13 サメア様の告白
私たち三人は結構長い時間を食堂で過ごしてから午後になって各々の部屋へと戻ることにしました。
一階でムームとわかれて、部屋が同じ二階にあるフランさんと話しながら階段をのぼっている最中。
「ムーム様を呼び捨てなんて。どうしたらいいか困ってしまうわ」
「本人がどうしてもって言うので、私も気にするのはやめてムームって呼んでますし。友達なんですから愛称で呼び合うの嬉しくないですか。それにムームについては悩むだけ無駄な気がします」
「そうかもしれないわ。イリーさんはムーム様にとても気に入られているのね。おかげで私も人目を気にせずにイリーさんと仲良くできるようになるわ」
「それはどういう意味ですか」
「ムーム様、食堂でイリーさんと仲がいいことを見せつけていたでしょう。あれは他の貴族たちへの牽制だと思うわ。今年の女子寮三大勢力の一人であるムーム様の仲間に手を出す人はいないはずだもの。ムーム様からどんな報復を受けるかわからないから、みんな近づかないのではないかしら」
「ムームって怖がられているんですね。ちなみにそのお三方はどなたですか」
「ムーム様とメルンローゼ様とサメアリア様よ。ムーム様とサメアリア様は派閥とかあまり気にする方ではないと思うけど、メルンローゼ様は取り巻きが多いし、侍っているご令嬢たちは選民意識が高いわ。それにサメアリア様を敵対視しているから、イリーさんはメルンローゼ様の派閥に入るように言われたかもしれないわよ」
「それ、平民だと言ったら鼻で笑われちゃいました」
「そうなの? ひどいわね」
「フランさんも食堂で一緒でしたからムームの仲間だと思われちゃったでしょうか」
「わたしは嬉しいわよ。それに今後は嫌味を言われることも少なくなるかもしれないし」
「そうなんですか」
「そんなものよ」
夕食も一緒に食べましょう。ムームも誘って。二人で約束して自室へ戻りました。
「おかえりなさい」
ドアを開けた瞬間、そう言葉を掛けられたので少し驚きました。
自室ですから声の主はもちろんサメア様です。
「ただいま戻りました」
「イリーの部署は今までお仕事だったの」
「いえ、お昼前には帰っていたんですが、食堂にいたので遅くなりました。サメア様こそ今日からもうお仕事されていたのですか」
「入団式のあとに情報部について詳しい説明をしてもらっていたの。明日、実際にわたくしの能力を検証して仕事を決めるんですって」
「私は明日から魔防部で必要なことを学ぶそうです」
「魔防部と情報部は共同の仕事も多いそうよ。いつかイリーと一緒にお仕事ができるといいわね」
サメア様はニコリと微笑みました。
これは最初に見た笑顔です。サメア様は元通りになって帰ってきました。
「サメア様とご一緒できたら嬉しいです。それまで頑張りますね」
「私も頑張らなければいけないわね。ところで、イリーはメルンローゼ・マーバルと私の確執はもう誰かに聞いていて?」
サメア様の事情には踏み込まないとさっき決めたばかりだったのに、サメア様の方から振られてしまいました。
「えっと、それは聞いてません」
「みんな知っていることだから言っておくけど――」
「はい」
「わたくしがメルンローゼから恨まれている理由は、メルンローゼのお兄様にわたくしが愚かなことをしたせいで、意識不明になってしまったからなの。そのせいで、今も昏睡状態が続いているし、回復の見込みもないと聞いてるわ」
サメア様が投げた言葉に、私は息を飲み込みました。
「ごめんなさいね。こんな動揺させるようなこと告げてしまって。もしイリーが人を傷つけたわたくしを怖いと言うなら空部屋もあるみたいだからそちらに替えてもらうわ」
私に公然の秘密を打ち明けたサメア様は泣きそうな表情をしていました。
「いいえ、そんな必要はありません」
たぶん何か理由があるんだと思うんです。サメア様が自分の意思でそんなことできるはずがありません。事故だったのでしょうか。
「故意ではなかったのだけれど、きっと私は自惚れていたのよ。あんなことになってしまうなんて思いもしなかったの……。私の魔法を受けたせいで、メルンのお兄様は今も生死をさ迷っていらっしゃるわ。だからこれからも昨日のようにメルンローゼが何か言ってくるかもしれないわ。わたくしは加害者だからどんな非難を浴びても受け入れるけれど、イリーがわたくしのことで悪く言われたり、何かされたら言ってちょうだいね。それはきちんと咎めるから」
「私は大丈夫ですよ。それにたぶん平民なので相手にされていません」
「それでもよ。我慢はしないでね」
「はい。わかりました」
サメア様の魔法で重体になったと言いましが、サメア様は攻撃魔法を使うことができないってムームが言っていたのに……。
でも、『メルンがサメアを恨むそれなりの理由があるから、しかたないところもある』とも言っていました。
そんなこと、みんなで嘘をつく必要なんてないんだから事実なんですよね。
お友達だったサメア様とメルンローゼ様とムームの関係が壊れた理由はそれだったのでしょうか。
メルンローゼ様の態度も話を聞いてしまった今では、なんとも言えなくなってしまいました。ムームが友達だと思っているメルンローゼ様は、実はそんなにひどい人ではないのかも。
私にはサメア様を励ます言葉が見つかりません。だけど————。
「サメア様」
「なにかしら」
「私はサメア様と同じ部屋で嬉しいです。せっかくお知り合いになれたのですから、一緒に楽しく過ごせたらいいなって思っています」
サメア様のお気持ちが少しでも救われればいいと思っています。
私はサメア様が笑って暮らせるように力になりたいです。
「イリーは本当に優しいのね。わたくしもイリーが一緒で嬉しいわ」
サメア様は泣きそうな表情から無理して笑顔を作りました。
「では、今日から楽しいことを始めましょう。まずは一緒に夕飯をご一緒にどうですか。私の知り合いもご紹介しますよ」
「わたくしも同席してもよろしいのかしら」
「当たり前じゃないですか。それに、もう昨日の時点で私たち約束しています」
「そうだったわね……」
そう一言口にしたあと、なぜかサメア様は瞳を閉じてしまいました。何か考えている様子です。
私が馴れ馴れしくしすぎたのでしょうか。
「すみません、サメア様」
「なぜイリーが謝るの? 私が突然黙り込んでしまったせいかしら。ごめんなさいね」
「いえ、どうされたんですか?」
「とても図々しいと思うのだけれど、イリーに頼みごとをしようか悩んでいたの」
「私にできることであれば何でもおっしゃってください」
勝手な憶測ですが、サメア様は無理難題を突き付けることはないと思うんです。
「もし……もし、私が昨日のように取り乱したときは、腕を捕まえて逃げないようにしてもらえないかしら」
「はい?」
逃げないようにするとは? 意味が分からず思わず聞き返してしまいました。
「わたくし弱虫なの。何かあると甘えられる場所へ逃げ込んでしまうから、それではいけないと思っているのよ。このままではきっと、お仕事にも支障がでてしまうでしょうから」
「私にできるでしょうか」
「イリーだから頼むのよ。わたくし強い人になりたいの」
サメア様のお願いはできるだけ聞いてあげたいのですが、昨日の状態のサメア様を止めるってことですよね。それはとても難しそうです。
「とりあえず頑張ってみます。あの、サメア様はムームとお友達だと聞いたのですが……」
「そうよ。ムームだけだわ、昔と変わらずにわたくしと接してくれるのは」
「あの、もし、私だけでは無理だった場合、ムームにお願いしてもかまいませんか?」
「そうね、彼女だったら私を甘やかすことはしないと思うから、何かあったらまずムームを呼ぶか連れって行ってもらえるかしら」
「そうさせていただきます」
ムームに手を貸してもらうとしても、それはとても難題です。昨日のようなことがないことを祈るしかありませんが、ここにはメルンローゼ様がいるから難しいかもしれません。
でも、みんなで笑っていられるように、私にできることは頑張ろうと思います。




