10 魔防部の同期
今日は魔法師団の入団式です。魔防部を目指して歩いています。これまでに部屋を出てからローブを身に着けた同輩をたくさん見かけました。本当にいろいろな色のローブがあるんですね。
魔防部は黒に銀糸の刺繍がされたローブで、とても格好いいです。私みたいな小娘が身に着けているのを不思議に思われているのか、周りの視線が痛いです。フード被ったらダメですかね?
「背中を丸めるな。みっともない」
「うっ」
振り向くと思った通りジル様が腕を組んで立っていました。ジル様は堂々とされています。初めてお会いした時からそうでしたから、視線が気になるなんて小さなことなのでしょう。
「ほら、行くぞ」
「はい……」
トボトボ歩くとまた怒られそうなので、母直伝の令嬢歩きで品よく進みます。
ジル様がこちらを見ましたが何も言われなかったので合格したようです。私やればできる子なんですよ。
「やればできるではないか」
「え?」
「なんだ」
「いえ、別に……」
褒められたことにびっくりしましたけど、なんで思っていることがわかっちゃうんでしょう。そういう魔法? だったら怖すぎるんですけど……なんかジル様はやりにくいです。
歩き方を気をつけつつ、内心はびくびくしながらジル様と並んで歩いていました。
周りの人たちも足早に魔法師団の庁舎へと向かっていきます。
その時。
「うっし、やっぱジルじゃん。隣のそっくりさん誰よ」
「うえっ」
「え?」
ジル様の首に後ろから腕を回してロックしているのはどう見ても女の子。サーモンピンクの髪、黒いローブを着た同い年くらいの美少女でした。
「ぐはっ、やめろ馬鹿者」
「いいじゃん、いいじゃん、あたしたちの仲なんだから。あ、その子にやかれちゃう?」
ジル様は力ずくで女の子を引きはがすと、すごいスピードで走って行ってしまいました。
「また、おいていかれた」
ジル様の背中は見る見るうちに小さくなっていきます。別に好きで一緒にいたわけではないのでそれは別にいいのですが……。
なんか、いやーな視線を感じるんですけど……。女の子がじっと私を見つめています。ジル様すら逃げ出す相手ですよ。とても怖ろしいです。
「えーっと、あたしはムーム。よろしく」
右手を出されているので握手を求められているんですよね?
「私はイリディアナです。同じ魔法防衛部ですね。よろしくお願いします」
そろそろとムームさんの手を掴みました。
「うぎゃっ」
「ダメじゃーん防御しなくちゃさあ。敵はどこに潜んでいるかわからないんだよ?」
びりっとしました。肘をぶつけたみたいな痛さです。涙出ちゃったじゃないですか。文句を言いたいのですが、この人貴族ですよね。不敬を働くと嫌がらせされるかもしれません。
いや、もうされていますが……私も走って逃げたいです……。
「あ、泣いちゃったあ? ごめんごめん。お詫びにこれあげるよ」
「え? この杖?」
「うん、使いやすいよ。それより、もう行こうよ。ジルも行っちゃったしさ。歩きながらあなたのこと教えてよ」
ムームさんは気前よくとても豪華な杖を押し付けてきました。
「こんなの貰えませんよ」
「えーじゃあ捨てちゃう?」
「そういうことじゃなくて、こんな高価なもの貰えません」
「平気平気、だってたくさん持ってるし、ほら」
ムームさんがローブをはだけると腰に何本もの杖を刺していました。それぞれ色が違うのは素材が違うからでしょう。しかも私に差し出した杖よりはるかに煌びやかなつくりです。宝石がちりばめられた飾りがついてますよね?
「だーかーらー、お詫びと友情の証ってことで。遠慮しているんだったら、これから魔防部でそれ使ってあたしを助けてよ。ね、それならいいでしょ? ほら早く行こ」
いくら何でもこんな高価そうな杖を受け取る理由にはなりませんよね?
私は考える暇もなく、右手に無理やり渡された杖を、左手はムームさんに握られ、手を引かれました。
楽しそうに私の斜め前を歩く美少女。
なんだかわからないけど、そんなに悪い人ではないんですか?
ムームさん、ジル様ともお知り合いでしたし、魔防部の同期なんですよね?
「今年の新人はみんな仲がいいのね。良いことだわ」
魔防部の事務所に到着するとムームさんと手を繋いでいる私を見てルーシーさんが笑顔で言いました。振り払うわけにもいかずここまで繋いだままです。
「そうだよ。ルーシーにはイリーあげないからね」
「何言ってるの。イリーはとっくに私が唾つけているのよ。ムームに壊されたら困るから渡さないわよ」
「学院に通わずにここに入れたんだよ。そんな軟なわけないじゃん」
ふたりで不毛なやり取りしていますが、私は誰のものでもありませんよ。奥でジル様がまた怪訝そうな顔して見ていますけど、元はと言えばあなたが押し付けたんじゃないですか。
「二人はお知り合いですか」
「そうよ。ムームは最西の伯爵領の産まれでね、領土が樹海に面しているから魔獣討伐の時に共闘することが多かったのよ。普段はダメな子だけど、魔法の腕は折り紙付きだからね」
「伯爵令嬢……」
あれだけの杖を持っていて、いろんな人と知り合いなんですもの。間違いありません。
「あたしは伯爵家の一員ではあるけど令嬢なんて上等なものじゃないよ。領土にいた時なんて騎士団から山猿って呼ばれていたし」
「そうそう、イリーの方がよっぽど令嬢らしいわよ。どこへ出しても恥ずかしくないものね」
「ルーシーもああ言ってるんだからさ、気軽にやろうよ。ね」
「はい……そう言っていただけるのでしたら」
事務所に来るまでムームさんに一方的に聞かれまくったので、自分は王都に住んでいた平民で魔法学校は通ったことがないと伝えてあります。
ムームさんのことは聞く暇がなかったのですが、ジル様への態度とか身なりで貴族令嬢だとは察していました。
だけど、まさか、この可愛らしい子があの戦闘で有名なヴェルリッタ一族の伯爵令嬢だとは思いもしませんでした。それなら腰に差している数々のロッドも納得できます。
「じゃあ、新人はみんな揃ったわね。ホールへ移動しましょうか」
ルーシーさんの後を三人でついていきます。確かフランさんが『イリーさんは可哀そうだけど、もう一人有名な方が魔防部だと思うわ』と言ってました。どうやらムームさんのことだったようです。有名人なんですね。
たしかにムームさん、令嬢っぽくはありませんし、絡まれたら絶対忘れないですもん。
「ジル、びっくりしただろう。こんなに似てる子がいてさ。兄妹みたいだよね」
「うるさい」
「ジルが女の子になったらこうなるのか」
「黙れ」
「なんかいつもより機嫌悪いね。返事をしてくれるから逆に機嫌いいのか。どっち?」
「…………」
とうとうジル様が反応しなくなってしまい、『黙れ』と言いながら自ら黙ってしまいました。
ムームさん、すごすぎです。
魔防部の同期はこの二人。
ジル様とはお友達にはなれそうにありませんし、ムームさんはちょっと変わっています。でも二人とも悪い人たちではなさそうでよかったです。
名前は知りませんが藍色の髪のあの子とだったら胃が痛くなったかもしれないですから。
「うわあ、すごい」
たどり着いた場所は王宮のダンスホールでした。感嘆の声を上げたのは私だけです。貴族の二人は夜会や舞踏会で来る機会はいくらでもあるのでしょう。
王宮に来るのも初めてで、心の中で『うわーうわー』ずっと言ってましたし、キョロキョロもしていました。
声は出さないように気をつけていたのですが……。
何人収容できるのでしょうか。まず途轍もない広さに驚愕です。何階分かを吹き抜けにした高い天井にはシャンデリアという照明がキラキラ光っていて、とてもきれい。
床は白くてピカピカの石張りで、そこに前方と中央の一部だけは真っ赤な絨毯が敷かれています。中庭の見えるテラスとの間にある大扉はガラス製で、どうやって動かすのだろうと思うほど大きく、今は全開にしているようです。
「ほらみんな集まってきたわよ。紫が諜報部で、赤が魔道具部、水色が衛生部ね。あと橙が財務部、全部で十二あるわ」
ルーシーさんが近くにいる人たちのローブの色を教えてくれました。たしかに魔道具部や財務部なんて外に出ることがほとんどなさそうだから式典の時くらいしか着用しないのかもしれません。
周りを眺めていると赤いローブを着た人が手を振っているのが見えました。
「あ、フランさんだ」
私も振り返しておきました。サメア様は……ホールを見渡しましたが見当たりません。
「イリーの友達?」
「はい。寮で仲良くなったんです。ムームさんも寮で会うことがあると思いますから、後で紹介しますよ」
「うん、お願い。あと、ムームって呼び捨てでいいから。部屋は誰と一緒になった?」
「ミオネウム公爵家のサメアリア様です」
「ふーん。サメアか……あの子、イリーとならよかったよ。本当はあたしがイリーと一緒だったらよかったんだけどさ」
「あの、サメア様のこと」
「始まるわよ、はい、おしゃべりはおしまい」
ルーシーさんに遮られてしまい、サメア様のことを聞くことが出来ませんでした。
ムームさんもサメア様のことを『あの子』と呼んだんだけど、サメア様は私たちと同じ十六歳なの?
見た目が大人っぽいってだけなの?




