11 ムーム
「私は魔法師団長官のファージェンだ。狭き門を潜り魔法師団への入団した新人団員の諸君、我々在魔法師団長員は君たちを歓迎する。そして今年も十二部のローブが一堂に会する機会も持てたことにとても感謝している。
まず、師団員は平等だということを念頭に置いてほしい。ここでは爵位や権力などの肩書について一切考慮することはない。すべて実力主義だ。それが守れない者、不平に思う物はいつでも退団してもらって構わない。
今この場にいる諸君は自分自身で国に仕えることを選択したのだ。従事する職種、管轄が違えど、全ての魔法師団員は国民の生活を守るという職責を果たさなければならない。
晴れて魔法師団のローブを羽織ることが許された諸君、魔法師団は先人の知識を学び、魔法師としてより成熟できる場でもある。一年後、二年後と成長した諸君らの活躍を大いに期待している。頑張ってくれたまえ。以上だ」
魔法師団長官の挨拶をみんな神妙な面持ちで聞いていました。
その後もそれぞれの部長挨拶があり、新人団員代表の謝辞で入団式は終了です。今年の代表者は情報部の方でした。サメア様はあの人と同じ深緑のローブを着ているはず。どこにいるのでしょう。
「一度、事務所に戻るわよ」
「はい」
事務所には部員がほとんど残っていませんでした。会議室のソファで仮眠している人もいるようですが、みんな個々に仕事で外出しているそうです。
「あなたたちに本格的に仕事をふるのはもう少し先になるわ。まずは私たちと一緒に魔法省内の細々した仕事をこなしてもらうから。数日後から現場を回るけど、たぶんあなたたちが期待しているような仕事ではないから覚悟しておいてね」
「今日はもう帰っていいの? あたし部屋がまだ片付いてないんだ」
「ええ、ジルとイリーもね。あ、当分外に出ることがないからローブは着用しなくていいわよ」
「承知しました。では失礼します」
ジルコート様はそう言うと風のように事務所から去っていきました。たぶんムームさんに捕まる前に逃げたんだと思います。
「じゃあ、あたしたちも帰ろっか」
「はい。ルーシーさんお先に失礼します。明日もよろしくお願いします」
「まーす」
ムームさんは何故か私の隣をニコニコしながら歩いています。こんなに懐かれるようなことしてないと思うんですけど?
それより困りました。私、仕事着にできる襟付きの服が一着しかありません。母が用意してくれるといったんですが、うちも家計に余裕があるわけでもなかったのでローブがあるからと断ってしまいました。
さすがに平民服を着て魔法省へ来る勇気はないです。古着とかで安い物がどこかに売ってないでしょうか。
「どうかした? 悩み事ならあたしが聞いてあげるよ」
「悩み事と言うか……ムームさんは」
「ムーム!」
「……ムームは襟付き服を扱っている古着屋の場所はご存じですか。買いに行きたいんですけど」
「どんな服が欲しいの?」
「事務所で仕事ができるものです。私、ローブがあればいいと思っていて、ちゃんとした服は一着しか持っていないんです」
「あれ、魔法省って別に服の規定なんてなかったよね」
「そうですけど……」
ムームは突然ぽんっと手をたたく。
「たぶん、申請すれば事務服は有償支給されるは思うけど、あたしのあげるよ。たぶん着ないのがいっぱいあるからさ」
「ムームの服をですか?」
「そうだよ」
私は悩む暇もなく再びムームに手を取られ、引っ張られながら寮へと戻ることなりました。
ムームの部屋は一階の手前の方です。自分の部屋に戻る前に直接お邪魔しています。
部屋にはサメア様と同じで大きなトランクが二つもありました。さすがに寝具は持って来ていないようですが。
「ほら、こんなヒラヒラした服なんてあたしが着ると思う?」
ベッドの上をトランクから取り出した服で散らかしながら、その中の一枚を自分に当てながら見せてくれましたが、私たち今日初めて会ったんですよ。疑問形で言われても返事に困りますよ。
「母親が山猿とか言われてたのをすごく気にしててさ、可愛い服を勝手に用意するだよ。動きにくい服なんて着ないって言ってるのに」
ムームは明るい桃色の髪をふわっとしたポニーテールにしていて、紅蓮色の大きな瞳に小さめだけどふっくらした唇、そして手足が長くスタイルのいい美少女です。
可愛い服はとても似合うと思うんですけど。
「邪魔になるだけだし、この辺全部持っていってよ。イリーがいらないってんなら古着屋に売るから」
「売るって言うなら、お願いしたいんですけど、今はそれほどお金がありませんのでとりあえず、ブラウスとスカートを二セットほど購入させてください」
「えー、ただでいいよ」
「いいえ、そういうわけにはいきません。それではお友達にはなれませんよ。こういうことはきちんとしないと」
「そうなの? じゃあ売るよ。それでいい?」
「はい。それと今朝渡されたこの杖ですが、私、祖父にお祝いで貰ったのがありまして、たぶんそれを使わないとすねちゃうと思うのでお返しします」
ムームは少し考えた後「うん——イリーがそう言うなら、そうなんだろうね」と笑いました。
ムームが教えてくれたんですが本当なら私の部屋は一階になるはずだったとか。
魔法師の中で攻撃力を持つ者は一階に配備されるのが定例。魔防部や諜報部、警備部なんかは緊急の招集や夜勤勤務もありえるので、呼び出し易さと他の人の迷惑にならないように通常なら一階に集められるそうなのです。
「サメアのルームメイトになれそうなのがイリーしかいなかったんだろうね」
「だとしてもなぜ二階なんでしょうか」
「防犯上だね。建物に特殊な魔法が掛かっていたとしても男子寮とは食堂が共同で繋がっているんだしさ。サメアみたいに自分で防衛できない子を一階には置かないと思う」
「そうなんですか。ムームって物知りなんですね」
「うーん。兄や姉たちの受け売りだけどね」
「そう言えばルームメイトの方は?」
部屋にはムームの荷物しかありませんし、片方の寝台にはシーツも毛布も用意されていません。
「あたしが一緒だと知った途端逃げた。腰掛で魔法師団に入った令嬢だったんだろうね。入団式を待たずに辞めたらしいよ」
なんと、魔法師たちあこがれの職場に入れたと言うのにそんな人もいるんですね。
べリンさんなんてゲートが抜けられなくて何度も挑戦したって言ってましたし、ビズさんなんてそれこそ死に物狂いでした。彼らからしたらルームメイトが少々苦手だからと言うだけで、入団式前に辞退するなんて信じられないんじゃないでしょうか。
「魔法師団はね、はじめっから何もしないで逃げ出す魔法師なんていらないんだよ。自分で言うのもなんだけどさ。あたしみたいな面倒なのに魔法師団で使えそうにない令嬢をぶつけるみたいなんだ。そしたら部の迷惑になる前にいなくなるじゃん?」
「そうなんですか。――あの……サメア様のことなんですけど」
ムームは何? と首を傾げてこちらを見ます。
「ムームは『あの子』って言ってましたけど同い年なんですか?」
「うん。そうだよ。――ああ、そうか。老けてるもんねサメア」
そんな身も蓋もないような言い方って……。




