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※旧版につき閲覧非推奨 彼方を見るものたちへ  作者: 二立三析
第四章 魔術協会での生活
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第四節 滞在 後編

 

「――ここが、本山の宿泊区画だな」

「……」


 その空間を見て少し拍子抜けする。魔術協会などという怪しい肩書の組織の施設ということで、どんなものかと身構えていたが、何のことはない。一見した感じはリゲル宅の作りに似ていて、どこぞのホテルのようだ。


「お前たちに使ってもらうのは一応外部から来る客用の部屋だから、余り不便はないと思うんだが……」


 そう言って先輩が手近な扉の一つを開けてくれる。中を見てみたが、そこそこ広い。


 開けてすぐの空間は俺とフィアが住んでいた部屋のそれぞれの個室よりやや大きい程度の間取りがあるし、奥に別のドアも見える。……やや殺風景ではあるが、品の良いホテルの一室といったイメージだ。そういった宿泊施設に泊まった経験がないので、実際のところどうなのかは分からなかったが。


「中には風呂と手洗いも完備されてる」


 説明を受けて頷く。――いきなりここに住めと言われたので少し、いや実際のところかなり不安だったが、少なくとも部屋に関しては心配要らなさそうだ。


「日用品とかはどうすればいいんですか?」

「できるだけ備え付けのものを使って欲しい。普通に必要な物なら大体揃っているはずだからな。足りないものがあればそれぞれ言ってくれれば、ある程度の物ならこっちで用意できる。ま、変なものだと困るが……」

「そんな面倒くせえことしなくても、俺らが買いに行くんじゃ駄目なんすか?」

「……何も聞いていなかったのか? 僕らは外に出れば、いつ襲われるかも分からないような状況に置かれている」


 呆れるように言ったジェインだが、当のリゲルは未だ不満げな目付き。


「つっても、俺らがいつどこに出るかまでは流石に分からねえだろ。目を付けられねえようにこっそり出て、パパッと帰ってくりゃあ――」

「――駄目だ」


 行けると。語調を上げて締めようとしたリゲルの言葉を、遮る厳しげな先輩の一言。


「……不安を煽るわけじゃないが、お前たちを狙っている連中は組織としてもそれなりの情報網を持っている。此処を出て直ぐに掴まれるといったことはないと思うが」


 最後の三文字音を明確に強めて、そうとは言い切れないとの事情を俺たちに思い遣らせる。


「安全の為にもできる限りこの本山に留まって貰いたい。不自由な思いをさせることになるのは、済まないが……」

「そんな。上守先輩のせいじゃ――」


 申し訳なさそうに笑う先輩にフォローを入れるフィア。その表情に普段のような明るさがないことは、きっと気のせいではない。


 居住箇所の強制に外出の禁止。……先輩たちが悪いわけではないとはいえ、これまでの生活と比べて遥かに不自由だ。暗い心持になるのも分かる。どうして、こんなことになってしまったのか……。


「……先輩は、俺たちを狙っている相手のことを知っているんですよね」

「ああ、まあな」

「――どうして、俺たちが狙われてるんでしょうか」


 ――そう、その点が問題だ。


 俺たちの側の誰にも心当たりなどない。核心を突いたつもりの俺の問いに先輩は、なぜか困ったような表情を浮かべて。


「――悪いが、その件については調査中だ」


 そう、期待を大きく外した答えを口にした。


「私たちもまだ手掛かりを探している段階にある。教えたいのは山々だがな」

「そう……ですか」


 仕方がない。そう思うように努めても、先輩たちに尋ねればもしやと思っていただけにそれなりの落胆があることを隠し切れない。……何もかも、分からないことだらけだ。


「――んま、今は取り敢えず、話しときゃならないことがあるな」


 神妙に言うリゲル。――なんだ? まだ、なにか。


「部屋割りはどうすんだ? 決めとかねえと不味いだろ」


 話題一転。不意のその発言で、やや重たげだったそれまでの空気が切られる。先輩も少し表情を柔らかくして。


「お前たち全員に一つずつ個室を用意してる。だから、それは各々の好きな様にしてくれれば……」

「いよっし! じゃあ俺ここゲッツ!」

「どの部屋も設備は同じなんだから、どこを選んでも大した変りはないだろうが……」

「うっせえなジェイン。俺はここが気に入ったんだよ」


 ……毎度の如く言い争い始める二人。もうこの二人は材料さえ見つかれば何でもいいのではないかという気さえしてくる。


「俺はどこでもいいな。フィアは希望とかあるのか? どこか」

「えっと、私も特にはないですね」

「――蔭水、カタストさん」


 ジェインから掛かる声に振り向く。


「悪いんだが、どちらかこいつの隣の部屋に入ってくれないか? ――この馬鹿と隣だと、夜までアホらしい寝言が聞こえてきそうだ」

「はあー⁉ 俺だっててめえみてえな陰険眼鏡の隣なんて嫌だね! 部屋が湿気で腐っちまうぜ。おー、じめるじめる」

「――もう一度言ってみろ。このグラサンマフィアもどきが……!」

「お? 戦るか?」

「いや、戦らないでくれよ」


 思わず先輩が突っ込みを入れるほど。このままだと、この場で取っ組み合いが始まりかねない。


「――俺が間に入ろう」

「――私が入りましょうか? 二人とも、そんなに嫌でしたら――」

「ん?」

「え?」


 同じタイミングで声を上げた、俺とフィアが顔を見合わせる。


「ああ。何なら二人一変に間に入ってくれても構わないぞ。……と言うか、ぜひそうしてくれ」

「まあ、俺は至って紳士的な人間だが? それでも我慢の限界ってもんがあるからな。なるべくコイツとは離れてた方がいいだろ」

「は?」

「あ?」

「……じゃあそうしましょうか」

「……そうだな」


 再び抗争中のヤクザ同士のようなメンチを切り出すジェインとリゲル。……というか、この例えはリゲルだと洒落になっていなかった。緊急時は別だが、普段この二人はなるべく遠ざけていた方が良いと、そのことを改めて意識する。無論二人の為にも、俺たちの為にも。


「仲が良いんだな。お前ら」


 何が面白かったのか、俺たちの様子を見ていた先輩が微笑ましい遣り取りでも目にしたかのような笑みを浮かべている。……あれを見て仲が良いと言えるとは、中々に先輩も剛毅な性格の持ち主のようだった。――流石はこんな仕事をしている人間……ということだろうか。


「――じゃ、私はもう行く。明日の朝食は七時半。二十分頃迎えに来る」


 妙なところで感心してしまっていた俺の前で、先輩がゆっくりと歩き去っていく。……本人としては普通に歩いているつもりなんだろうが、背が低いせいか歩幅も狭いんだな。


「――待って下さい」


 そんなことを思っていた矢先、ジェインがその後姿を呼び止める。


「僕たちはどれくらい、ここに住むことになるんですか?」

「――」


 ――どれくらい?


「……」

「そりゃ、その何とかって奴らを協会の連中がぶっ潰したら直ぐだろ。精々一か月とかじゃねえのか?」

「……私は、二週間くらいかと……」


 俺たちの反応に、ジェインと先輩は黙ったままだ。沸き上がってくる嫌な予感。


 ――勝手に、終わってくれるものだと思っていた。


 先輩たちや秋光さんたちが出てきてくれた時点で。危険とはいえ、彼女たちプロの意見に従っていれば、過ぎてくれるものだと。


 しかし――。


「……お前たちを狙っているのは、私たち魔術師の基準から言ってもかなりの力を持った連中だ」


 ――もしそうではないとしたら? 俺の予感を裏付けるかのように、一語一語。言葉を慎重に選んでいるような、普段より明らかに遅いペースで話し出す。


「私たちの組織――魔術協会は世界最大級の組織力を誇るが、簡単には行かない。事態の根本的な解決には、それなりの時間が掛かる」

「え――?」


 予想もしていなかった答えに、耳を疑う。……簡単にはいかない? それなりの時間が掛かる? ぼかした言い方をされても、ここまで来れば幾らなんでも分かる。先輩が言おうとしていること。それはつまり――。


「――ちょ、ちょっと待って下さい」


 狼狽える。俺らしくないと、そう思いながらも――。


「それじゃあ、いつまで続くか分からないってことですか?」


 この状態が。日常を犠牲にした、異常な事態が。


「……ああ。そういうことになる」


 ……なんだよそれ。


 ここに来て。今までにない時間を過ごせていたはずだったのに――。


「私たちの力不足が原因だからな。本当に済まない」

「あ……いえ」


 やり場のない感覚が溢れかけた寸前。先輩のその反応に、冷静さを取り戻した脳の一部が遅れて理性的な感情を呼び戻す。


「済みません。俺こそ、先輩には助けてもらったのに……」


 言葉に詰まる。……俺の事情を先輩は知らない。先輩だけじゃなく、この場にいる全員がそれについては何も知らない。気遣える理由などない。勝手な言い分だ。そんなことは分かっている。


 だが、それでも。


 それでも、漸く始まっていたばかりの生き方を。漸く見付けられたかもしれない何かを、こうもあっさりと崩されてしまうことには。


 ――口では言い表せない、遣り切れなさのようなものがあった。沈黙が場を浸す中で。


「一つ、要望があるんですが」

「――なんだ?」


 またしても声を掛けたのはジェイン。聞き返した先輩に。


「指導を付けてくれませんか? できれば、僕たち全員に」

「えっ――?」


 驚愕は二度。今度こそ予想だにしないその台詞に、一瞬胸の情動を忘れてジェインを向く。


「……何を」

「ただ待っているだけで事態が解決するなら、僕らが何かすることは却って余計になる」


 俺たちの疑問と注目とを浴びても崩れない。落ち着き払った態度は、正しく平時のジェインのもの。


「だが、そうでないというのなら話は別だ。いつこの状態が解消されるかの見通しも付いていないなら」


 今一度先輩に視線を合わせた。


「僕らも少しでも力を付けたい。状況を、少しでも改善するためにな」

「な――」

「――んだよ。たまにはてめえも、良さ気なこと言うじゃねえか」


 正気なのか? 信じられないでいる俺の目の前で、声を上げたリゲル。


「俺からも頼みますぜ千景先輩。協会の連中だけじゃ足りないってんなら、俺らが直接力になれればいいってことだろ? 燃えてくるぜ、そういうの」

「……」


 ……本気なのか? 二人とも。


 切り込んでいく? 俺たちが?


 あの戦いの中に――。


「お前たち、それは――」

「分かっています。先輩たちの話からすると、僕らが少しくらい力を付けたところでその連中には歯が立たない」


 恐らくは俺と同じような懸念を指し示そうとした先輩に対し、自身の言葉に敢えて水を差すような話し振り。……そうだ。


「――でも、気休めくらいにはなるのでは?」


 ジェインもそのことは分かっている。その上で修練を願い出たということは、当然他に狙いがあるはずで。


「保護されてただ手を拱いているよりは、僕ら自身がある程度動けるようになった方が状況はまだマシになるでしょう。僕らを守る先輩たちの負担も、多少は軽くなるはずです」

「……」


 ――広げる、ということか。


 俺たちにできること、俺たちを守る先輩たちにできることを。考える先輩。暫しの沈黙のあと。


「……私の一存では決められないな」


 先輩が零したのはその一言。


「私にできるのは、その要望について四賢者に確認を取ることだけだ。それでも良いか?」

「勿論です。頼んでいるのは、僕らの方ですから」

「……分かった」


 先輩が頷いた。


「指導を望んでいると私から伝えておく。結果が分かり次第伝えよう」







「……」


 割り当てられた一室。一通りの備品や設備を確認したあと、ベッドに横たわる。ドッと出てくる疲労の感覚。


「……ふう」


 ――久々にしくじった。


 自己嫌悪の情感に息を吐き出す。……フィアやリゲルたちの前で、感情的になり過ぎた。まさかこんなところで、父に関わりのある人物に出会うことになるとは……。


「……」


〝彼は暫くの間、一人にして欲しいと言ってきた〟


 秋光さんの言葉が、目を閉じた俺の脳裏に響く。


〝これからのことについて、考える時間が欲しいからと……〟


「……」


 ――あの言葉が、本当に真実だったのかは分からない。


 だが嘘を言っているようには思えなかった。だとすれば、少なくとも父の仲間、父の友人たちは。


 ――父を見捨てたわけでは、なかったのだろうか。


「……」


 ……だとしても。


 だとしても、俺の思うことは変わらない。この十年、俺の奥底で燻ってきた怒り。それが未だに熱を失っていないことを再確認する。……ただ。


 それをどう扱うのかは別の話だ。この感情を、思いを。……フィアたちに見せる必要はない。


 その点を上手くやっていく必要がある。これは、俺の抱える問題だ。折角築くことのできた、関係性を壊さない為にも。


「……ふう」


 息を吐く。【魔力解放】の影響でまだ体がだるい。そう言えば夕飯はどうするのかと思いながらも、今は眠ろうと意識を沈めた――。


 ――コンコン、と。


「――」


 ノックの音にベッドから起き上がる。……誰だ? フィアかリゲルかジェインか。だがそれなら、自分の名を言いそうなものだが――。


「――起きてるか? 私だ。上守だ」


 先輩――? 少し前に別れたばかりの、意外な訪問者に。


「夕飯の事を言い忘れていたと思ってな」


 急ぎ足で開けたドアの向こうで、バツの悪そうな顔をして立っていた先輩を迎える。……そういうことか。それにしても、こうして見ると相変わらず小さいな、この人は……。


「今日はまだ食堂の用意ができてないから、必要な時間帯に部屋まで運ばせる。なにぶん簡単なものになるが……」

「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」


 嫌いなものは? と訊かれたので特には、と答えておく。……背丈だけ見ていると、俺たちよりも圧倒的に強いという事実を忘れそうになるほどだ。男との戦い振りを俺は目にしていないので、そのせいかもしれないが……。


「――災難だったな」


 掛けられたその一言に不意を突かれる。


「これからは私たちができることをする。気を楽にしていてくれ、その分」

「……はい」


 じゃあな、と言って去っていく先輩。後ろ姿を少し見送り、音を立てないように扉を閉める。その後――。


「――ご夕食をお持ちしました」


 部屋を訪れた協会の職員と思しき人物。手にされた白く綺麗な大皿の上に盛られていたのは、サラダとフライドポテトを付け合せにした、形の美しいサンドイッチだった。



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