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※旧版につき閲覧非推奨 彼方を見るものたちへ  作者: 二立三析
第四章 魔術協会での生活
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第十一節 努力と才能

 

「……これも違うな」


 もう何冊目になるか分からない本を棚へと戻しながら、ジェインは呟く。


 一般の書庫と違い、この部屋の本棚には目録がない。元から閲覧を想定して作られていないようだと推測。書庫というより保管庫のようなものなのかもしれない。


 本の中身の多くは自身が今までに触れたこともないような……今支部長から学んでいることを更に高度かつ難解にしたような事柄だと言うことが、それでもジェインには分かっていた。取り敢えず適当な一冊を読み込もうとしただけ。あとはどの本もざっと目を通しただけだから確実なことは言えないが、今まで経験がない領域なだけあって判読は難解。新分野の内容であることを踏まえたとしても、かなりの難易度であることには違いない。


 ――だが、逆に全てが理解できなかったというわけでもまたない。恐らく時間さえあれば、ある程度の内容は読み解くことができるだろう――。そんな手応えを感じて二度目になる安堵を覚える。己の頭で理解できる範疇にあるのなら、畏れることはない。超常と呼ばれる力だろうと、その時点で自らの手の届く武器になるはずだ。


 力を使える以上、その力に振り回されるようであってはいけない。力はあくまで道具として、自分がそれを十全に扱えなければ。


 だがジェインがここに来た本来の目的……本当に知りたいことは、今までに目にした本の中には無かった。


 いや、そもそも内容のジャンルそれ自体が違っていたのだと言っても良い。此処にある本はその多く、或いは殆ど、或いは全てが、魔術に関しての基礎的な理論や技法について述べたものであるようだった。今のジェインにとってはそれも無論重要なことではあるが、最大の目的はそこにはないのだ。


「……」


 慎重な足取りと共に周囲の棚を見回しつつ、ジェインは自らが求めるものを探していく。……暫くここで本を読むことに集中していたせいか、本の表紙からだけでもある程度内容を予測できるようになってきた。自分が求めるものは、この辺りにはない。


「……!」


 更に歩を進めたところで、通路の脇に地下に伸びている階段があることに気付く。


「……」


 覗き込んでみる。……暗い。普通に照明が付いているこことは違い、朧気な光を放つ明かりが闇の中で浮かび上がるようにして灯されているのがジェインの目に入る。――明らかに、雰囲気が違う。


 ――行けるところまで行ってみるか。そう思いつつ、ジェインは目の前の階段を下りて行く。螺旋の渦を巻いている階段はかなり長い。覗き込んでなお見えない先に、どこまで続いているのだと思いつつ下りる動作を繰り返し――。


「……っ」


 気が付くと。ジェインは、元の踊場へと階段を上がってきていた。……確かにずっと下りるために脚を動かしていたはずなのに。


「……立ち入り禁止と言うわけか」


 思い起こされるのは支部長たちの言葉。背後に続いている階段、その深淵に視線を投げかけつつ、ジェインは小さく息を吐いた。









「……」


 ――俺の推測とは逆に、珍しく時間ギリギリに現われたジェインを迎えて再開した訓練……。


「……ふっ!」


 間合いを詰めての一撃。俺が全力で放ったはずの【無影】を、立慧さんは軽々と躱し――。


「グッ‼」


 鈍い音と共に一撃が胸板に叩き込まれる。――一瞬息の止まるような感覚。


「まだ駄目ね。チャンスだからってそんな勢いよく突っ込んだら、躱されたときはただの餌食よ?」


 掌を引きつつ、涼しげな顔でそう言う立慧さん。同じだけの時間組み手をしているはずなのに、汗一つかいていない。どうなってるんだこの人は……。


「攻め込むときも、もっと守りを意識しなさい。実戦では一手の間違いが死に繋がるわ」

「……はい」


 何度目になるかのことをもう一度心に刻みつける。……隙はあるはずなのだが、それを上手く生かすことができない。午前の訓練と違い、今の立慧さんには明らかに隙と呼べるような挙動が増えているのに。


 ――半分はわざとだろう。


 懸命に掛かりながらそれを思う。俺が自分から向かって来られるように、意図的にあからさまな隙を増やした。それでも捌かれているのだから実力の差は圧倒的。……だが。


「――」


 もう半分は恐らく違う。……集中が途切れていると言っても良い。合間だけでなく攻防の最中にも時たま、ちらりと俺とは別の方角を目にしている。その方向にいるのは――。


「……」


 無言のまま、黙々と魔術の訓練をしているジェイン。自主練をしている分自身の作業に没頭しているようで、立慧さんとは逆にこちらには目もくれていない。


「――ッ!」

「……ちょっと待ってなさい」


 敢えてそのタイミングを狙いに行った挙動があっさりと掌底に弾かれる。……まるで歯が立たない。物でも退かすかのような雑な一撃で呆気なく潰された不甲斐なさに息を荒げる俺の前で、突然立慧さんはそんな事を言って、つかつかとジェインの方に歩いて行ってしまう。


「……?」


 ――なんだ? そうは思いつつも、立慧さんがジェインを気にしていたことは気付いていたのでその様子を見守るしかない。……ジェインの訓練内容に、何か手違いでもあったのだろうか……。


「――あんた、なにやってるの?」


 立慧さんの問い掛けにジェインがその方を向く。……思っていたよりも微妙な声音だ。漸く息を整え終えた俺も、顔を上げてそちらを見る。


「なに――とは、どういう意味でしょうか?」

「あんたのやってるそれ、私が指示した内容と違うわよね。言っておいた目標は達成できたの?」

「はい。言われた段階のことはもう終わりました。蔭水の指導で忙しいようだったので、次に進んでいたんですが……」

「……見せてみなさい」


 ジェインが何かを唱え始める。……俺の目には、微かに何かが光ったようにしか見えなかったが。


「どうですか?」

「……いいわ」


 披露されたのは立慧さんの眼鏡に敵うものだったらしい。やや硬い表情のまま、頷きを返す。


「合格。少し術式の方にぶれがあるから、そこだけ調整しときなさい」

「分かりました」

「……あと、あんたが今やってるそれ。私はまだ教えてないわよね? どこで知ったの?」

「書庫にあった本で読みました。内容は大体理解できたので、進んでも問題ないかと判断したんですが」

「……分かったわ。ただ、次から段階を移すときは私に前の段階での成果を見せてからにすること。良いわね?」

「はい。分かりました」


 耳を澄ませていた会話が終わる。ジェインはまたさっきの訓練に戻り、こちらに戻ってきた立慧さん。


「……どうしたんですか?」

「……」


 気になって尋ねた台詞に、立慧さんは暫し沈黙し。


「……あいつ、あんたたちが通ってたって言う学園でもよっぽどできたでしょ」


 ある種の実感を伴って、そう言った。


「飲み込みの良さが半端じゃないわ。乾いた砂地に水が吸い込むみたいに知識を吸収してる。魔術について学ぶのは初めてだってのに、よくもまあ」

「……ジェインは」


 どう返したものか。思わぬ立慧さんの反応を前に、無難な言葉を選ぶ。


「学園では首席で、特待生でもあるんです。同じ一年なんですが……」

「なるほどね。そこらの学園でトップクラスに勉強ができたんなら、あれくらいはできてもおかしくないってことか」


 小さく息を吐く。……どこか感心以外のものも交じっているような、その反応がやはり気に掛かり。


「……立慧さんからしても凄いことなんですか?」

「まあね。少なくとも私が同年代のときには、とてもじゃないけどあそこまでできなかったわよ」


 踏込み過ぎないよう気を付けて訊いた俺への返答は、予想外にあっけらかんとしたもの。


「今でこそ支部長って立場だけど……私の家は元々魔術師でもなくてね。形意拳の道場をやってたの。結構大きかったんだけど」

「形意拳?」

「大陸の武術よ。映画とかで見たことない?」


 こう、と。そう言って少し動きをやって見せてくれる。……残念ながら俺には特別見覚えがない。辛うじて、独特に思えた立慧さんの動きがこの武術から来ているということが推測できるだけ。


「済みません……多分見たことは」

「まあいいんだけど。――それで色々とあって、魔導院で魔術師の道を目指すことになったの」


 路線を元に戻し、語られていく立慧さんの物語に耳を傾ける。


「何もかも初めてやることだったから、最初は全然上手くいかなかったわ。授業にもついていけなかったりして、ぐれてた時期もあった」


 ……意外だ。いや、言われてみると意外でもないような気もするが。その頃の自分を思い出したのか、立慧さんは自嘲気にふっと笑って。


「ま、その後の頑張りで今はこの位置にいるわけだけどね。あいつくらいできてたら、ホント色々と違ってたでしょうね……」


 どこか遠くを見るような目つきになる。有り得なかった可能性に思いを馳せるような、そんなあらぬ箇所を見る瞳。


「……」

「――ま、つまりあんたに言いたいのは、才能なんてのは大抵の場合、一つの要素でしかないってこと」


 その前で俺が何も言えなくなっていることを察したのか、空気を戻すように話を繋げた立慧さんの眼が俺を見る。


「なにかをできるようになろうと思っても、今日明日でできるようになれるわけじゃない。なにかをするには時間が掛かるし、時間を掛けなければ何もできない」


 その口から紡がれる言葉は、紛れもなく今に、そして次へと向けられたものだ。


「何気なく生きてきた今が積み重なって、自分になっていく。要はどれだけやるか、やったか。一瞬一瞬をどれだけ真剣にできたのかが、後々大きな違いになって帰ってくる」


 過去を足場に。昔の自分を継ぎ踏まえた上で、実感の込められた。


「才能ってのは大抵の場合、それを見ようとしない連中が言いわけに使う言葉よ。誰にでも向き不向きはあるものだけど、それだってやってみなければ分からない。なにも始めずになにかをやろうとする方が、よっぽど虫の良い話なのよ」


 ま、確かに持ってる方が楽なんだけどねと。息を吐きつつ言葉を締め括る立慧さん。会話の始まりとは違い、それが俺との間に微妙な空気を齎すことはない。


「続けられること自体が才能ってこともあるわ……。あと言ってなかったけど、あんたも充分おかしいから。今まで何の鍛錬もしてこなかったんでしょ?」

「……まあ」


 子どもの頃に多少手解きを受けていたとはいえ、それももう十年前の話だ。習ったことの大半は既に時間の中に風化して、今の俺はほぼ素人と変わらない状態。修行していない身と大差ないことは、自分でも自覚しているが。


「鍛えもしないでそれだけの身体能力が維持できてるってのは紛れもなく反則ね。あんたの場合は才能ってより血筋だけど。――ま、その身体能力も今のままじゃ宝の持ち腐れ」


 ――確かにそうだ。普通なら衰え切ってしまうはずの能力を、俺はこれまで保てている。指摘された事実に意識を新たにする俺に。


「能力を実戦で生かせるよう、頑張りなさい」

「……はい」


 告げた立慧さんにしっかりと頷く。……そうだ。今は、俺自身がやらなければならないことをやるしかない。


「良い返事ね。じゃあ、さっそく組手の続きからやっていきましょうか」


 構えを取る立慧さんに対し、俺も終月の切っ先を上げて応じる。相変わらず攻め難い立ち姿。


 こうして再び、午後の訓練が始まった――。



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