01 私の出自
私の産まれは少し変わっています。父はスイルバー伯爵家の四男で、母はその伯爵家の使用人でしたが、もともとは没落した子爵家の令嬢でした。二人が駆け落ちしてその間に産まれた一人娘が、私、イリディアナです。
自身の首に短剣を当てて『一緒になれないならここで死ぬ』と言いながら脅す父に、母は仕方なく付き合って伯爵家から出ることになりました。
二人は愛し合っていたので無理やり連れ去れたわけではありません。むしろ伯爵家の先代(私のお祖父様ですね)から二人への後押しがあり(父の面倒を見る)決断をしたようです。作法も社交も嫌いで、城下町で平民に扮して遊んでばかりいた父は、変わり者扱いされていていました。婚約者もなかなか決まらずにいたので、伯爵家の人々も後を追うこともなく、勘当だけですまされたそうです。不名誉な事なのに貴族としてはかなり甘い対応みたいですね。しかも私たち、王都に暮らしていますし……。
もともとスイルバー伯爵家は優秀な魔法使いを多く輩出しており、父もそこそこ魔法が使えたので、巷では冒険者ギルトと呼ばれている職業斡旋所で教官になることができたそうです。おかげで生活に困窮することはありませんでした。
そのスイルバー家の先代当主、私のお祖父様は、実は賢者という称号持ちの稀代の魔法使いなのです。
この国は東、南、北の三方が海に面しています。西側には険しい山脈と魔獣の生活圏である樹海があり、山の両側で接している二国の隣国から入国するには、山脈の裾野にある南と北にある国境の砦からか、船で入港するしか方法がありません。
昔は隣国と諍いが度々あったそうで、侵攻されないよう南北の砦に大規模な結界を張ったのがお祖父様だそうです。そのお祖父様、今は魔獣からの被害を防ぐため、魔獣の生息地であるブネーゼ魔山の対策と研究をしていて、王国に仕える魔法使いの集まり『魔法師団』では顧問という肩書なんだそうです。
そんなすごい魔法使いですが、仕事からの帰り道、何故か我が家へちょくちょく顔をだしては、私を可愛がってくれます。勘当されている父には、床と足をくっつけたりとか、髭が伸び続けるとか、変な魔法を私に教えながら、些細なイタズラをする茶目っ気のある人。お祖父様がイタズラに使っていた魔法は、どれも私が読んだ小説に出てきた魔法でした。私が喜ぶからそんなことしていたんだと思ってます。
ちなみにお祖父様以外の伯爵家の方にはお会いしたことがありません。父は私が産まれる前に勘当されていますしね。
私は幼いころからお祖父様に魔法を習っていて、父が仕事で出張しているときには泊りがけでお祖父様の魔獣狩りについていくこともありました。両親はあまりいい顔をしていませんでしたが、主に防御魔法の習得に力を入れていたので目をつぶることにしたようです。
お祖父様はよく「儂が隠居したあかつきには、イリーと冒険の旅に出るのが夢なんじゃ」と言っていました。
その影響か、私は冒険小説が大好きで、王都の図書館にある人気の作品はすべて読破しています。王都の図書館へはお祖父様に連れて行ってもらいました。図書館は資格がなければ平民は入れません。お祖父様と一緒だと伯爵家の威光もあって貸し出しができたので、両親からお祖父様へのおねだりは禁止されていてもこれだけは譲ることができませんでした。
ちなみに一番のお気に入りは魔法を得意とする少女が国の英雄になる冒険物語です。
お祖父様が私を可愛がる理由は、私の従兄弟に当たる伯爵家の子供たちはお祖父様と顔を合わせる時間が少ないからだそうです。通常の勉強の他に、礼儀作法や剣の訓練、社交などやることが多すぎるみたいで、ずっと平民としてのびのび生きてきた私は、貴族じゃなくて本当に良かったと思いました。
通常、魔法が使える貴族は魔法学校に通うそうです。しかし、私は平民なので魔法が使えようが、読み書きと計算を教えてくれる学校へ数年通っただけでした。
私は父も母もある程度の教養があったので、平民としては知識が多く、魔法の師匠は賢者のお祖父様。他の子よりかなり恵まれていたんじゃないでしょうか。
『イリーは天才じゃ、イリーほど優秀な魔法使いは見たことがない』そういつもお祖父様に褒められ、稀代の魔法使いになれると言われていましたし、父の仕事場でも将来は職員になってほしいと声を掛けられていました。
お願いされても私には夢があったので、就職斡旋所の職員になるつもりはありません。
ところがある日、世の中にはお世辞と社交辞令という言葉があることを知り、自分が高慢だったことを恥じることになりました。
職業斡旋所の所長さんは父が伯爵家の元令息だと知っています。
『なんであの人だけ所長直属なんでしょうかね?』
『ああ、あの人は特別枠だから』
『俺たちとは採用条件が違うそうだ』
職員同士で父のうわさ話をしているところに遭遇してしまいました。
私も伯爵家の血が流れていなければ、その辺の子供と変わらない対応をされていたに違いありません。
この時、もっと勉強と魔法を頑張って、本当の意味で認められるようになろうと思いました。
お祖父様が私を甘やかしすぎるから、勘違いしたまま生きていくところだったじゃないですか。
まったくもう。