12 サメア様のこと
「サメアとは友達だし、学院でも同じクラスだったんだ。あたしも一年しか通ってなかったけど、その前にサメアが学院に来なくなってさ。王都に来たついでに毎回会いに行ってんだけど、年々老け込んでくから、本人にも魔法の鍛錬はほどほどにしておけって言ってるんだけど」
これ、さすがにこれはサメア様が聞いたらショックを受けるんじゃないでしょうか。それなのにお二人はお友達なんですよね。サメア様の懐の深さに感心します。それなのに。
「なぜサメア様はご令嬢たちに嫌われているんでしょうか」
「うーん。過保護すぎるお兄さんが二人もいるからかな? サメアのためを思ってやることが、やりすぎるんだよあの人たち。それでサメアが我儘だとか、サメアに虐げられたとか言われちゃってる。あと、メルンのせいでもあるけどね」
「メルン?」
「メルンローゼ。サメアを目の敵にしているマーバル公爵家の令嬢。今年入団してるはずだからその辺で会うんじゃないかな。青い髪の子だよ」
「藍色の髪の人だったら知っています」
「メルンが同年代の令嬢を取り込んでいるからサメアには誰も近づかない。もともとは親友だったんだけど、メルンがサメアを恨むそれなりの理由があるから、しかたないところもあるんだ」
確かにサメア様とは何かあるとは思いましたが相当な確執があるようです。
「それって……」
「サメアにとっては憂事だからね。あたしからよりはサメア本人から直接聞いた方がいいと思う」
「そうですか。でしたら話してくださるまで待ちます」
人それぞれ知られたくないこともありますよね。私にとってはお爺様のことがそれにあたります。仲良くなった人に嘘をつくのは嫌なので、お爺様のことが話題に上らないことを祈り続けなくては……。
それに知らない方がいいこともありますし。サメア様とはこれから一年間、同じ部屋で過ごすのです。仕事から帰ってきて気まずい関係ではお互い辛いでしょう。不用意にサメア様の事情に踏み込まないよう気をつけたいと思います。
「これから食堂行こうよ。もしかしたら知り合いがいるかもしれないし。イリーに紹介してあげるよ」
「ありがとうございます。でも私は平民出なので貴族の方たちとはちょっと……」
「大丈夫。そういうお貴族様はあたしには近づかないから。あたしも近づきたくないし」
そうなんですか? ジル様へやったみたいに誰にでも突っ込んでいくのか思っていましたよ。
「え?」
「もしかして声に出てました?」
私は焦って口を両手で塞ぎました。その行為自体『聞かれたくないことを想像していた』ということに気がついてあたふたします。
「イリーってわかりやすいって言われない?」
「————はい、ジル様には全部見透かされていました。私って考えていることがそんなに表に出てますか?」
「そうじゃないよ。イリーはたぶん素直なんだね。そう思っているだろうなってことを本当に考えてるんだもん」
「それって単純ってことですよね」
人からバカっぽくみえているのではないしょうか……。
「その辺の令嬢みたいに顔だけ笑っていて中身がドロドロよりはよっぽどいいよ。本当にサメアのルームメイトがイリーでよかった。そのままで仲良くしてくれると嬉しいかな。ねえ食堂に行こう」
「はい……」
私はこの時、頭の中を人に読まれないよう、もっと知的な人間になることを誓いました。これからはミステリアスな淑女を目指しますよ。
「よっしっ」
そんな私を笑いながらムームはさっと立ち上がり、部屋のドアを開けました。急いで私もムームについていきます。きっとまた、読まれていたのでしょう。
そう簡単に性格は治せそうにありませんが、努力したいと思います。
「へえ、パンを買えばお茶も入れてもらえるんだ。自分で入れるの面倒くさいから有難いや」
「食堂が開いていればそっちでも用意してくれるそうですよ」
私たちは昼食としては少し早めですが、食堂で総菜パンを食べながら話をしています。ムームがかぶりついているのはカツサンド。お上品なサメア様とはえらい違いですが親近感がわきます。
今はまだ閑散としていますが私たちと同じように食事をしようと訪れる人もちらほら。今日は入団式だけで魔防部と同じく仕事始めは明日からの人が多いようです。
ムームが食堂に入ってくる人を確認したいと言うので、私たちは女子寮の入口に一番近い壁側のテーブルに陣取っています。女の子が入ってくるたび、ムームに気がついた時の反応がすごいんですよ。さすがは有名人。
「あ、メルンー。久しぶり。ここ空いてるよ」
「うわ、ムリュムリーヌ」
この前のように後ろに令嬢を侍らせてやってきたのは、メルンと呼ばれるあの藍色髪の公爵令嬢。ムームに声をかけられて、ものすごく嫌そうな顔をしています。それはそれは綺麗な顔が台無しになるほど。
「ムームってムリュムリーヌが本名なんですか」
「うん、言ってなかったっけ?」
「聞いてません」
そんなやり取りをしているうちに、メルン、いえ、メルンローゼ様たちは踵を返して女子寮の方へ戻って行ってしまいました。
「昔は仲良かったんだけどな」
「そうなんですか」
なんか意外です。私とこうやって親しくしてくれるムームと彼女はあまりにも雰囲気が違いすぎますから。
「幼馴染ってやつ。メルンとは貴族令嬢の中じゃ一番付き合いが長いんだ。久しぶりに会えたから話がしたかったし、イリーを紹介したかったのに」
メルンローゼ様は『ムームに近づかない人』みたいですが、『ムームが近づかない人』ではなさそうですね。
うーん、サメア様のことといい、人間関係が複雑そうでよくわかりません。
頭の中を整理するためお茶を飲んで一息つきました。ここの紅茶は香りが私好みでとても癒されます。
「ねえイリー、あの子、さっきホールで手を振っていた魔道具部の子だよね」
ムームに言われたので、紅茶のカップを置いてから廊下の方に振り向きました。そこにいたのは赤髪の女の子。
「本当だ。フランさーん」
「イリーさん?」
呼びかけた私の声にフランさんはキョロキョロしてます。
「こっちです。よかったら一緒にお茶しませんか」
やっと私に気がついて、フランさんが食堂へ入ってきました。
「私も同じ席でよろしいのかしら」
フランさんはムームを気にしているようです。魔術師団は身分に関係なく平等ってことに建前上はなっていますが、やはり貴族世界はそう簡単ではなさそう。上下関係が厳しいのでしょう。
「あたしはムーム。イリーの友達ならあたしの友達でもあるよね。よろしく」
そう言って右手を差し出すムーム。
「私はフランシア・クローリです。フランと呼んでください。よろしくお願いします、ムーム様」
「あー、あー、フランさんさわったらダメ」
「「え?」」
「ムームまで何驚いているんですか。それで私にビリっとやったじゃないですか」
「ビリっと?」
「ごめん、イリー。あたし、誰にでもやってるわけじゃないんだ」
私だけ? それってひどくないですか?
「それじゃあ改めて、あたしはムーム。様とかさんとか付けたら返事しないから」
ビリっはなくても、ムームは相変わらず強引なので、フランさんが困った顔をしています。
「魔道具部なんでしょ? 細かい文様を魔力注入しながら彫ってんのすごいよね。手先が器用で羨ましいよ」
「本当にそうですよね。私なんて魔法覚えるのに魔法陣ぜんぜん描けなくて大変でしたもん」
私たちが使う魔法は空中に魔法陣を描いて発動させるので、円が歪んでいたり、線を真っすぐ引けなかったりすると不発に終わってしまうんです。
こればかりは訓練を繰り返して身体に覚えさせるしかないんで、身体能力が高く器用な人ほど得意な魔法の数が多くなります。
「私は魔力があまりないので、これくらいしか取り柄がないですから」
ちなみに威力は魔力量に比例しています。
「それでもすごいですよ」
「魔道具って国民の生活に直結しているしさ、なくちゃ困るものなんだ。フランは自分の仕事を誇るべきだよ」
「そんなこと言われたの初めてです」
ムームの言葉にフランさんは困った風でしたが、それでもとても嬉しそうでした。




