第十二.五節 補佐官たちの会話
――夜。
「――どうでしたか?」
千景たちと別れ、一人になった瞬間に現れた影。直前まで気配を殺していたその立ち現われ方に眉を顰めつつも、立慧は相応しい応対をする。
「珍しいじゃない。あんたが、報告書だけで済まさないなんて」
「事が事ですので。後々他の二人にも訊く所存です。それで、どうでしたか?」
「どうもこうもないわね」
重ねて問われた内容へ返す答え。
「鎌掛けへの抵抗もなかったし、動きに至ってはまるで素人。何かあるのかってのを疑うレベルだわ」
「力を隠しているということもあります。くれぐれも油断なきよう」
「あれで実力を隠してるんだとしたら大したもんよ。きっと私らなんて、それこそイチコロでしょうね」
「……」
反発的な物言いに目を眇める。その反応を意識に留めつつ。
「ただ報告書で出しといた通り、才能を持ってる奴はいる。それもダイヤの原石クラスのが」
「……私が訊きたいのは文面に書かれていたような内容ではなく、貴女の目から見た彼らの印象です」
「あらそう? なら悪かったわ」
「彼らの素行や言動に、おかしな点はありませんでしたか?」
「……」
問いを受けて立慧が作るのは些か面倒そうな表情。軽く息を吐きつつ、それでも記憶を探るように額に皴を寄せ。
「――ないわね。才能の有る無しを除けば、どいつもこいつも丸っきり普通よ」
――そう、答えた。
「分かりました。慣れない任務だとは思いますが、引き続き宜しくお願いします」
「こんな手間まで掛けてあんな奴らを調べて、なんか意味があるの?」
用は済んだと言う葵に対し、続けての質問は立慧から。
「担当になる貴女にも事情は説明したはずですが」
「だからそれが信じられないっての。あんな奴らを永仙と凶王派がわざわざ狙う?」
「その点は上守支部長が確認した通りです。そしてその理由を突き止めるのが――」
正面から焦点を合わされた瞳。
「私らの役目って言うんでしょ? ――ホントご苦労様ね。グスティーノの奴が殺されたってのに、こんな案件に支部長を三人も使うんだもの。探りと監視って……私らは使い走りじゃないっての」
「このようなときの為に支部長にも補佐がいます。それに万一があった場合、他の魔術師では起こるべき事態に対処できない。――貴女たちが適任と判断してのことです」
「……」
ある意味で実力を認めた客観的な分析。そんな説得力のある葵の言葉にも、立慧は変わらず良い表情を見せない。
「グスティーノ支部長の件に関しては調査を進めています。ですが手掛かりがない以上、こちらとしては警戒を保つしかありません」
「――だからそれが温いって言ってんでしょ」
叩くようにピシャリと言い放つ。
「あんなもの、どう考えても奴らの仕業に決まってるじゃない。それだけのことをやらかしておきながら協会の監視網を潜って逃げ延びられる奴が、他にどこにいるって言うの? 心当たりがあるなら是非教えて欲しいもんだけど」
「……それを決めるのは貴女でも、私でもありません」
やや重さを増した声。
「現四賢者筆頭、秋光様の考えあってのことです。……それを忘れなきよう」
「はいはい。秋光様秋光様って聞き飽きたわ。あんたも補佐官なら、少しは自分で――」
揚々と進めてきた立慧の言葉が途切れる。それは、自らの発言の内容を省みてのことではない。
「――慎むことです。范支部長」
目の前に立つ葵が一瞬、意識の全てをそちらに回さなければならないような覇気を放ったからだった。既に覇気はなく、冷静沈着な眼の色合いだけがある。
「今に限った話ではありませんが、貴女にはどうにも徒に上に反発的な傾向がある。……それ以上過ぎた口を利けば」
鋭い、鷹の眼の如き眼光。
「私とて、黙ってはいませんよ」
「……はっきり話せんじゃない。なら最初からそういう風に喋りなさいよ」
「性分ですので。生憎ですが」
威圧感を完全に収めた葵を前に、立慧は息を吐く。
「まあでも、指導の方はちゃんとやるわ。今日会ったばかりの奴らとはいえ、誰かが見す見す殺されるのを防げるならそれに越したことはないもの」
「それが英断でしょう。――では」
「――ああ。迷惑ついでに、あと一つだけ聞いといていい?」
踵を返したところで駆けられる声に、葵は息を吐きつつも振り返る。冷厳な表情のまま。
「何でしょうか」
「あいつ、本当にあの蔭水の人間なの?」
「それについては私より、間近で見た貴女の方がよく分かっていると思いますが」
「……」
葵の指摘に立慧は口を噤む。指摘された内容が的を射ているといえ、軽々しく肯定したくはないというような態度。
「――まあ、例え音に聞く名家と雖も、中には天から微笑みを受けられなかった人間も出る……そういうことです」
「……まあ、そういうことなのかもね」
「ではこれで」
「あ、ごめん。あと一つだけ」
「……なんですか?」
再び振り返った葵。最早明らかに煩わし気な鉄面皮に、立慧は日ごろの苦労をぶつける心持で言った。
「お小言なら田中の方にも言ってやんなさいよ。聞きやしなくて」
「……仕方ないでしょう。彼は」




