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※旧版につき閲覧非推奨 彼方を見るものたちへ  作者: 二立三析
第四章 魔術協会での生活
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第七節 修練開始

 

 ――決闘場から、歩くこと数分――。


「着いたわね。――ここが修練区画よ」


 立慧さんに着いて訪れたのは、一面に多くのドアの並んだ空間。


「……あまり他に人はいないんですね」

「ここは特別区画だからな。一般の方とは違って、普段使う奴は殆んどいない」

「――じゃあ、私は真ん中の部屋でやるから」


 早速そう言った立慧さんが来いと言うように俺とジェインを手招きする。というか。


「別々の部屋でやるんすか?」

「あんたたちは全員必要な指導の内容が違うしね。分かれた方が気が散らないし、動いたりする場合は邪魔になるかもしれないでしょ」


 それはそうだ。俺はジェインと二人で指導を受けるので、それほど不安はないが……。


「よろしくなカタスト」

「は、はい」


 先ほどからやや元気のないようなフィア。先輩と一対一になることに、少しの不安を覚えているように見える。


「んじゃ、俺らはこっちでやるか。めんどくせえなぁ……」

「あー、よろしくお願いしまっす」


 溜め息を吐く田中さんに着いていくリゲル。扉を潜り際。


「バリッバリに修行して来るぜ! 楽しみに待ってろよ⁉」

「――ああ」


 振り返り言ったその台詞。少し強がりが入っていることは何となく分かる。なぜ先輩たちは、リゲルの指導役に田中さんを選んだのか……。


「まあ、精々頑張るんだな」

「うっせジェイン! ――フィアも頑張れよ」


 またあとでなと手を振って中へ消える。扉の閉められたあと、暫しの静けさが空気に流れ。


「私たちはこっちだ、カタスト」

「はい」


 少し影が残る雰囲気のまま、フィアが別の部屋を目指して千景先輩に付いて行く。揺れるその背中に――。


「――フィア」

「どうしました?」


 気になって声を掛けた。振り向いたフィアに、何を言ったものか迷い。


「……無理はするなよ?」

「え?」


 選び出した言葉。言われたフィアは、暫し俺を見つめ。


「……はい。ありがとうございます」


 そう言い残して、待っていた先輩と部屋に入っていく。……答える際の少し硬さが残る表情が、俺の目にはやけに弱々しげなものに見えた。


「……」

「……大丈夫さ」


 ジェイン。


「先輩なら上手くやってくれる。そのはずだ」

「……ああ」

「ほら、いつまで突っ立ってんのあんたたち。閉めるわよ?」

「――っ」


 ――そうだ。先ほどからずっと扉を開けて待っていてくれていた立慧さんに済みません、と頭を下げて動く。これ以上ぼやぼやしていると本気で廊下に取り残され兼ねないという危機感を覚えながら、ジェインと共に急ぎ足で扉を潜り抜けた。


「……これは」


 ――背後で微かに響くのは、入ってきた扉の閉まる音。立慧さんがゆっくりと歩いて来るのを感じつつ、その光景を見る。


 俺とジェインの前に広がったのは、幅と奥行きが共に数百メートルはありそうな、広く殺風景な空間。見上げた天井もやけに高い。インテリアや障害物といったもののない単純な長方形。本当に訓練の為だけの部屋といった感じだ。


「――ここの部屋の内部には、特殊な材質と保護術式が組まれてるの」


 歩きつつ。後方から俺たちの前へと回ってきた、立慧さんが言う。


「内部の音や魔力は外に漏れないし、多少はっちゃけても部屋が傷付くことはない。思う存分無茶ができるってわけ」


 反応を見るような目付き。――そうだ。


「私があんたたちの指導をするわけだけど、当然二人には別々の内容を課すわ。これから説明するからよく聴きなさい」

「――はい」

「分かりました」


 ――これから修行が始まる。全身に漲る緊張にそのことを覚えながら、俺とジェインは共に、低い声でそう答えた。









「……」


 ――千景先輩に連れられて入った部屋。閉じている扉を見ると、自分が今一人でいることをどうしようもなく自覚させられる。


「――よし」


 部屋の状態をチェックしていたのか、少し中を見渡していた先輩が私の方を向く。この頃はずっと黄泉示さんたちと一緒にいたせいか、一人でいることがやけに慣れない。


「始めるか。まず、私が指導するに当たっての方針だが――」


 ――もう、黄泉示さんたちの指導も始まっている頃だろうか。


「――カタスト?」

「はい?」


 先輩の声に焦点を合わせる。反応にやや眉根を寄せた先輩。


「聞いてたか? 今私は、何を言ってた?」


 訊かれてそれがまるで思い出せないことに気付く。……しまった。


「す、済みません。その……」


 いきなり初めから。壁に向けて泳ぐ私の視線を見て、先輩は察したように息を吐いて。


「……他人のことを心配するのを大事だが、今は自分のことに集中しなきゃならない。分かるな?」

「は、はい」


 全く以てその通りであることに恐縮する。……そうだ。


 黄泉示さんも、リゲルさんもジェインさんも頑張っているに違いない。私も、私にできることを頑張らなければ。


「……」


 ……できる、ことを。


「どうした?」

「……いえ」


 声を掛けてきた千景先輩に、控えめに執り成す。こんなことを言っても仕方がない。今の私たちの状況から見れば取るに足りない、小さなことなのだから。


「――落ち込んでるのか?」


 ――そう思っていた私の胸の内を突く一言に、言葉が詰まる。突かれた核心に、直ぐには繕いの言葉が出てこない。


「さっきの測定のこと。もしやと思うが」

「……そう、ですね」


 自分でも分かるほどの動揺は、完全に誤魔化す機を失ってしまっていて。


「別に、なにかがあると思っていたわけじゃないんですけど」


 ――先輩に導かれて訪れたのは、今までの普通とはまるで違う魔術協会という新しい場所。私以上に小柄な先輩の、力強く戦う姿を目にもした。


 そのことが私にほんの少しの期待を齎していたのかもしれない。なにか凄い才能や特別な力があるなんて思ってるわけじゃない。だけど――。


「実際に何もないっていうことを知ってしまうと、少し、残念な気分です」


 できることなら、何かがあって欲しいとは思っていたのだ。黄泉示さんたちの力になるために、少しでもできることがあって欲しかった。……それを否定する現実を突き付けられるのは。


「……カタスト」

「はい」


 少し辛い。どうしようもないことだと分かってはいても。私を見る先輩。……落ち込んではいられない。そう言っても私は、ここから頑張るしか――。


「――案外、人の話を聞かないタイプなのかもな」

「え?」

「立慧も言ってたろ。適性ってのはあくまでも、属性についてのものだ」


 思わず訊き返した私に。優しく言い聞かせるような声で、火とか水とか風とか、とそう言葉を続ける先輩。


「魔術にはそれ以外に系統ってものがある。魔術の効果や目的なんかをざっくり分類したものなんだが……」


 言葉の途中。私を見て、少し笑んだ。


「この向き不向きは測定だけじゃなく、試してみないと分からないところがあるんだ。私の見立てじゃ、カタストに向いてそうだと思う系統も幾つかあるんだがな」

「――え」


 意外な。思ってもいなかった台詞に、一瞬どう反応していいのか分からなくなる。……私に向いていること?


「そ、そうなんですか?」

「ああ。――カタストは、どんな魔術が使えるようになりたいと思う?」

「えっ――?」


 脈絡のないような不意の質問。ええと……。


「どんな……ですか」

「ざっくりとで良いんだ。大切なのはモチベーションだからな」


 てっきり先輩の方から一方的に教えられるものだと思っていたので少し戸惑ってしまう。そう言われても、すぐには。


「訊き方を変えた方が良いか。――魔術を使って、どんなことができるようになりたい?」

「……」


 したいこと。私の……。


「……守れるように、なりたいです」


 ――私の脳裏に蘇ったのは、あのときの記憶。


 心の底から自らの無力を呪った瞬間。――黄泉示さんが殺されそうになったとき、初めのときも、二回目のときも。私はただそれを見ていることしかできなかった。


 伸ばしたこの手が、叫んだこの声が。あの人を守ってくれたらどんなにいいかと、そんな叶うはずのない願いに思いを託すことしかできなかった。


 ――嫌だったのだ。


 あんな想いをするのはもう。……二度と。


「……そうか」


 私の言葉を受け止めた先輩。思わず本心から出てしまった台詞に、その先の言葉を待つのが少し怖く。


「その、あんまり、人を傷つけるような魔術とか、そういうのは使いたくないですし……」

「やっぱりカタストには、【治癒】や【障壁】辺りの系統が向いてる気がするな」


 お茶を濁すような私の言葉を遮って紡がれた先輩の台詞に、逸らしていた眼を合わせた。


「え――?」

「【治癒】は文字通り傷を癒す魔術で、【障壁】は防御の魔術。共に誰かを守りたいとか、傷付けたくないとか、そういった動機が大事になってくる」


 今カタストが言ったように、と。


「実は私もその辺の魔術が得意なんだ。多分だが、立慧もそう感じて私をカタストの指導に当てたんだと思う」


 ……立慧さんが。


「私も指導する以上はきっちりやらせてもらう。――ついては、まず基礎からだな」


 その言葉を噛み締める私の前で。話し出す先輩の口元が、僅かに上がったような気がした。









「――ふう」


 訓練場を出た途端、そんな声が口を突いて出てくる。合間に挟まれた休憩の時間。


 訓練も初回ということで、内容を幾つかに区切ってやっていくらしい。立慧さんから提示された休み時間は十五分。効率的に使えば別だが、ぼやぼやしているとあっという間に過ぎて行くような時間だ。……少しでも有効に使って、身体を休めておかなくては――。


「あ……黄泉示さん、ジェインさん」


 そう思っていたところで。扉が開き、フィアが外に出てくる。一見、そこまで疲れているような様子はない。


「お疲れ様です。二人とも休憩ですか?」

「ああ。カタストさんも?」

「はい。内容の方がひと段落したので……」


 フィアの指導の方の中身を聞く。千景先輩としてはまず、フィアに魔術の基礎知識を学ばせるところからやっているらしい。ある程度の説明を聞き終え、具体的な実践に移ったのがついさっきなのだと言う。魔術を扱う上での初歩的な訓練らしいが……。


「……魔術の基礎訓練って、どんなことをやるんだ?」

「……ええとですね」


 考えるように言って、何やら前に持ってきた腕の両掌を向い合せるフィア。


「こう、して……!」


 フィアが意識を集中させたような素振りをすると同時に、翳した手とその間の空間が仄かに光を放ち始める。……これは。


「おお……?」

「……自分の中にある魔力の流れを確認する訓練らしいです。制御のために必要なことだそうで……」


 フィアが力を抜くと光はすぐに消えたが。……凄いな。感想を口にしようとしたとき、フィアの息が軽く乱れていることに気が付く。


「……悪い。無神経だった」

「あ、いえ、これくらい……黄泉示さんたちは、どんな訓練をしてるんですか?」

「俺とジェインは――」


 息を整えつつ訊いてくるフィアに、ジェインと互いを見る。一応同じ立慧さんから指導を受けてはいるわけだが、やっていることはまるで別なのだ。


「僕は主に概念魔術の訓練だな。【時の加速・遅延】をもっと上手く扱えるようになるコツを教えてもらって、それの反復が基本だ。蔭水は――」

「――近接戦闘の訓練だな。立慧さんに直接手合せしてもらってる」

「え……大丈夫なんですか?」


 不安気なフィア。あの模擬戦闘での腕前を見ていれば、そう思う気持ちも分かる。


「ああ。……一応、ちゃんと手加減はしてもらってるから」


 そう(うそぶ)く。全くの嘘というわけではない。立慧さんに相手をしてもらっていることも、手加減されているというのも勿論本当だ。……ただ一点。


 あの模擬戦と違って俺がやっている訓練では実際に攻撃を当てられる。……これが中々にキツイ。急所は寸止め、それ以外の場所でも重大な怪我は負わないようにしてくれているらしいが、殴られる痛みは本物だ。


 フィアが知れば心配させてしまうのが目に見えるようなので、そのことは伏せておく。……ジェインもそれが分かっているから、俺の訓練に関する部分は俺自身に話題を振ったのだろう。


「そうですか……。気を付けてくださいね?」

「ああ」


 頷く。少し微妙になってしまった空気を、どうにか変えようと――。


「――そういえば、リゲルが出てこないな」


 思って思い付いたこと。視線の先の扉は閉まったまま。一向に開く気配がない。


「僕らより先に出て戻ったのかもしれない。……正直、どんな指導をしているのかは想像もつかないな」

「……確かに」


 フィアも頷く。リゲルは田中さんの指導を受けているはずだが、あの人が何をどんな風に教えるのかは確かに謎だ。あれでも一応は支部長。優秀な魔術師なのだし、重力魔術について教える辺りが無難だろうかと思うが。


「――カタスト」


 扉の一つが開き、中から先輩が顔を出す。


「そろそろ時間だ。再開しよう」

「あ――はい。今行きますっ」


 悪いな二人とも、という先輩にいえ、と。呼ばれてそちらの方へ向かって行くのを目にする中、何を思ったのかフィアはその途中でくるりと反転すると。


「お、お互い、頑張りましょう!」


 ぐっと両拳を握りしめると共にそう言って、扉の向こうへと消えて行った。……少し気恥ずかしそうに。


「……」

「カタストさんにああ言われては、僕らも頑張る他ないな」

「……そうだな」


 二人して頷く。……こちらも、そろそろ時間だ。立慧さんに呼ばれるより前に帰っておこうと。


「――」


 その気概で。俺とジェインは、扉の先へ向けて席を立った。



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