第四.五節 レイルへの通達
「――ボス。お電話です」
「誰からだい?」
受話器を受けた部下の声に、ボスと呼ばれた男はそう尋ねる。秘密裏に秘密裏を重ね上げたこの場所の回線。その番号を知っている者など、極々限られた数しかいないはずだった。
「もしもし。――ああ、久し振りだね」
電話の相手は特別名乗りを上げることをしなかった。おかしなことでもない。この場所に掛けられるということ自体が一つの身分証明のようなもの。自分が正体を詮索するのは無粋であると、受話器を渡した部下も充分に弁えており。
「何――?」
その声色に、待機していた部下は一瞬背筋の凍る思いをする。今一瞬、確かに男の声にはそれだけの鋭さが込められていた。
「……ああ。事情は分かった」
背もたれに身を預ける。
「まあしかし、うちの息子に限ってそれはないと思うがね。――何を驚く? 今の話を聞けば誰だって思い付く内容だろう」
少しばかり笑みを零し。
「まあ、協会が預かってくれるというなら是非もない。私も枕を高くして眠るとするよ」
内容は少しあれだが、どうやら落ち着いた話をしているようだ。そう思っていた部下は、男の次の言葉に再度心臓を震わされることとなった。
「――くれぐれも、宜しく」
死の宣告の様なその言葉を最後に、電話は終わる。部下は急ぎボスの手から受話器を受け取ると、足早にそれが有るべき位置へと戻した。
「誰からだったんです? ボス」
――怖いもの見たさと言うべきか。抑えきれない好奇心からそう尋ねたあと、直ぐにしまったと部下は己の過ちを悔いる。……ボスに、それもプライベートな内容を不躾に尋ねることは、部下としてあるまじき行為。そして彼のボスは、そうしたことに関してはそれなりに厳しい。
「……いや」
だが思いの外答えたボスの声に鋭さが込められていなかったことで、良くないと思いつつも部下は安堵する。――が、同時に不思議でもあった。今のボスの声は鋭さが込められていないというよりは、それ以前にどこか覇気が欠けているようにも思えた。そんなボスの声を聞くのは、彼が覚えている限りここ十年で一度も有り得なかったことであり。
「古い、友人さ」
「……友人?」
思わず問いを返してしまう。この人に、友人なんてものがいたのか? いや、勿論いてもおかしくないことは分かっているが……。
「ん、不服そうだね? どこか納得のいかない点でもあったのかな?」
「あ、い、いえ。ボスにも、ご友人がいらっしゃったんだなぁ……と、思いまし……て……」
次第に尻すぼみになる言葉。言い終えてから部下は意識する。――今のは、確実に失言だった。
なぜならそれを顕著に示す様に、その言葉を聞いたボスが今実ににこやかな笑顔を浮かべているからだ。
「そういえば、手を焼いている案件があるんだった。誰か任せられる有能でバイタリティに溢れている人間はいないかな?」
レイルが机の上に置かれていた書類をひらつかせる。己の運命を悟った部下が自ら断頭台に上がるまで、あと数秒――。




