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※旧版につき閲覧非推奨 彼方を見るものたちへ  作者: 二立三析
第四章 魔術協会での生活
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第八節 昼食と散策

 

「――あーっ、腹減ったぜ!」


 ――大テーブルの席について早々、俺たちの側からそんな大声が上がる。……午前の訓練を終え、先輩たちに連れられて来た食堂。


「まあ確かに、腹は減ったな」


 重厚な木材で作られた、大勢が一度に食事のできる大テーブルに付き。返すのは珍しくリゲルと同意見のジェイン。……流石に訓練のあとでリゲルといがみ合うだけの気力はないのだろう。時刻は十二時過ぎ。俺たちが最初に訓練を始めてから二時間強は立っている計算になる。


「……美味しそうですね」

「そうだな」


 かく言う俺もかなりの疲労が溜まり、食事なしではこれ以上持たないだろう、という感じだ。フィアも同様な様子で、いつもより食欲旺盛にテーブルの上の料理を取っている。その対面で……。


「あ、千景。私のこれ上げるから、あんたのそれと交換しない?」

「ああ、海老なら大歓迎だ」

「……相変わらずここの料理人は良い腕してんなぁ。支部にも一人か二人、欲しいくらいだぜ」


 まるで平然としているのは、先輩たち支部長三人。向かい側で食事をとっているその様子は、訓練を始める前と何も変わりない。勿論腹は普通に空いているのだろうが、疲れているような様子は誰しも微塵もなかった。……田中さんは相変わらず、酒を飲んでるし……。


「どうだ? そっちの連中も、一杯いっとくか⁉」

「馬鹿なこと言わないの。午後も訓練なんだから」

「硬いこと言うなよ言うなよ。そんときにはもう、綺麗さっぱり抜けちまうって――」

「……リゲルはどんな訓練をしてたんだ?」


 既に酔い始めている田中さんを目端に、こっそりリゲルに訊く。


「はむはむもぐもぐ――ん、俺か?」

「ああ。気になって……」


 リゲルの姿を見れたのは結局午前の訓練が終わってから。話を聞くにやはり、俺たちが休憩している間もずっと訓練を続けていたらしい。田中さんに続いて最後に部屋から出てきたときは、酷く消耗しているようにも見えた。


「なんつうか――鬼ごっこ?」

「……え?」


 食べ物を口に運びながら応えるリゲルから返されたのは、そんな想像の斜め上を行くような答え。


「いやなんか、〝とにかく逃げる俺を捕まえること〟っつわれてな。あの時間中、ずっと部屋ん中を駆け回ってたぜ」

「疲れますね、それは……」


 大変だと言う風に相槌を打つフィア。確かに疲れはするだろうが……。


「そんなんで大丈夫なのか?」

「いや、これが結構案外むじいんだよ。何でもありっつったから、まあとりま【重力増加】を使って仕掛けてみたんだけどな? 中々捕まんなくてよ田中のおっさん――」


 そんなので訓練の意味があるのか? 今からでも先輩たちに人選を変えてもらうよう頼んだ方が良いのではないかと訝しむ俺の前で、更に肉を頬張り。


「范さんのときのように、上手く魔術の範囲から抜けられてるんじゃないか」

「いや……」


 ジェインの発言に、リゲルはそこで少し言い淀む。思い出すように。


「それが違えんだよな。――なんつうか、追い付けるんだけど、俺がおっさんを掴む直前で、こう……」


 もろもろの食材の刺さったフォークでなにやらジェスチャー。


「――〝スルッ〟と、抜けられちまうんだよな」


 ――抜けられる?


「あの動きがよく分かんねえんだよな……こう、ぬるっとしてて。捉えどころがねえんだ。ありゃまるでウナギだぜウナギ」


 魔術師だけあって、単純な力や速さではないと言うことだろうか? よく鰻なんて知ってるな、との台詞に、昔オールド・パルでな、と返し――。


「――おう坊主。誰がウナギだって?」


 そこで当の田中さんが割り込んでくる。……赤くなった顔。漂ってくる息は地味に酒臭い。


「あー。いや別に、田中さんがウナギだって言ってるわけじゃないんすよ? ただの例え話で――」

「言い訳はいいんだよ言い訳は。――第一、訓練の中身は秘密だってあれほど言ったじゃねえか。もう忘れちまったのかぁ?」

「そうなんですか?」

「冗談じゃなかったんすか、あれ」

「――面白そうな話してるわね」


 会話が混沌としてきたところに立慧さんまでもが参加してきた。中国茶だろうか? ポットから注いだお茶を手にしつつ。


「私にも聞かせなさいよ、その話。こいつがどんな修行してるのか興味あるし」

「野次馬は良くねえぞ立慧。話すんなら、自分の指導の話にしとけよ」

「あんたがいっつもダラダラしてるから気になるんでしょうが」

「……范さんは、田中さんの実力を知ってるんじゃないんですか?」

「知らないわよ」


 そんな答えが端的に返ってくる。


「こいつ、私たちの前じゃ一切と言って良いほど仕事してないんだもの。支部の仕事は何から何まで補佐に任せっきりで、自分はいつも酒飲んで寝てるだけ。支部員からの苦情もダントツで多いし、支部長から降ろされないのが不思議なくらいよ」

「へへ……まあ、そう褒めんなよ。つうかなんか頭の数が増えたな立慧。イメチェンか?」

「褒めてないわよ! つうかあんた、また深酒して――‼」

「落ち着け立慧。株が下がるぞ」

「そうそう。怒んなよな? 楽しい食事の席なんだから」


 へらへらと笑う田中さんに何を言っても無駄だと悟ったのか、ぐっ……と堪えて姿勢を戻し、息を整える立慧さん。


「……まあ、今の支部長の中じゃハディムと並んで古株だから、こんなんでも何らかの実力か、少なくとも相応の功績はあるんでしょうけど……」

「実力のない人間が、何か別の事情で支部長になっているということはないんですか?」


 ジェインがさり気なく酷いことを言う。


「あー! ひでえ! 今のさり気ないメガネの一言で俺のガラスのハートは傷ついた!」

「ないわね。補佐程度なら力量より人間関係やらが優先されることもあるだろうけど、それだって相当稀。協会の役職は基本的に実力本位よ。ま、支部長ともなると力だけじゃ就けない立場ではあるけどね」


 完全に無視される田中さんの発言。酔っているとはいえ、流石に気を悪くしたのか。


「――おい立慧、そろそろしつけえぞ。んなこと話すような席じゃあねえだろ」

「言われなくてももう終わりにするわよ。……ホント、あんたも怠けてないできちんと本気出しなさいよね。降ろされないってことは、やればできるって思われてるってことなんだから」

「へいへい。大きなお世話ですね……っと」


 小言を聞き流して瓶から更に酒を注いでいく田中さん。……ちゃらんぽらんな人に見えるが、支部長を務めているだけはあって実力はあるのだろう。リゲルの為にも今はそう思うことにして、中断気味だった食事に取り掛かった。






 ――何だかんだで賑やかだった昼飯を終え――。


「……」


 俺たち四人は今、食堂の外。天井が凄まじく高い、ホールに立っている。先輩たちはどこかに行くんですかと、昼飯のあとで訊いた俺に対し……。


〝あんた、私たちが支部長だってこと忘れてるでしょ〟


 やや真面目な面持ちで。……そう言われてしまうと此方としては返す言葉がない。已む無く済みませんといった俺に、立慧さんは続けてやれやれという素振りで。


〝留守は補佐に任せてるとはいえ、一応支部に対する責任ってもんがあんのよ。正直あいつらに任せとくと何をやらかすか不安でしょうがないし、途中のチェックだけでも私が行ってやらないと〟

〝――と言いつつ、分からない個所を教えながら支部員殆んどの仕事を手伝っているのが范支部長だ〟

〝……なるほど〟

〝千景⁉〟


 整えた厳しげな面持ちが一瞬で崩壊した。親友たる先輩のリークに悲痛な声を上げる立慧さん。


〝す、すごいです……!〟

〝ち、違うわよ。私が手伝った方がスムーズに進むからっていう、効率の問題よ。効率の〟

〝立慧はホント偉いよな~。俺なんてここ十年以上、支部の仕事なんて目にしたことすらないぜ〟

〝……何度でも言うけど、あんたはもう少し支部長としての自覚を持ちなさい?〟


 フィアの尊敬の眼差しに少し照れ。どこまでも対照的な田中さんに対し、立慧さんは凄みのある笑顔でそんなことを告げるのだった。


 ――そういうわけで、今俺たちのところに先輩たちはいない。昼休みも兼ねて、一時間後くらいから指導を再開するとのことだったが。


「部屋にいたって詰まらねえしよ。どうせなら、探検してみねえか?」


 リゲルのその提案。生活に必要な物は揃っているとはいえ、あの部屋には私物も何もない。午前の訓練で疲れはあったが……。


「……いいんじゃないか?」

「面白そうですね」


 結局は未知のエリアに対する興味の方が勝った。中を見て回る場合にはと、先輩たちに言われた注意を思い返す。


〝本山の中は基本的に自由に見て回ってもらっていいが……入れない場所があった場合、無理に入ろうとするな〟


 先輩の忠告。


〝本山内部には機密や安全を守るための様々な術式や魔術的処理が施されてる。もし入ろうとしても入れない場所があったら、そこはお前たちが入るとマズイ場所だってことだ〟

〝……分かりました〟

〝なんか標とかあるんすか?〟

〝いや、基本的にはない。魔力感知の技術がある程度優れてる人間なら分かるんだが、流石にまだ無理だろうしな〟


 俺たちの顔を見て、安心させるように。


〝ま、無理に入ろうとさえしなきゃ問題ない。そこだけきっちり守ってくれ〟


「言われた点に注意していれば問題はないだろう。見回りは自由だと言われたわけだしな」

「だな」

「うっし。んじゃ、出発するとして――」


 同じく先輩の言葉を思い出していたらしい、ジェインがそう言い。


「どこから見て回ります? 結構広いみたいですけど……」

「地図があるって先輩が言ってなかったか?」


 確か一階のホールにあると言っていたな、と全員で探す。


「――お、これか?」


 リゲルが指し示したのは、『総本山地図』と記された金属板だ。名前の通り、これが先輩の言っていた地図で間違いないんだろうが……。


「……何も書いていないな」


 ジェインの言葉通り、鉄のような金属でできた板には『総本山地図』との文字銘が刻まれているだけで、それ以外には何の装飾も施されていない。……近くを見回すが、他に地図らしきものがあるわけでもないようだ。


「……どうしましょうか」

「先輩が言ってた地図はこれじゃないのか……?」


 かといって他にそれらしいものも見当たらない。どうしたものかと思いつつ、何気なく俺が金属板に触れた瞬間――。


「――っ⁉」

「ど、どうしました⁉」


 指を通じて何かが流れるような感覚を感じ、慌てて手を放す。その反応に驚いたのは俺よりもむしろ、隣にいたフィア。


「いや、今何か、手に妙な感じが……」


 言いつつ振り返った先で。……リゲルとジェインが、なぜか俺の上あたりを見つめていた。


「……今」

「――何か見えたな」


 呟いたのち、俺の方に視線を移したジェイン。


「手の方は大丈夫か?」

「――ああ」


 頷く。妙な感覚がしたので咄嗟に手を放してしまったが、何か変化が起きたわけではないようだ。痛みもなければ痺れもなく、開き握りする動作も問題ない。


「なら、確かめてみるか」


 歩み寄ったジェインが金属板に手を振れる。やはり一瞬先の感覚がしたらしく、眉根を潜めたが。


 ――次の瞬間。金属板の斜め上方に、精密なCGのような半透明の立体図が浮かび上がった。


「これは――」

「……やはりな」


 決め所とばかりに眼鏡を押し上げるジェイン。


「地図はその板であっていたんだ。どういう仕組みかは分からないが、恐らく手を当てた人間の魔力に反応して映像が浮かび上がるようになっているんだろう」

「おお! すげえなこりゃ!」


 思わぬ仕掛けを前にやや興奮気味なリゲルだが、確かにこれは凄い。凄いのだが……。


「……どうやって見るんでしょうか?」


 立体図が恐らくこの広い本山の全体を映していることもあって、このままでは地図として非常に使い辛い。細かくて随所も良く見えないし、本物を忠実に映しているせいなのか幾つもの線が複雑に入り組んでいる。この角度からでは斜め下から見上げるような形になるし……。


「そうだな。この図が手を当てている人間に応じて出ているとするなら、考えられるのは――」

「おおっ⁉」


 突如として今までズームアップされた立体図にリゲルが驚愕の声を上げる。――右、左。映し出す場所と大きさを様々に変え、しまいにはグルリと角度まで変え始める。


「同期している人間の意志によって操作できるらしい。――『一階ホール』とは、今いるここのことか」


 呟きつつ素早く立体図を動かしていく。……俺にも分かる。拡大された見取り図の各部に、光る太字で指し示された名称。


「……検索機能もあるなら大体の設備と位置は分かるな。皆、どこか行ってみたい場所はあるか?」


 更に動かしつつ。


「僕が見た限りだと、書庫や休憩室、談話室、庭……サロンというのもあるらしいな。上の方は立ち入り禁止エリアが多くて行けないようだが……」


 ジェインが操作するとそれぞれの設備がアップで立体図として映し出される。――本棚が所狭しと並んでいる部屋に、ベッドのようなものが幾つも置いてある丸い空間。何人もの人が腰掛けている開放的なスペース、種類の分からない木や植物の生い茂った外、そして最後に。


「……」


 ゆったりとしたソファーが並んでいる、複雑な模様の絨毯の敷かれた室内が浮かび上がる。……サロンか。


「僕は書庫に行ってみるかな。魔術について書かれた著作を読んでみたい」


 教会の設備として見学しつつ、訓練の疲れを癒すのには良さそうだと思う中、ジェインが上げた希望。


「ん~見た感じだと俺は特別ここ! って場所はねえな。二人はどうよ」

「私も……特には」

「……俺は――」




 ――というわけで。


 ジェインは書庫、俺たちは中途にある幾つかの場所を見つつサロンへと、それぞれ向かうことになった。図らずしてジェインの単独行動となったわけだが。


「気を付けてくださいね、ジェインさん」

「ああ。大丈夫さ」


 やや心配げなフィア。危害を加えられるようなことはないだろうとはいえ、確かにこのある意味得体の知れない場所を一人で動くのは少し不安があるようにも思える。


「入れねえ場所に入らないように、気を付けるんでちゅよ~?」

「……死にたいのか? よくよく見ればそのスーツの色、代表的な生活害虫であるゴキブリにそっくりだな」

「はあ? このスーツの色はシルバーブラックなんだが? ダンディな男のイメージカラーだろうがこの色音痴が」

「そこまで言うか……」


 とはいえ当のジェインからは全くそんな雰囲気は感じ取れない。重要なのは先輩たちの注意を守ること、その点ジェインならば大丈夫だろう。


「それじゃあまた。基本的には訓練場に直接行くと思っておいてくれ。時間があれば僕もサロンの方に行くかもしれないが」

「ああ、分かった」


 書庫のある方は俺たちとは反対方向だ。振り返らないジェインの背を暫し見送って、俺たちも自分たちのルートへ歩き出した。



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