21 お祖父様
あれからどれくらいたったのでしょう。
地下室で明かりを消されてしまったので部屋の中は真っ暗です。
私を覆っている結界は空気や音は遮断していないので窒息の恐れはありません。ですが、私がここにいることは、メモを残すことができませんでした。
知っているのはあの強引な女性だけです。
こんな状況で誰かに気がついてもらうのは難しすぎます。
自分の結界で動けなくなってから、愚痴り三人組以外にこの資料室には誰も来ていません。今後も愚痴り三人組しか来ないのであれば、次は怖くても声をかけて存在に気づいてもらわなければ。
こんなところで飢え死になんて絶対に嫌です。
私がいないことに気がついたら、マグニーズ副部長が探してくれるでしょうか。夜になって戻らなければサメア様は心配してくれますよね。
考えてみれば、紙喰い虫の駆除もできませんでした。私はいったい何をやっているんでしょうか。
助け出されたあとは、またジル様に呆れられて、ムームに大笑いされるでしょうね。
それでもいいので早く誰か私を見つけてくださーい。
「イリーどこ」
「イリー、ここにいるのかい」
「うわっ、眩しい」
私を呼ぶ声で目が覚めました。眩しくてチカチカします。いつのまにやら寝てしまったようです。こんな状況で寝るとは。
自分の図太さが恥ずかしい……。
この声はマグニーズ副部長とムームです。探しに来てくれたんですね。
「ここです。助けてください」
「段ボール箱?」
「そうです。それが私、イリーです。結界張ったら解けなくなってしまいました」
「イリー何があったの」
「紙喰い虫の駆除に失敗しまして」
「結界を張った本人が解けないとなると、それ以上の魔法使いじゃないと無理だな。――――もう遅いし、ここは私がどうにかするから、ムームは寮に帰りなさい」
「イリーを置いてくなんてできないよ」
「イリーのためにムームには帰ってほしいんだ」
ふたりの間に沈黙が流れました。
「わかった。でも寮じゃなくて事務所で待ってる」
「だったら、部長にここへ来るように伝えてくれないか」
「うん」
ムームがそう言ったあと足音が遠のいたので、ひとりで資料室から出て行ったのだと思います。
「そう言えば今って何時なんですか」
「もう夜の十時過ぎだよ。さてと、あの方にお願いするにはイリーの名前を出した方がてっとり早いんだろうね」
あの方ですか……。
「本当に申し訳ありません」
私が助け出された時には、すでに夜中の十二時を過ぎていました。
「お手を煩わせて申し訳ございません」
「かまわん。用は済んだな。わしは帰らせてもらう」
「こんな時間にご足労いただき、ありがとうございました」
資料室前の廊下でダグラス部長、マグニーズ副部長、ルーシーさん、そして私の四人は魔法師団の顧問に向かって深く頭を下げていました。
私の結界を解いたのは、魔法師団の顧問、すなわち私のお爺様です。
ここへ来て初めて会ったお爺様は私が知っているお爺様とはまったく別人でした。
ずっと厳しい表情をしていて、私の方には目もくれないまま、言葉を交わすこともありません。
お怒りモードで空気が重く、お爺様がいなくなるまで、なぜか肌がピリピリしていたのは私だけではないですよね?
いつもだったら、茶化すか笑うかしてくれるのに。赤の他人でいるということは寂しいことだとわかりました。
それでもこれは私が望んだ結果です。
「とにかくイリーが無事でよかったわ」
「あんなところで固まっているなんて誰にも予想できないぞ」
「情報部に無理を言って調べてもらったんだよ。明日一緒にお詫びとお礼にいこうな」
重い空気から解放されたので、ダグラス部長たちが私に声をかけてきました。いろんな意味でいたたまれない。
「この度は私の不注意で本当に申し訳ございませんでした。それにコネでご迷惑をお掛けしてすみません。私、魔防部に入れて浮かれていた自分が恥ずかしいです」
私の言葉に三人は首を傾げる。
「何のことだ」
「私が顧問のコネを使って魔防部に入ったって資料室で聞いたんです」
「誰にだ」
「直接ではないのでわかりません。ですが『最終試験を受けてなくて』『身内に上層部がいて』『魔法学校出ていない』のは当てはまります。ルーシーさんだって祖父のおかげだと言ってましたし」
「私そんなこと言ったかしら」
「だいたいだな、イリーの試験はルーシーが試験官として事前確認を済ましていたし、魔法学校は平民は出てないのが当たり前だろう。顧問のコネと言うなら、イリーの部署を決める時に魔防部を押してくれたってだけだしな」
「やっぱり」
「何か勘違いしているかもしれないが、イリーの場合はいくつもの部署が欲しいと手を上げていて、なかなか決まらなかったんだ。最終的に顧問の『魔法防衛部に入れろ』その鶴の一声で決まったことは確かだが、取り合いになって膠着状態だったからな、魔防部に決まってくれて、うちとしては万々歳だったんだぞ」
「そうなんですか」
「そうよ、他の部署に持っていかれないように、心配していたのよ、私たちは」
私が思っていたコネ入団とはちょっと違っていたようです。でもお爺様がごり押ししたことは本当でした。なぜか部長たちに喜ばれているので、とりあえず良かったですけど。
私のことを求めてくれた部署がたくさんあったことは驚きです。
第一希望に決まらない場合、能力が足りなくて落ちる場合だけではなく、他の部署に必要だと言われて違う職場になってしまうこともあるのですね。
私は防御魔法の特化型なので、もしかしたら使い勝手がいいのかもしれません。
魔防部の事務所で待っていたムームと、寮で帰りが遅いことを心配していたサメア様とフランさんには、抱き着かれて、怒られて、呆れられてしまいましたが、なんかそれがとても嬉しかったです。
たくさんの人たちにご迷惑をかけてしまいました。今日は深く反省します。




