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※旧版につき閲覧非推奨 彼方を見るものたちへ  作者: 二立三析
第四章 魔術協会での生活
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第十四節 外出許可

 

「――外出?」


 眼を通していた書類から顔を上げ――秋光はその報告をしてきた人物、葵へと訊き返す。


「はい。范支部長からの報告です。〝あのリゲルって奴がいい加減外に出たいと騒いでいて困っている〟、と……」


 多少呆れたような声と表情で、葵は報告書の内容を読み上げる。そのことの危険性は千景を通じて説明させていたはずだが。


「やはり、一定の時間が過ぎたことで自分たちが狙われているという実感が薄れてきたようですね。蔭水黄泉示、フィア・カタストの二人も口にこそ出しませんが、本山内での限られた行動に飽きてきてはいる様子です」

「ジェイン・レトビックについては?」

「彼は特に不満も漏らさず、ひたすら書庫の蔵書の読解に時間を費やしていると聞いています」

「……なるほどな」


 息を吐く秋光。リゲル・G・ガウスの態度は困り物だが、理解はできる。蔭水黄泉示、フィア・カタストの反応もごく自然と言える範疇だろう。


「……どうされますか? 今後の対応は」

「……」


 葵を前にして考える。……彼らを保護してから、今日までで凡そ一か月が経とうとしている。幾ら身の安全のためとはいえ、流石に鬱憤も溜まる時期か。


 それに――。


 心の中で息を吐く。彼らが永仙、及び凶王派から狙われている理由。最大の目的であったその解明について、今のところ一切の進展が見られていない。


 これまで彼らの動向、及び修行の成果を支部長から聞く限りでは、初日に分かったこと以外に目立つ特徴は見られなかった。幸いにしてと言うべきか、当人たちの目的である修練については成果は順調なようだったが。


「……」


 判断を下す手掛かりを見付けるべく、秋光は今一度脳内で四人の情報を纏める。……リゲル・G・ガウスに、ジェイン・レトビック。


 共に稀有な才能を有するダイヤの原石。各々の成長速度が異様に早いと言うことも、秋光はそれぞれの報告書面から読み解いていた。才能に違わぬ素晴らしい力の伸び具合。適切な環境と時間さえあれば更に伸ばすことができるだろうと、老婆心ながら秋光はそんなことをも思ってしまう。どちらにも不審な点はなく、将来有望な若き技能者だ。


 蔭水黄泉示、並びにフィア・カタスト。才能という点では前者に劣っている二人だが、報告書に依れば両者とも非常に真面目な人物であるらしい。非才と知りながら腐らず努力するフィア・カタストの姿勢も、秋光からしてもやや厳しいと思える范支部長の指導に喰らい付いて行っている蔭水黄泉示の気力も、どちらとも好ましいものと秋光の目には映る。途中で不運にさえ見舞われなければ、二人とも将来的に相応の力を得ることはできるはず。


 こちらもやはり注目すべき点は見当たらない。敢えて言うとすれば――。


 蔭水黄泉示と出会う以前のフィア・カタストの素性が全く追えなかった点と、彼女を除いた三人に共通している背景、ジェイン・レトビックについている謎の加護。


「……」


 気にならないと言えば嘘になるが、いずれも共に手掛かりがない。フィア・カタストの件についてはその記憶喪失が上守支部長の魔術でも手に負えないモノであることは確認している。正体の掴めないジェイン・レトビックの加護と同様、更なる調査の手がないわけではないが、当人の意志を無視してそこまでの手段に出る必要があるのかは、秋光としては実に微妙だと考えていた。実行するとなればこの件以外にも幾つかの要素が絡んでくることになる。三人の背景については……。


 ――確認の仕様がない。三人にある疑わしい共通項があることは事実だが、それが事の原因であるのかどうかは正しく凶王派に尋ねてみなければ分からないこと。確証にまで至る道のりが塞がれているのだ。


「……難しいところだな」


 葵を待たせていることを動機に漸くそれだけを絞り出す。現状の協会にとって問題となっている事項は大きく二つ。支部長ファビオ・グスティーノが殺害され、他の三大組織にも同種の被害を出している謎の襲撃。凶王派と同盟を結び、そのことを三大組織に通告してきた九鬼永仙。


 ――そのどちらもここに至るまで、同じく一切の進展が見られないでいる。


「……」


 葵の目の前とはいえ、脳裏に浮かぶ現状に秋光は頭を抱えたくなる。……同盟を結んだ永仙と凶王らは未だ目立った動きを見せていない。それに加え、活発になっていたはずの各地での反秩序者(アウトオーダー)たちの行動も最近は影を潜めつつある。


 そのことが秋光にとっては何か不穏な出来事の先触れとしか思えなかった。同盟を結び、更にそれをこちらに布告しておいて何も行動を起こさないというのは明らかにおかしい。三大組織の中にはこれを自らの保身を優先させた永仙の意向によるもの、ひいては両陣営への損害の大きさを理解した上での妥当な判断だとする見方もあるが。


 秋光から言わせればそれは九鬼永仙という人間を根底的に捉え違えた者の口にする台詞だ。……彼はそんな手緩い相手ではない。そのことは秋光自らが良く知っている。同盟相手である凶王にしても……。


 彼らは永仙の意向を易々と聞き容れるような相手ではない。間違っても。仮に永仙が自らの保身を望んだとすれば、用無しと見て即座に排斥するくらいのことはやってのける度量の持ち主たちである。……そうであるからこそ、ここまで何の行動もないという状況は正しく不気味でしかないのだが。


 不幸中の幸いと言うべきか、秋光を始めとした三大組織の長、並びに上位幹部級の人間はこれを一斉開戦、或いは強襲の為の機を窺っているが故の現象だと見ており、三大組織全体としては非常に高い警戒意識を保つことに成功している。現状ではいかに彼らとて容易には攻め込んで来られないだろうと、秋光としてはそう楽観視しておくしかない。一部の幹部や構成員の中には、より好戦的な意見もあることは確かだったが……。


「……」


 ――例の襲撃事件についても、三大組織側は未だなんの手掛かりも掴めてはいなかった。協会においては四賢者のレイガス、並びにバーティンを調査に当たらせたにも拘らず芳しい報告はゼロ。あれ以降凶王派の件も相俟って組織が警戒を強めたためか、組織側の人間が被害に遭うことはなくなっている。このまま調査を続けていても分かることはなかろうと考え、当人たちの声も受けて調査を打ち切ったのが先日の事。


 何れの問題についても進展の目処が立たないでいる。……総じて薄気味が悪い。複数の問題に囲まれながらも不気味なほど静かな、凪のような現状――。


「――気持ちは分からんでもないな」


 だからこそ、秋光は現状では蔭水黄泉示たちの要望の為に時間を割くことを決めた。律儀にも未だ不動の姿勢で答えを待ち続けていた葵に対し、そう告げる。


「理由が理由とはいえ、これまで普通の生活を送ってきた人間が一か月も軟禁状態にあれば、息が詰まるのも仕方のない事ではあるだろう。――それなりの力を付けたのなら、必要なのは確認か」

「……そうですね」


 示したのは外出の要請に対して肯定的な態度。その対応に何か言いたげな葵ではあったが、自らの立場を弁えてのことか、秋光を前にただ首肯するに留まる。


「案ずるな。私とて、確認に際して手を緩めるつもりはない」


 柔らかな笑みを作りながら秋光は告げる。――葵の不安も理解できる。なにせ彼らはあの永仙と凶王派に狙われている身だ。生半可な力では抵抗は愚か、逃走すら覚束かないだろう。


 それは秋光も同意見だ。だからこそ、ここで慎重に彼らの力を見極めておく必要がある……。


「指導役の支部長たちではどうでしょうか。彼らなら力量、立場共に不足有りません」

「そうだな――」


 あの支部長たちなら葵の言う通り、立場的にも力量的にも相手役としては申し分ない。


「――いや、それでは足りないな」


 だが指導役であるということは、互いに互いの手札がある程度読めてしまうことにも繋がる。加えて日頃から顔を合わせている人間が相手となったとき、支部長たちはともかく黄泉示たちの側に慣れ合いのような空気が生まれる可能性を、秋光としては否定できなかった。……それでは駄目なのだ。


 こと今回に限っては確認に一片の緩みも生むわけにはいかない。例え付け焼刃にしかならないとしても、それを怠れば先に待っているのはきっと後悔だけになる。決して短くはない魔術師としての経験の中で、秋光は幾つかの苦い記憶と共にそのことを良く知っていた。


「……」


 ……担当外の支部長たちに任せるのは難しい。ただでさえ多忙なこの時期にこの一件の為だけに呼び付けるのは明白な愚行。秋光の脳裏に、一瞬弟子である零の顔が過るが。


「――」


 直後にその判断を振り払う。……駄目だ。模擬戦とはいえ、今の零に力を振るわせることはまだ避けたい。秋光が出した課題の意味を、彼が自身で掴み取るまでは。


「では……?」

「……」


 重ねての葵の問いに、秋光が告げる言葉を選びかねていたとき。


「――失礼!」


 勢いよく開かれたのは葵の背後のドア。――意気盛んな足音を鳴らし、それでもけたたましい音は一つも立てることなく姿を現した人物。


「水臭いではないですか、秋光殿! このバーティン、若輩としていつでも力になる所存です!」

「……アルか」


 はい! と満面の笑顔で頷くのは――アル・バーティン・ガイス。齢四十の半ばにして現四賢者の一角を務める実力者。


「聞きましたぞ。件の四人について処置を決め兼ねているのでしたら、ぜひこの娘に!」


 そう言って傍らに連れている少女の頭に手を置くアル。……古風なメイド服。本来質素であるはずのそのデザインに大量のフリルが追加されているのは、当人の趣味なのかと秋光としても一度尋ねてみたいところではあった。


「一から十まで! 千から百まで万事そつなく遣り遂げて見せましょう! このバーティンが保証いたしますとも!」

「いや……」


 確かに、秋光としても考えていたことではある。


 バーティンなら。そうでなくとも補佐官である葵なら、下手に情を交えることなく彼らの力量を推し量ることができるだろう。力の計測という一点においてなら秋光としてもバーティンの意見に不満はない。しかし――。


「遠慮など要りません! 吾輩の手掛けたこの娘でしたら――」

「――迷うことなどあるまい」

「――!」


 その声に、その場にいた全員が振り返る。


「――……レイガス様」

「力の見極めに必要なのは正確さだ。私の弟子ならば、その点において既に充分な資質を備えている」


 葵の言葉を無視するようにして中央にまで進み出で。秋光にのみ語りかけるその人物。面に刻まれた幾つもの皺。瞳に湛えられる光の揺るぎなさが、その意志の頑迷とも言うべき強さを物語っている。


「協会の業務にも支障は出ない。これ以上ない適任だと思うがな」


 老人は笑み一つ見せることなしにそう言ってのける。――レイガス・カシア・ネグロポンテ。


 四賢者としての歴はリアに続いて長く、協会でも古株と言える魔術師。本来なら秋光もこの場にいることを歓迎するはずの人間だったが、秋光としては彼の登場を素直に喜ぶ気にはなれないでいた。……そのことには当然事情がある。


 現状の魔術協会には大きく言って三つの勢力が併存している。凶王派との新たな関係として融和、共存路線を呼び掛けている穏健派、これまで通り凶王派とは断固強硬に敵対すべしとする伝統派、そしてそのいずれにも属さない中立派。


 永仙と秋光とは共に穏健派であった。中立派であるバーティンと違い、この銀髭の老人レイガスは伝統派の象徴的立場にある人物である。同じ魔術協会に属する者として大枠での協力関係にあることは確かだが、反秩序者たちへの対応を巡っては永仙が大賢者だった時分、その以前からも事ある毎に対立していた。力量は共に認めているとはいえ、決して友好一辺倒の相手というわけではない。


「――いやはや、レイガス殿はなにかと急でいらっしゃいますな。今回は吾輩の方が先に提言申し上げていたのですが……」

「若造は分を弁えろ。私はお前たちでなく、秋光と話をしている」


 加えて、レイガスは若手であるアルとは何かにつけて折り合いが悪かった。……レイガスが穏健派だけでなく中立派をも半端として嫌っていることも一つなのだろうが、仮にも魔術協会の指針を定めるべき立場にいる秋光からすれば、二人の対立は決して捨て置いてはおけない。自分との対立と同じく頭を悩ませる頭痛の種。


「誠に失礼ながら、今は私もレイガス殿と同じ四賢者でありますので。先達への敬いはあれど、意見を慎むと言うことにはなりませんな」

「事の次第も見極められない若輩が口を開くな。耳障りなだけだ」


 いっそのこと共に同じ仕事に就ければ何かしらの切っ掛けでお互いを認め合うことになるかもしれないと思い、僅かな希望に縋る思いで例の襲撃の調査に当たってもらったのが二週間ほど前のこと。それについても前述のように既に〝進展なし〟との報告を受けている。寧ろ気のせいか。


 秋光には目の前にいる二人の対立が以前より一層深まっているように感じられた。……同じ調査に赴いていたはずなのにわざわざ帰路を別にしてきたとの顛末も耳にしている。ひとまずこの場をどう収めたものかと思案する秋光の耳に――。


「――止めな。葵もいる前でみっともない」


 届く声。扉を開くことなく、残る四賢者の一人であるリア・ファレルが室内に姿を現した。


「これはこれは――リア殿」

「……リアか」


 居住まいを正し。歓迎ムードのアルとは対照的に、レイガスはやや苦々しげな表情を取る。アルと同じくリアは中立派。秋光とレイガスとの確執は最年長である彼女によって度々釘を刺されているため、そのことを踏まえての反応だろうが。


「今の筆頭はあんたたちのどっちでもない。――決めるのは秋光。それが道理さね」

「余計な口出しは無用だが……まあいい。話を戻そう」


 発言を受けて秋光に向き直るレイガス。場を治めてくれたリアに感謝しつつ――。


「……」


 秋光は思案する。……レイガスがこの件に関わって来るとは、実のところ秋光にとっても少々予想外だった。


 そもそも蔭水黄泉示たちについての問題は、元はといえば九鬼永仙の離反に端を発している。言ってみればこれはその不祥事の後始末であり、穏健派の延長線上にある問題とも解釈できる。対処の必要があることは疑念の余地もないが、それに労力を割くこと自体はそれほど望ましいものでも、実りのあるものでもない。


 味方の不注意で起動した特大の爆発物の処理を率先してやらされているようなものだ。しかもこの場合、どう考えても見事にタイマーを止めるなどという上首尾な解決策はありそうにない。泥を被ることは必然。


 その上でレイガスが関わる気になったということであれば、対外的な事情を鑑みての事だろうと秋光は推測する。元は穏健派の不始末とは言え、事の大きさは既に協会に留まる範疇を超えてしまっている。あとになって事態の解決に一役買ったと大手を振って言えるようにするためには、どこかで何らかの関わりを持っておかなければならず、その契機として今回を丁度良い機会だと捉えたのかもしれない。……であれば。


「……分かった」


 レイガスに事を掻き回す狙いはない。寧ろ事態の進展のために最も良いと思える形で動くことだろう。……それが、あくまで彼にとってのものであるとはいえ。


「その件はレイガスの弟子に任せよう。但し、試験の場には零も同席させる」

「……なるほどな。良いだろう」


 レイガスは頷きを返す。下手な干渉は二者の立場もあって微妙とはいえ、弟子同士であれば不都合はない。賢者見習いとなったときから面識のあることを考えるなら、尚更だ。


「支部長へ通達し、日取りが決まり次第連絡する」

「構わん。担当者にしか分からないこともあるだろうからな」


 用はないとばかりに踵を返すレイガス。赫灼とした足音ののち、扉がバタリと閉まった。


「……ま、悪くはないんじゃないかね」


 沈黙を破ったのはリアのその一言。


「今回はレイガス殿に花を持たせるということですな。であれば致し方ない」

「済まないな、アル」

「いえいえ。お気になさらず。――では吾輩はこれで」


 少女と共に足を引きつつ、アルはにこやかに微笑んで会釈する。


「お疲れ様でした。秋光殿」

「私も行くかね。――もっとビシッとしてな。誰が何と言おうと今の筆頭は、あんたなんだから」

「善処しよう」


 扉から出。思い思いに散っていく二人を見つつ、秋光は天井に向けて息を吐く。どうにかなったか……。


「では、彼らにそのように通達を」

「ああ。――頼んだ、葵」



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