第2話 機械仕掛けの身体、白髪のクラスメイト
俺は人間ではない。厳密に言うと心は人間のままなのだが、身体は機械仕掛けなのだ。約5年前、俺は電車の脱線事故に巻き込まれた。当時のことはほとんど覚えていないが、悲惨な事故だったことは確かだ。
その時俺は運良く生き残ることが出来た。いや、身体はないのだから死んだも同然なのかもしれないが。
それに時代は進む。ガラケーがスマートフォンになったように、白黒だった写真がカラーになったように、また人も人でなくなっていってししまうかもしれない。
それでも身体が機械仕掛け、つまりロボットなんて人間はこの世に俺しかまだ居ないはずだ。そもそもこの技術はまだ発展途中だったそうだ。おかげで不便であることこの上ない。
見た目はほぼ完璧と言っていいほど人間に近い、それに怪我をすれば血のような赤い液体もでる。だが、根本的にこの体は、一般的な人間とズレている点が存在するのだ。
……俺には触覚、嗅覚、味覚がない。人は皆当たり前のように人の肌の温もりを感じ、当たり前のように振る舞われた食事の匂いと味を楽しんでいるだろう。
だが1度想像してみて欲しい。恋人と手を重ねた時、自分の手のなかにあるのは空気と何ら変わりない。作ってくれた料理を楽しむことが出来ない。
当たり前にできること、ただそれが出来ないというだけで、薔薇色だったはずの人生は白黒テレビに写ったように灰色になってしまうものだ。
この悩みは俺を一生つきまとうのだろうか……そう考えるだけで胸が締め付けられ、吐き気を催す。人として当たり前のことが出来ない。それは自分が人ではないことを指すのではないか。考える度に脳が萎縮し、底の見えない奈落に堕ちる様な感覚に襲われる。
だが俺は人であることを諦めたくない。いつか人の温もりを感じ、純粋な気持ちで仲間たちと抱き合い、笑い合い、時に喧嘩をして喉を枯らしたい。そして仲直りして共に涙を流したいのだ。
これは俺の妄想の中でしか実現できないことなのかもしれない。都合のいいストーリーを頭の中で思い描き、酔っているだけなのかもしれない。
けど俺はそれでも構わない。夢は自分の手で掴み取るもの。残されたのは心だけだったかもしれない。だが逆に考えるんだ。
『まだ人の心は残っている』
それだけでも十分だ。一筋の光でもいい。その光を辿って行けば必ず求めるものは手に入る。
そう信じて俺は歩み続けるのだ。
ーーーーーー
初めての通学路、周りにも同じ制服を着ている人が何人か見え、皆華やかな笑顔を咲かせている。親と歩いている人もいれば、友達と歩いている人もいる。
俺の家から学校までは徒歩30分程だ。あえて近場の高校を選んだので、通学は比較的楽にすることが出来るだろう。
「ふわぁーー」
俺は大きな欠伸を1つした。絶妙な暇さである。周りは集団で行動しているというのに、自分は独りでいる。その事実に少し胸が痛む。
高校で友達ができるのか、クラスに馴染むことができるのか、不安な要素は沢山あり、少し学校に行くのが不安になっていく。
そこから少し歩みを進めていくと学校が見えてきた。校門をくぐり上を見上げる。そこには1本の大きな桜の木があった。
入学式だと言うのに、随分と桜の花びらは散ってしまっているようだ。鮮やかなピンク色だったはずの木は、今となっては茶色い枝が見えてしまい、お世辞にも綺麗とは言えるような色合いではない。
まるでこれから始まる学校生活を表すように……いや、それは俺の被害妄想が激しいというだけだろう。
それから俺は生徒用玄関まで足を運び、クラス分けのが書かれた紙に目を通す。
「1年1組か。んー知ってる人はいないかー」
少し残念だ。いや、残念というよりかは、完全に新しい環境と言うのが怖いだけだ。この身体で馴染めるのだろうか、と。
まあ結局中学時代、俺の秘密を知っている人間は指で数えることができるほどしかいないのだから、あまり関係ないけれど。
靴を脱ぎ、上履きに履き替える。あたりは男子生徒の大きな喋り声や、女子生徒の甲高い歓喜の声で騒がしい。その光景を少し羨ましく思いながら階段をを目指す。1年1組があるのは校舎の4階、そこまで少し速いペースで登っていく。
階段を登り終えてすぐ右に俺の教室はあった。ドアを控えに開ける。静まり返った教室に音が反響する。教室の中には女子生徒が1人がいるだけだった。
自分の席を確認してから、ゆっくりと椅子に腰を下ろす。さっきとは打って変わった静けさ、調子が狂う。
それから視線を最初からいた女子生徒に移す。髪型はショート、すっと綺麗に伸びている眉毛、淡い青みがかった瞳がとても美しい。そして1つ、彼女には異質な点が存在していた。髪の色だ。白、まるで雪を積もらせたような美しい白だった。
(整ってるな……凄く可愛い……けど、)
けど、どこかつまらなさそうな目をしている。虚ろな目をしているとでも言うのだろうか。ハッキリと言えるのは、他の人とは明らかに違う雰囲気を出しているということだ。
今まで出会ったことの無い異質なものに出会った気分だ……まあ俺が言えたことではない。俺の方が異質な存在であるのだし。
すると突然彼女がこちらに視線を移してきた。目が合う。それから彼女は数度瞬きをしてから口を開いた。
「……あなた、何か、違う?」
は?今なんといった。何かが違う?
「……あなたからは何かほかの人間と違う雰囲気を感じるの、どうして?」
言葉に詰まる。バレるはずがない。彼女は俺と同じで、『何かが違う気がする』という感想を述べてきているだけだ。焦るな!焦るな!
俺は何度も自分に言い聞かせる。鼓動が早まるのを感じる。1度大きく深呼吸をしてから俺は口を開く。
「そんなことはないよ、俺は他のみんなと何も変わらない、ただの人間だよ」
彼女は右手の人差し指を頬に当て、首を傾げる。可愛らしい仕草であるが、そんなことを気にしている余裕は今の俺にはない。
「……そう、私の思い違い、ね」
「そうさ、全く驚いたよ」
俺は作り笑いをしながら会話を続ける。それから不意に彼女が立ち上がった。トンっトンっと一定のリズムで俺に近ずいてくる。
それから彼女は俺の前に立つ、それから俺の両頬に両手を重ねてきた。顔は15センチ程しか離れていないところにある。
「……ねぇ、あなたはさ、運命って、信じる?」
彼女はハリの無い声で俺に問いかける。偽物の心臓が張り裂けそうになる。なんだ、この気持ち……
「……私ね、思うの、世の中には切ってきれない縁があるって、太い綱のように、時には鎖のように」
視界が揺らぐ、呼吸が乱れる。得体の知れない何かに飲み込まれてしまいそうだ。彼女の瞳が俺の姿をうつしだしている。その瞳に引き込まれる錯覚に襲われ、頭が真っ白になる。
「な、君は何を言っているんだ!!!!」
俺は声を張り上げる。俺の声を聞いても彼女は表情を変えず、俺の顔を覗いている。
「……ねえ、君、なんて名前?」
彼女は1歩の後ろに下がりながら問いかけてくる。俺は呼吸を整えて答える。
「お、俺は……さ、鎖是 綱紀だ」
「……綱紀、いい、名前ね……あれ?」
彼女の顔を見て、俺は絶句する。大粒の涙を流しているのだ、顔を赤く染め、嗚咽を漏らしている。
「……なん、で?」
本人も理由は分かっていないらしく、首を傾げていた。俺は今にも暗闇に呑まれててしまいそうな頭を押さえつつ、質問をする。
「君は、なんて名前なんだ?」
彼女は涙を拭ってから、息を大きく吸った。それから相変わらずハリのない声で名前を口にした。
「……私は、上戸鎖、柄鎖」
「柄鎖……?つか……」
その時、頭の中で何かが弾け飛んだ。そして俺はそのまま暗闇に引きずり込まれて行った。
少し話の展開を早くしすぎてしまいました…?ちょっと焦りましたね()もし良ければブックマーク、評価、感想など付けてくだされだ嬉しいです!