25 仕事仲間とこれから
新人演習会もすべて終わり、私たちには日常が戻ってきました。
「これがあの魔狼?」
「一頭は燃えちゃったけど、こっちの二頭はたぶんまだ動かせるよ」
「これ骨だけですよね? どうやったら動くんですか?」
魔獣研究室で二頭分の魔狼の骨を見ながら私は驚きの声をあげてしまいました。
ガドリー室長がこの前のように骨の修繕をしてるところへマグニーズ副部長とお邪魔しているのですが、この骨、動くそうです。
マグニーズ副部長が『びっくりすることを教えてあげる』なんて言うから何事かと思ったけど本当に驚いてしまいました。
「君たちが戦った時も元は骨だったんだけどね」
「ええ? あれが骨? 唸り声とかあげてましたよ」
「僕が受肉してるからだけど、やっぱり本物を見せないと信じないか」
「まさか、ネクロマンサーなんですか?」
「それと近いかな」
もうなんだかわからなくて、口が開いたままの私を、マグニーズ副部長がずっとクスクス笑って見ています。
「群れ鼠の骨を拾ってあるから、ちょっと待ってて」
「私のためならいいです。お仕事続けてください」
「大丈夫、もうすぐ優秀な助手が帰ってくるから。いままでみたいに、僕がちまちま頑張らなくていいんだ」
「そうなんですか?」
ガドリー室長は話しながら棚からひとつ小箱を出しました。そして左手には古びたロッドを持っています。
箱から鼠の骨格標本を取り出し、それに向かって静かに魔法陣を描き始めました。
私は息を飲んでその様子を見つめます。
「ぐほっ」
じっと、鼠の骨に集中していたせいで、私は息を止めていていたようです。
はあー、ふうー。
やばい、邪魔しちゃったかな?
心配しましたが苦しむ私に気を留めることもなく、ガドリー室長はまだ魔法陣を描き続けていました。
逆にその傍らにいる、マグニーズ副部長は笑い声を押し殺すのが大変そう。マグニーズ副部長って笑い上戸ですよね?
三分ほどかかってようやくガドリー室長がロッドを下ろしました。
「終わったよ。飛びつかれないように気をつけて」
鼠の骨にみるみる肉がつき、毛皮がはえた本物の鼠に変わりました。それが起き上がり動き出したのですから驚くなと言う方が無理な話です。
「こんなことができるんですか?」
「こんなことができちゃってるね。でもネクロマンサーと違って僕の言うことは聞かないよ。こいつらは生きていた時の本能だけで動くだけだからね。それも魔力を注入した分だけだから時間も限られている」
「それでもすごすぎます。びっくりです。魔法師団おそるべしです」
「いまのところ、ガドリーしかできないけどね」
「たぶんこれからも僕一人だよ。この魔法陣は危険だから誰にも教える気はないからね」
教えてもらったとしても、三分も描かなきゃいけない魔法陣なんて覚えられませんから。
前に言っていた、行動パターンと進化の過程は、こうやって、動いているところを観察して調べるんですね。あの時はまったくわかりませんでしたけど納得しました。
今日は驚いてばかりです。
それを見て、マグニーズ副部長は笑ってばかり。
目を離した隙に群れ鼠がガドリー室長に飛びついたんですが、マグニーズ副部長は笑いながらもその群れ鼠を叩き落としました。
世の中にはまだまだ知らないことがいっぱいです。こんなこと小説にも載っていませんでしたよ。
「本当にすごいです」
ガドリー室長に尊敬の念を抱いていたところ、研究室のドアが開く音がしました。
「ガドリー室長、ブネーゼ魔山からご依頼の骨が届きましたわ」
部屋へ入って来た人を見てまた驚いてしまいました。
「ガドリー室長が言っていた優秀な助手ってサメア様のことなんですか?」
私が叫び声をあげたためサメア様が驚いた顔でこちらを見ています。
「ふたりは知り合いなのか?」
「寮のルームメイトですわ、ガドリー室長もイリーとお知り合いなのかしら」
「そうだね。マグニーズさんにはこれからもお願いすることが多いと思うから、イリーさんもうちと関わることになると思うよ」
「イリーとお仕事できるなんて嬉しいですわ」
「私もです」
やっと、気持ちが落ち着いたので、サメア様には笑顔を、マグニーズ副部長には渋面を向けます。
「マグニーズ副部長が言っていたびっくりすることってサメア様のことも含まれてますよね? もっと早く教えてくれてもよかったんじゃないですか」
「悪い悪い。イリー君が驚く顔がみたかったんだよ。これからは気をつけるね」
「そうしてください」
「サメアさんは時魔法が得意でね。時送りと、時戻しが使えるから、骨格標本を元の通りに直すのはうってつけなんだ」
「時魔法!? すごいですね。すごく難しいんですよね?」
「そうかしら? わたくし、時魔法しか使えないの。しかも使用にかなり条件があるものだから、お仕事に支障がないといいのだけれど」
「私も防御魔法くらいしか使えません。サメア様とお揃いですね」
「イリーとお揃い? そう言われたら、なんだか嬉しいわ」
サメア様と顔を見合せながら、二人で笑っちゃいました。
これからも、いろんなことがあるでしょう。だからこそ、こんなちょっとした穏やかな日々が、本当に嬉しいし、楽しい。
新人演習会でムームはもちろんのこと、ジル様との距離も近づけた気がします。サメア様ともお仕事が一緒にできそうですし、いつかは、魔道具部のお手伝いで、フランさんともかかわることがあるかもしれません。
だから、これから先のことを考えると、とってもワクワクします。
私が憧れの職場に入れたのは、賢者の称号を持つお祖父様のごり押しだったかもしれません。それでも、いまとなっては魔法防衛部に入れて本当によかったです。
いつか魔法防衛部の一員だと胸を張って言えるように、私なりに頑張っていきたいと思います。
「ありがとう、お祖父様」
なんて思っていたのに、
「お祖父様の大バカーーーーー」
ブネーゼ魔山に遠征中、私の叫び声が木霊するのも、それほど先の話ではありません。




