01 ブネーゼ魔山の新人研修
この章は、魔獣討伐の場面で残酷な描写があります。
私は今年、わが国において一番人気の就職先である、魔法師団の採用試験に合格して、念願の魔法師団員となりました。
しかも、バイブルでもある小説の主人公と同じ道を歩み始めていて、第一希望の魔法防衛部、通称魔防部に配属されたんです。魔防部はその名の通り、魔法を使って防衛をこなす部署ですが、隣国との争いもなくなって久しいので、普段は他部署の応援をしていて便利屋とも言われています。
そんな魔防部ですが、実は一番必要とされているのが、ブネーゼ魔山と言うとても危険な魔獣が生息している山脈での討伐です。ありとあらゆる魔獣の発生ポイントになっているブネーゼ魔山。肉食で獰猛な魔獣が、人間の生活圏へ入り込むのを防がなくてはいけませんし、人々が安心して暮らすことができるように、魔山で間引く必要があるのです。
そのため魔防部では、チーム分けをして輪番でその職につくことになっています。ある程度仕事がこなせるようになれば、いずれ私も、ブネーゼ魔山に部員として常駐することになるでしょう。
そうは言っても、それはまだ先の話です。
今回は、そのブネーゼ魔山で新人だけを集めて行われる研修という名の魔物討伐に参加しているところなのですが、現在進行形で大問題が発生中。
それは仲間の命に係わるため、私は山奥でかつてないほどの悩みを抱えることになってしまったのです。
私が置かれている状況ですが、チーム別で指令を受けてやって来たブネーゼ魔山のど真ん中。判断を間違えたせいで、血の匂いに誘われてやって来た無数の魔獣たちに取り囲まれています。
仲間の周囲には、魔法を使って結界を張っていますので、今現在は攻撃をされていません。自分が防御魔法の特化型だったことを、これほど感謝したことはありませんでした。ですが、初っ端で対応を誤り、逃げ遅れてしまったため、強力で危険な魔獣たちを引き寄せてしまっているのです。
血に誘われてやって来た魔獣同士も争い始め、周辺は普通の人なら直視できないような有様。鉄が錆びたような悪臭も酷く、まさに地獄絵図と化していました。
私は平気かって? 小さな頃から、お祖父様と一緒に魔獣の討伐はしていましたから、このくらいは問題ありません。
そもそも、血だらけの光景を見て狼狽えるようでは、魔防部になんて所属出来なかったと思います。
しかし、ここまで酷い状態になってしまうと、迂闊に動くことができません。
すでに仲間のひとりが魔獣に襲われていて、早く治療を施さないと危ない状況だというのに……。
「このままじゃまずい。イリーの結界を解除して反撃しなきゃ魔獣が増える一方だぞ」
私が張った結界の中、研修のために臨時で組んだチームでリーダーを務めているオルガさんが声をあげました。彼もこのままではらちが明かない思っているようです。
私の結界は仲間の魔法も遮断してしまうので、こちらからも魔獣に手が出せません。
「でも、ダニエルさんがこんな状況で戦うのは無謀すぎます。せめてジルさんたちが戻ってくるまで待ちませんか?」
「だからだ。ダニエルは一刻を争う状態かもしれない。奴らが戻ってくるまでもたない可能性だってないとは言えないだろう」
「それはそうですが……」
いくら、オルガさんが強かったとしても、彼が抱きかかえているダニエルさんは出血が多いためか、すでに意識がないし、無策のまま結界を解除するなんて命取りに決まっています。
魔獣と戦えばそれだけ多くの血が流れることになり、ただでさえひどい状況に輪をかける可能性もあるのです。
それに、ブネーゼ魔山の魔獣に魔法を使用した場合は、能力進化させないために、魔法師団及び騎士団には必ず打ち取らなければいけない掟があります。このおびただしい数が相手では、どう考えも私たちだけでそれを実行できるはずがありません。
ちょっと前まで、ここにはチームメンバーであったジルさんとメルンローゼ様がいました。彼らは、ダニエルさんの治療ができるであろう、サメア様か幹部を探しに山の中へ飛び出して行ったので、私はジルさんたちと合流してから移動した方がいい思ったのです。
現在、この場所にいて戦えるのは警備部のオルガさんと私だけ。あと、結界の中には傷ついたダニエルさんと、私が見捨てることが出来ずに思わず保護してしまった黒紋虎の双子がいます。だからこそ、この子達を守りながら脱出なんて難易度が高すぎる。
私は自分の膝の上で抱え込んでいる二頭の子虎を見ながら悩むことしかできません。オルガさんも黙り込んでいるところをみると、この状況をどうにかして突破できないかと考え込んでいるのではないでしょうか。
「どうしよう」
私が今悩んでいること。
それは『ここからどう逃げるか』ではなく『私の能力を使うことで発生する問題について』です。
どんな手段をとってもいいのなら、実はこの状況を覆せる方法が私にはあります。でも、そのあと、もっと悲惨な状況になる可能性の方が大きいため、それを実行させることに戸惑いがありました。
こちらへ向かってくるであろうジルさんたちも危険にさらすことになるかもしれない。そう思うと決心がつきません。
「どうすれば最善なんだろう……私がもっと魔法を使いこなせていたら良かったのに」
そもそも、なんでこんなことになっているのか、皆さんには新人研修会で私たちがブネーゼ魔山にやって来る前から順にお話ししますね。




