第六節 それぞれの才能
――数分後。
「……」
「……」
「……」
「……」
椅子に座り込み。俺たちは一様に、沈み込んでいた。ガックリと――。
「――全く、しっかりしなさいよ。葬式じゃないんだから」
立慧さんからそう声を掛けられる。確かに事情を知らない人間が見れば、通夜かなにかとでも勘違いしたかもしれない。そう思ってしまうくらいに、今の俺たちの空気は沈んでいた。
「……」
――意気高々と立慧さんとの戦闘に臨んだ先刻。
〝うらぁッ‼〟
〝……ッ!〟
【時の加速】。倍速で動く俺たちに虚を突かれたような立慧さんを襲ったのは、手筈通り繰り出されたリゲルの重力魔術。微かに歪んだ表情。――効いている。持ち手が分からない以上迂闊には仕掛けられないが、その表情に手応えを感じつつ、俺が側面へ回ろうとしたそのとき。
〝あっ⁉〟
〝ッ⁉〟
距離を取って動いていたフィアが、いきなりなにかに躓いたように転んだのだ。不意に挙げられた声に半ば反射的に振り向いてしまった俺。……気付いたときにはもう、遅かった。
〝――油断大敵ね〟
真後ろで囁いた声。握る終月を動かすより早く、強かな衝撃が胴を打つ。
〝っ⁉〟
〝はいお終い。ついでに〟
〝あうっ⁉〟
〝……マジかよ〟
続いて起き上がり掛けていたフィアも、額に凸ピンを喰らってアウト。模擬戦を離脱する。重力増加を即座に抜けて十メートルはあった俺との距離を一瞬で詰めてきたその動きに、リゲルから漏らされたのは驚愕の声。
〝チッ!〟
その直後に立慧さんが狙ったのは後衛のジェイン。――速い。疾駆する立慧さんの前にどうにか割り込んだリゲル。やらせはしないとばかりに左右のコンビネーションを放ったが――。
〝フッ――〟
〝グッ‼〟
落ち着き払った動きでそれを迎えた立慧さんは、独特な足の運びだけで空を切らせ――。一瞬の隙を見た懐に飛び込むような体当てで、リゲルを転倒させた。
〝残るのはあんただけど……まだやる?〟
そのあと場内に残されたのはジェイン一人。リゲルと俺を一瞬で仕留めた相手に、攻撃手段を持たないジェインが対抗できるはずもなく。
〝……降伏する〟
苦々しい台詞と共にジェインが両手を上げた、その時点で俺たち四人の敗北が決まった。
「……」
今更に思い返してみても惨敗だ。言いわけの仕様もない。力の差があることは分かっているつもりだったといえ、ここまでなにもできずに終わるとは思わなかった。【魔力解放】も、結局使うことなく……。
「……済みません」
振り返りの中で、隣りにいるフィアがポツリと呟く。
「私が、あんなところで転ばなければ……」
「……フィアのせいじゃない」
切っ掛けがフィアだったことは事実かも知れないが、あの結果はそれで済むような単純な話でもなかった。一つの綻びからああも綺麗に崩されたのは完全な実力差。俺たちの会話にジェインもそうだな、と頷きながらこちらを向く。
「カタストさんが転ばなくても、僕らはやられていた。早いか遅いかの違いだったろうさ」
「……ま、確かにな」
ふてくされていたように寝転がっていたリゲルが、息を吐きつつ起き上がる。
「――完全にやられたぜ。魔術師ってのはもっとこう、変な札とか手からビームとか出すもんじゃねえのかよ」
「確かにあの動きは凄かったな。変わった感じの……」
「拳法……みたいでしたよね?」
先ほどの戦闘――というよりは立慧さんの凄さについて、なんやかんやで俺たちが話をしていると。
「――少しは元気が出て来たか?」
近付いてきた、先輩に声を掛けられる。
「いやー、参ったっすわ。ちょっとイメージと違うんすけど、先輩たち魔術師ってのは格闘技もできるもんなんすか?」
「立慧は協会でも異色だからな。魔術と武術を組み合わせた独特のスタイルで、近接戦主体で戦う――」
「――ちょっとちょっと、なに勝手に話してんのよ」
先輩の言を聞き咎めて会話に加わってくる立慧さん。
「マナー違反でしょ千景。技能者の情報は、本人の了解がなきゃ――」
「そういえば立慧、途中でカタストが転んだのは……」
「あれはあの娘が勝手に転んだだけ。私はなにもしてないわ」
……なにもしてない?
「酷えもんだな。若い連中を率先していびるとは……お~怖っ」
「だから何もしてないって言ってんでしょうが!」
逆に言えば、立慧さんにはフィアを転ばせられる何かがあると言うことだろうか。またぎゃいぎゃいと騒ぎ始めた二人に対し、まあまあ、と先輩は宥めながら。
「――計測が終わった。模擬戦の結果も踏まえて、立慧に説明してもらおうと思うんだがな」
「さて……」
コホンと。先輩の言葉に改めるように一つ咳払いをして、立慧さんが俺たちを見回す。
「模擬戦と計測の結果だけど、この場で話すってことで良い? 何か知られたくない事とかあれば、別室で個人的な通達も受け付けるけど」
「大丈夫です」
言いつつフィアたちを見るが。……別に異議を唱える人間はいない。俺たちのその反応を見て一つ頷き。
「そう。なら順番に話してくわ。――まずは、リゲル・G・ガウス」
話し始めた立慧さん。口にされた名前に応じてなのか、水晶玉の奥から仄かな光が発せられる。浮かび上がった光に照らされるようにして、リゲルが僅かに身じろぎをした。
「模擬戦で見せてもらったけど、身体能力はかなり高いわね。近接戦闘の技術も割とあるみたいだし、その点は間違いなく強み」
ボクシングよね? と訊いた立慧さんにリゲルがおう、と頷く。……こんな感じなのか。
「あと、自分でも気付いてると思うけど……重力魔術の適性があるわね。それもかなり高い。――って言うより、これは――」
水晶の奥に目を凝らし。一瞬見間違いかというように目を瞬かせたあと、言葉を続ける。
「喜びなさい。あんた、支配級の適性があるわ」
「――本当か?」
「支配級? マジか、こいつに?」
その言葉を切っ掛けに、それまで立慧さんの説明を見守るようにしていた先輩と田中さんとが隣から水晶を覗き込む。……支配級?
「嘘なんて吐くわけないでしょ、ほら」
「……マジじゃねえか」
「〝星〟への適性が、限界値を超えてるな……」
「あのー、なんなんすかね、それって」
何やら色めき立っている先輩たちの反応とは裏腹に、リゲル当人の反応は至極平常なもの。……何の話だかさっぱり分からない。一応、リゲルの扱う力がなにか特別な物らしいことであることだけは分かるが……。
「何ってあんた――」
尋ねたリゲルに言い掛けて、はたと気が付いたように立慧さんは言葉を止める。
「……そう言えば素人だったわね、あんたたち。模擬戦があれだったから、丸っきり学術院の生徒にでも教える気でいたわ」
立慧さんはそう言って少し考えるような素振りになる。……学術院? 此処とは別に、何か教育施設のようなものでもあるのだろうか。
「――じゃあ訊くけど。あんたたち、魔術を使う上で必要になるものは何だと思う?」
「必要なもの……?」
いきなりそんな事を言われても。狼狽える俺の前で、じゃ、一人一個ずつ挙げてってもらおうかしら、などという立慧さん。不幸なことに、指された右端に立っているのは俺だった。
「……魔力、ですか?」
「じゅ、呪文とか……」
「気合いだな!」
「知識かと」
「……ま、概ねそうね」
俺たちの答えを聞き、立慧さんは軽く頷く。……本当にそうなのか? 中に明らかに一つ、おかしな答えがあった気がするが。
「――まず、魔力。魔術を使う上での燃料みたいなもので、これがないと話にならないわ。でも人間を始めとした生物の多くは固体差はあれど生まれたときからある程度の魔力を持っているものだから、一応これはクリア」
そう言って立慧さんが一本指を立てる。……本当に初歩的な説明のようだ。
「次に呪文ね。知識と言い換えても良いけど、発動条件を含めたその魔術に対しての正しい理解。魔術を使うに当たっての鍵となるもので、これがなければ魔術の使いようがない。――重要だけど個人の努力次第でどうにでもなるものだから、これも割愛」
二本目。
「次は精神力。集中力と言っても良いわね。魔術の発動自体は正しい呪文と必要な魔力さえあればできるものだけど、発動した魔術を制御したり、効力の大きさを決めるのにはこれが重要な要素になって来るわ。必須項目とは言えないけど、運用にはどうしても関わってくるものね」
三本目の指が立つ。――そうだったのか。リゲルの気合いという答えも、その点で強ち間違っていなかったということになる。
「まあ、大まかに説明するとこんなところなんだけど……これ以外に、魔術に関しては向き不向きってものがあるのよ」
「向き不向き……ですか?」
「一口に魔術と言っても、全部が同様の理論や体系の上に則っているわけじゃないわ。魔術の歴史は数千年以上に渡るし、当然その中で個々の体系は細分化と複雑化を進めてきた」
そこで一旦言葉を切り。
「……そうね。同じ走るのでも得意不得意があるでしょ。長距離が得意だったり、短距離が得意だったり。あれと似たようなものだと思ってもらえばいいわ。個人に伴った状況の違い、出生やら個性やらで何ができ易くてでき難いのかも変わってくる。普通ならそれは努力である程度変えられるんだけど……」
例えを入れたあとで話を続ける。
「――こと魔術を扱う際の属性に関してだけは、この向き不向きの要素が全てを決めるくらいに大きくなるの。それを私たち魔術師は、適性という風に呼んでいるってわけ」
「済みません。属性というのは、四大属性とかと似たようなものですか?」
「もうちょっと細かくなるわね。私たちが属性って呼んでるのは大きく、火、水、風、土、岩、雷、氷、暗黒、神聖……それにちょっと特殊なんだけど、星ね。それを使うのに必要な適性のうち、最上位のものがあんたの【支配】」
ジェインの問いに答えつつ、立慧さんは話の続きを進める。
「敵性には他にも【眷属】【使役】【統率】があるんだけど、支配級の適性は他とは別格。あんたがまともな指導も受けてないのにそこそこ重力魔術を扱えてるのは、そのアホみたいに破格の適性、【星の支配者】のお蔭なのよ」
「おお……まさか俺に、そんな力が……」
やや冗談めかして言うリゲルだが、少なくとも驚きは本物だろう。リゲルの能力がまさか、そんな才能によるものだったとは――。
「あとついでだけど、あんた素の魔力容量もかなり高いわね。……つっていうかこれ、下手すると私たちより――」
「……それじゃあ、ジェインさんもそうだってことですか?」
フィアの零した台詞に、思わずジェインの方を向く。……そうだ。
指導を受けずに魔術を扱えていると言う点で言うならばジェインも。リゲルと同じく、支配級の適性が――。
「残念だけど、そっちの奴はまた少し事情が違うみたいね。――ジェイン・レトビック」
主な点は話し終えたのか。リゲルの説明を切り上げて、立慧さんが話し始める。……違う事情?
「模擬戦を見た限りじゃ見た目通り頭が回りそうね。運動能力は低いみたいだけど、運動神経自体は悪くないんじゃないかしら? ……魔力量もそこそこ。こいつよりは低いけど、平均と比べれば充分高い部類に入る。それで、最も特筆すべきなのは」
リゲルを比較対象にしながら語っていき、ここが要点と言うように。
「コイツと違って、あんたには然したる適性がないってこと」
「え――?」
そんなはずはない。……これまでも。さっきの模擬戦だって、ジェインは現に。
「……概念魔術か?」
「多分ね。確証はないけど、ソレ以外考えられないわ」
時間の魔術を使っていたじゃないかと思う俺の前で、先輩とまた短く言葉を交わし、立慧さんが俺たちの方に向き直る。
「普通の魔術は世界内の何かしらの現象を動かして世界に影響を与えるわけだけど、中には概念そのものを通じて世界に影響を与える魔術があるの」
理解を見る為か、一旦間を置く。……俺たちの中から特に質問は出てこない。
「それが概念魔術。使い手は普通の魔術に比べて極端に少ないし、それも下位概念であることが殆んど。【時】の概念魔術を使える奴を見るのは私も初めてよ。それも独力でなんてね……」
「お二人とも、凄いですね……!」
立慧さんの漏らした息に呼応して、フィアが感嘆の台詞を口にする。視線を受けた先のジェインはいつも通りのクールさで。
「そう言われても今一実感が湧かないがな。気が付いたときには、使えるようになっていたわけだし……」
「まあな! これからは気軽に、《重力マスター・リゲル》と呼んでもらって構わねえぜ」
なんだその呼び名――……いや、冗談か。少し遅れて気付く。幾分か固くなっていた、場の空気を柔らかくするための――。
「才能に浮かれているようでは先が知れるな。それになんだ? その間抜けさが服を着て歩いているようなネーミングセンスは」
「はあ? 〝実感が湧かない〟とかカッコつけてる奴に言われたくないんですけど? レアな能力があるってんだから、もうちょい素直に喜んだらどうなんだよ」
「悪いが僕はその程度のことで浮かれるほど、暢気な頭をしていないんでな。それに二つ名を付けるなら、素直に《星の支配者/SternHerrscher》で良いだろうが」
「んだと――⁉」
あっ、そう言う話……? 命名を巡って二人が火花を散らし合う。しかもルビを振っている分全然素直ではない。
「……この二人はいつもこんな感じなのか?」
「ええ、まあ……」
「全くしょうがないわね……、――止めなさい。口喧嘩なんてみっともないわよ」
「えっ?」
立慧さんの言葉に思わず上げられてしまったというフィアの声。……言っていることは至極真っ当なはずなのだが、なんだろう。もう少し日頃の行いというものを振り返ってみても良いのではないだろうかと、なぜだかそんな気持ちにさせられる。なぜだか。
「ソイツの言う通り、才能なんて持ってるだけじゃ何の役にも立たないわ。強くなりたきゃこの先必死で磨くこと。名前の話はそのあとにしなさい。――まだ二人残ってるんだし」
俺とフィアの方へ身体を向ける。その動きに連れて二人も大人しくなった。……そうだ。
「それじゃ行くわよ。――蔭水黄泉示」
今は結果を告げられる最中。呼ばれた名に応じて水晶が光を零す。――俺の番か。
「家が家だけあって鍛えてない割に身体能力はそこそこ。魔力量も悪くない。使うっていう妙な技法についてはあとで見せてもらうから略すとして」
事務的に話されているだけなのに、聴く身としては案外緊張する。【魔力解放】については使う暇もなくやられたというのが事実だが、しっかり覚えていてくれていたようで良かった。
「立ち振る舞いに関しては殆んど素人ね。適性は当然だけど暗黒で、級は使役。……こんなところね」
特に新しい内容もなく言葉を締め括り、視線を一つ横にずらす。……少し拍子抜けなような気もしたが、いよいよ最後はフィアだ。
「――フィア・カタスト」
名告げと共に燐光を発する水晶の玉。
「他の三人と違って妙な経験はなさそうね。模擬戦闘中の動きも不慣れそのものだったし、身体能力も平凡。自分自身で特に自覚してる力もない。合ってる?」
「はい」
下げた手に力を込めて。傍目から見ても、少し緊張した様子のフィア。そのフィアの雰囲気を見て取ったのか、真っ直ぐな視線を前に立慧さんは一瞬言葉を止めるような素振りをしたが。
「そっちの奴と同じで、適性は見られなかったわ。魔力量は平凡。低くはないけど高くもないってとこ、以上」
次の瞬間には淀み無く、測定の結果がその口から告げられていく。……つまりは。
「ま、余り気にしない事ね。はっきり言うけどこいつらがただ単に異常なだけで普通は皆そんなもんよ。さっきもちょっと話したけど、適性で全部が決まるなんてことは全然ないし」
「……はい」
「ん、よし」
フィアには殆んどなんの才能もないということになる。……励まし――なのだろうか。掛けられた声に小さくではあるが頷いたフィアを見て、立慧さんが視線を戻した。
「――私の見立てと測定についてはこれで終わりだけど、何か質問とかある? 訊きたいこととか」
告げられた事実に頭の中で整理していることがあるからか、その言葉に手や声を上げる人間はいない。気になることと言えば……。
「――その、具体的な俺たちの指導に関してはどうなるんでしょうか」
「そうね。……元が四人に対して三人だから、どうしても中途半端な人数になるところは否めないけど」
俺の疑問にそう応えて、立慧さんが傍らに立つ二人を見る。……四人ということは俺たち全員。フィアも、変わらず指導の対象に含まれているということだ。
「千景――は心配してないんだけど、二人ともちゃんと見てたわよね?」
「勿論だ」
「ああ。仕事ですからね、はい」
「私がこいつらで……」
ふてくされたような田中さんの言動を無視して、立慧さんが俺とジェインとを指し示す。
「千景はこの娘。あんたはこいつの面倒を見といて貰おうと思うんだけど、どう?」
フィアを指差し、最後に、リゲルを示した。
「はぁ~~支部に帰りてえなぁ~」
「殴るわよ?」
「――ま、良いんじゃねえのか? 正直よく見てなかったから、分かんねえしな」
「そうだな。私もいい割振りだと思う」
「じゃ、これで決まりってことで。田中はあとで〆るから覚えときなさい」
笑顔で言葉の終わりを締め括った立慧さんだったが、恐ろしいことに目は少しも笑っていない。……どうしてこんな相性の悪そうな二人が同じ仕事のメンバーとして選ばれたのか。
「なら早速修練場に移動するか? もう昼までそんなに時間もない」
「へ? ……ああそうね。そうしましょう」
謎だと思う俺の前で、時間を確認した立慧さんが言った。
「――動くわよ。付いてきなさい」




