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※旧版につき閲覧非推奨 彼方を見るものたちへ  作者: 二立三析
第一章 新しい日々の始まり
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第五節 考える支部長

 

「うーん……」


 通りに並ぶ一つの店の中、一人の男が商品を前に悩んでいた。


「どっちが良いのかな……」


 真剣な検討の表れか、その口から思わず呟きが漏れる。視線の先にあるのは二着の衣服。


 片方は見れば誰もが仮装かと思う大げさな意匠をしたタキシード。その横にはご丁寧にシルクハットとステッキまで置かれている。そちらに目を遣ってうんうんと唸る――。


「……うーん」

「お客様。どうかなさいましたか?」


 男の迷っている姿を目に留めて、店員と思しき女性が近付いてきた。


「……いやね? この二つだったらどっちの方が良いかと思って悩んでたんだけど……」

「そうでしたか。宜しければどんな場面でお使いになられる予定なのか、教えていただいても構いませんでしょうか」


 手慣れた様子で店員は尋ねる。その言葉に男は少し考えるような仕草を見せたが、一分の隙もない営業スマイルを浮かべてこちらを見つめる店員に観念したのか、少し経ってから言葉を紡ぎ始めた。


「……あー。実は今度の火曜に、うちの会社のお偉いさんと会うことになってんだけど……」

「はい」

「そのときに着てくなら、これとこれ……どっちが良いのかと思ってね」

「……は?」


 その質問に店員は思わず素で訊き返してしまう。


 ――この男は、この店がパーティー用の仮装グッズを取り扱う店だと知らずに入ってきたのだろうか。


 いや、例え間違えて入ったとしても、並んでいる商品を見ればそれぐらいのことは分かるはず……。


「どうもこういう店は慣れてなくてね……チョイスが分からなくて困ってたんだ」


 ――いや! だからこの店はそもそもあなたが求めてるような品を扱う店じゃないんですよ!


 そう言いたくなるのをグッと堪え、店員は貼り付けた笑みを崩さずに対応する。


「やっぱ地味な色よりも派手な方がいいのかな……賑やかで」


 そう言いつつ男が目の前の二つから手に取ったのは、これでもかと言うくらい派手に輝く金色のスーツ。少なくとも、まともな感性を持った人であれば目上の人間と会う際には絶対に選ばないであろう服装だ。


「そうですね……。……不躾ですが、会社の方に制服などはおありでしょうか?」


 このまま行けばこの男はそのお偉いさんとやらに大変な失礼を働くことになる。そうなってから服のせいでどうのこうのとクレームを持ち込まれては面倒極まりない。そうならないようさり気なく誘導するつもりで、男に質問を投げ掛ける店員。


「一応あるにはあるんだが、ホント滅多に来ないようなお偉いさんだからね。いつも通りの服装じゃ失礼だと思うんだけど……」


 いや‼ こっちの方がどう考えても失礼だろうが⁉


 心の中で叫びながらも、店員は今の自分に可能な限りにこやかな表情を浮かべてこう伝えた。


「――いえ。そう思われる方も多いのですが、実際はやはりいつも通りの服装で会われた方が、変に畏まっていないということで意外に印象が良くなるものなんですよ」

「……へえ、なるほど! それは確かに盲点だったな」

「ええ。ですから――」


 ――なぜ自分がこんなお守りのようなことをしなければならないのか。


 遣る瀬無い思いを外見には出さないまま、店員はあくまでにこやかに会話を進めていった。





 ――支部への帰り道。目当ての買い物を済ませて店を出た男は、悪くない気分で道を歩いている。途中の店、親切で気のいい店員と出会えたことを感謝しながら。


 ファビオ・グスティーノ。紙袋を持った何とも威厳のない姿ではあったが、これでも三大組織の一角、魔術協会に属する魔術師である。若輩ながらもその腕前が認められ、第十四支部の支部長となったのがつい先月のこと。何に付けても慣れないことばかりでてんやわんやの日々を送っていたのだが、補佐や周囲のサポートもあって何とか支部長としての業務を滞りなくこなせていた。


 ――そんな彼の支部がつい数日ほど前、覇王派の反秩序者による突然の襲撃を受けた。


 一説には全魔術師の七割近くが所属すると言われる魔術協会。ここ十数年の間に立て続けに大きい事件が起こったことでその権勢が一時落ち込んでいたのは事実だが、大きな混乱が収まった今ではその力は既に回復しつつある。


 そこにまさか直接強襲を仕掛けてくる輩がいるなどとは、ファビオを含めて支部の誰もが夢にも思っていなかったのだ。分別のない覇王派のお陰で襲撃の報を受けたときには相当に面食らったものの、これまた幸運なことに何とか死者を出さずに撃退することができた。……そして明日なんと、現四賢者の筆頭として名高い式秋光がその件で自分を訪ねてくることになっている。


 ――わざわざ四賢者が来るってことは、やっぱ訊かれるのはあのことについてだよなぁ……。


 襲撃について詳しい話が聞きたいということだったが、既にある程度の詳細は纏めて調書として総本山に送達済み。急ごしらえの調書とはいえ要点は欠かさずに盛り込んでおいたし、襲撃の内容を知るのにはそれで充分なはずだった。


 ――にも拘らず、四賢者が足を運んでまで自分を訪ねてくる理由。それについて、ファビオは一つしか心当たりを持ち合わせていない。……歩を進めながら、数日前の襲撃について思い返す。


 支部を、そして何よりも、今まで自分を支えてきてくれた支部のメンバーを守り通す。


 その一念であのときファビオは戦っていた。協会の支部に攻め込んで来るだけあって敵もまた相応の手練れであり、加えて奇襲を受けたファビオたちは対応が遅れ、初手から守勢へと追い込まれていた。……それでも全力で戦い抜き、敵の中に数人存在した自分しか対処できないであろうレベルの技能者。その最後の一人をやっとの思いで沈めることに成功する。


〝……ふぅ〟


 軽く息を吐き、すぐに他のメンバーの加勢に向かおうとした、その瞬間だった。


 ――敵の後方で佇むソレが、ファビオの目に鋭く突き刺さる。


〝……‼〟


 その姿を見た刹那、全身にそれまで体感したことのない震えが走ったことを覚えている。


 ――末端まで含めれば総勢数十万と言われる魔術協会のメンバーの中でも、頂点に立ったただ五人。四賢者と大賢者(マスター)、それも緊急時にのみ着用が許された『古典術式礼装』。


 ――世界に八つしか確認されていない強大な力を秘めた魔道具、『神器』。そのうちの一器であり、三大組織の一角にして最も長い歴史を持つ組織、聖戦の義によって厳重に保管、管理されていた『名も無き栄華の剣』。


 共に今より数か月前、ある一人の男によってそれぞれの組織から奪取されたものだった。思わず自分が見たものを否定するが、目に映る事実は尚も変わることはない。その二つの魔具を身に付け、威厳すら感じさせる静けさで戦況を眺めているあの男は――。


 ――元稀代の大賢者にして、今は三大組織より追われる身に堕ちた裏切り者。


〝九鬼、永仙……〟


 その名が口を突いて出る。……魔術協会を裏切り、組織を崩壊の危機に陥れてまで行ったのは聖戦の義からの神器の奪取。直後に行方を晦まし、三大組織が血眼になって行った捜索でも手掛かりさえ掴めなかった。


 今なお三大組織の間では警戒網が張り巡らされており、何処かに潜んでいるはずのその動向が探られている最中。その張本人が今、ファビオの視線の先にいるのだ。


〝――〟


 魔術師となって日が浅いファビオでさえ、彼の武勇伝を噂程度には聞き及んだことがある。歴代の四賢者の中で最も若くしてその座を掴み取っただけでなく、《厄災の魔女》討伐への参加に、《救世の英雄》の称号を得たその偉業。


 僅かな時を経て大賢者にまで上り詰め、当時協会に所属していた魔術師の誰一人としてその選出に異議を唱えることはなかったという、憚ることなき真の実力者。


 かく言うファビオとて、これまでに支部長に任命された魔術師の中ではかなり若い部類に入っている。それに見合うだけの誇りはあったし、また実力もあるつもりだった。大賢者離反の報を聞き、あわよくば自分が、と。不可能だとは知りつつも、そう夢想できるくらいには。


 ――本物を目にして分かった。


 無理だ。


 自分では絶対に、あの人物には敵わない。蟻と象、それほどの力の差を、目にしただけでも感じさせられている。為す術もなく、ただ死を迎えるだけ――。


 気付けば全身から冷や汗が吹き出していた。動こうとしていたはずの足は立像の如く硬直して、一歩でさえも踏み出すことができない。


 生まれて初めて味わう感覚――本能的とも言える恐怖の中で、ファビオは自分たちの死が最早逃れられないものであることを悟っていた。


 だが、次の瞬間。


 ――永仙の指が宙をなぞる。……見慣れぬ魔術的な所作。辛うじて、彼が戦闘中の反秩序者たちに何か指示を飛ばしたことだけが理解できた。


 それを皮切りとしてか。戦闘の最中にあった反秩序者たちが一斉に、自ら攻めて来たとは思えないほど速やかに後退。間を置くことなく撤退へと転じていく。――戦闘を放棄して突如退いた。


〝……てめえら、待てっ!〟

〝逃がすかっ!〟


 その挙動に刺激されたのか、数秒前まで交戦していた支部の魔術師たちのうち、血の上った何人かが逃げる反秩序者らを追撃しようとする――。


〝――止まれッ‼〟


 ――九鬼永仙(あの男)退()いた。


 その事実を未だ信じられない気持ちで目の当たりにしていたファビオ。追撃に向かおうとする者がいることに気付いて我に返り、慌てて一喝の下に彼らを制止する。


〝……追うんじゃない。それよりも、怪我人の手当てが先だ〟


 襲撃してきた相手を追うのをなぜ止めるのか……。


 焦りを感じさせるファビオの挙動も併せてそのわけが今一つ掴めていない様子の魔術師たちだったが、直ぐに手当てをしなければならない状態の者もいることを思い出したのだろう。ファビオの言葉に冷静さを取り戻した体で仲間の下へと駆け戻ってくる。


 ……それを見届けて、ファビオは心の底から安堵の溜め息を付いた――。


「……」


 今思い返してみれば、なぜあの状況で自分たちが助かったのか不思議だった。


 自分が目にしたあれは、間違いなく九鬼永仙本人で間違いない。……服装、容姿、そして何より全身から発せられていた圧倒的な強者の気配。何もかもが聞かされていた特徴に合致する。どんな幻術の類であってもあそこまで正確に他者を模倣することはできないだろう。恐らくは。


 ――だからこそ、その真意を測りかねる。


 支部を壊滅させる為に来たのなら、あの場面において退却を選ぶ要因はなかったはずだ。更に言えば覇王派とはいえ反秩序者などに任せるのではなく、永仙自身が手を下していればより速やかに事が運べたことは疑い様がない。


 (のち)の調査で分かったことだが、あのときには支部の直下を通るレイラインの一部に濁りが生じており、普段なら万遍なく支部を覆っているはずの結界に微妙な綻びが生じていた。天然の地脈を利用し、常設型のものとしてはこれ以上ないほど強固に作り上げられた結界。


 最高位魔術の攻撃にも耐えるそれが通常通り作動していたならば、四賢者クラスの魔術師とてそう易々と内部に侵入することはできない。無論結界の綻びに気付いたからこそその機に乗じて攻め込んできたのだろうが。


 それにしては詰めが甘すぎる。支部一つ壊滅させられるという多大な好機を見す見す逃したも同然なのだ。仮に永仙本人が出て来ていれば、結界の綻びに気付いていなかった自分たちは総崩れのまま早期に壊滅していたはず……。


 いやそもそもが、永仙と覇王派が行動を共にしているというのがファビオ、ひいては協会にとっては正しく衝撃の出来事だった。事実上三大組織から離反しているとはいえ、永仙が元々魔術協会で指導的な立場を取っていた人物であるという事実には変わりがない。


 彼が大賢者に就任して以後協会が穏当路線をとったことは確かだが、四賢者時代の彼に煮え湯を飲まされた反秩序者も一人や二人では済まないはず。……抱き込めば相当の戦力になるとはいえ、下手をすれば内部分裂を招きかねないような爆弾をなぜ、よりにもよって凶王派の一つである覇王派が迎え入れたのか……。


「……」


 考え込んだせいで頭が痛くなってくる。……駄目だ。分からない。そもそもそう言ったことを全て抜きにしても、わざわざ一旦支部にまで攻め込んでおきながら、なぜああもあっさりと退く必要があるのか。そのことがまるで見当も付かない。


 ――今考えたところで仕方がない、か。


 思考の末、ファビオはそう割り切ってしまうことにする。……粋がってみたところで自分はつい最近支部長になったばかりの若造だ。


 実績も経験も先達の支部長たちにはまだまだ及ばず、反秩序者と三大組織を巡る情勢を全て理解しているわけでもない。九鬼永仙(あの男)に何か狙いがあったのだとしても、自分にそんなことは到底分かるはずもないのだ。


 ――明日秋光が話を聞きに来るというのなら、彼に判断してもらった方が無難だろう。


 四賢者就任以前。永仙と古くからの親交があると聞く彼ならば、何か分かることがあるのかもしれない。


 そう自分を納得させながら、ファビオは支部への道を歩いて行く。既に道筋は郊外周辺に差し掛かり、あと十五分ほど歩けば修復された支部の外壁が見えてくるはずだった。


「……」


 ――肌がひりつくような、害意の籠った視線。何度体験しても慣れることのない感覚。


 それを首筋に感じて思わず眉を顰める。――尾行られている。視線を感じさせている辺りかなりお粗末な尾行だが、気配の消し方からすればただの物取りというわけではなさそうだ。……反秩序者か、それとも別の敵対組織の手の連中か……。


 ふう、とファビオは一つ溜め息を付く。――先日の襲撃のことといい、最近の自分には何か良からぬものを引き寄せる霊でも憑いているのだろうか。一度お祓いでもしてもらった方が良いかもしれない……。


 栄えある魔術協会の支部長であるはずのファビオだったが、就任以後の度重なる気苦労に今は半ば本気でそんなことを考え始めていた。三大組織の一角である天下の魔術協会。そこに所属する魔術師が襲われる事態など、数十年前ならいざ知らず、近年では天然記念物並みの稀さなのだが。


 ――支部のメンバーは前の襲撃で疲弊している。負った傷からまだ完治していない者も数名おり、戦闘には軽くない危険が伴う。何が目的かは知らないが、この程度の相手なら自分が直接処理してしまった方が速いか。


 そう考えてファビオは支部へ続くのとは別の道へと進む方向を変える。この先に今は使われていない古城がある。そこに追跡者を誘導し、迎え撃つ。


 明日は秋光が訪ねてくるのだ。煩わしい処理はさっさと終わらせて、万一にも非礼のないよう準備を入念に整えておかなくてはならない。


 そんな心情を反映してか、徐々に早くなる足取りを他人事のように感じながら、ファビオは目的の地へと向かって行った……。


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