、ジルの仕事だぞ」
「ああ、わかっている。イリー、今度は私の合図で蓋を外してくれ。私が魔法を放ったらそのあとはもう一度蓋をするんだ」
「はい。準備はできてます」
「皆は念のため穴から離れてくれ」
「私はイリーを支えるわ」
そう言ってメルンローゼ様が私の背後に立ちました。
「万が一ジルの魔法で貴女が吹き飛ばされたら意味がないでしょう」
どうやら身体を押えて私の援護してくれるようです。
今度はジルさんは魔法陣を描き始めました。高難度な魔法を使用するみたいで、小刻みに動く右手は三十秒も止まりません。
私はまず左手で魔法を解除して、すぐに右手で魔法陣を描かなくてはいけませんが、タイミングがずれたら元も子もないので、目を見開いて、ジルさんの姿を凝視しています。
「よし、行くぞ。」
「はい、では解除します」
蓋を解除すると、ジルさんも杖を穴なの中へと振り下ろしました。その瞬間に穴の中には赤い炎が広がって、ぶわっと熱い風が私のところまでとどいたので、私は身体を押されてしまいたした。でも、メルンローゼ様が受け止めてくれたので、焦らずすぐにまた防御壁で蓋をします。
「これなら延焼の心配もないな」
「もう跡形もないじゃないか。すごいねジル。オルガもだけど」
「今回の作戦は皆の力があってこそだ。メルンもこれから俺たちが無事にブネーゼ魔山から脱出するためによろしく頼む」
「また、道を変更する必要があるわね」
魔物同士が争っているうちに、迂回して麓を目指さなければいけません。それでも、メルンローゼ様の能力のおかげで、別のルートを進むとしても、私達は安心だと思います。




