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第十九節 戦闘 後編

 

「――」


 ……やるしかない。


 そう感じる。あの技を、今ここで――‼


 ――集中しろ。


 意識を深く奥へ沈める。第一に必要なのは自身の把握。内にある魔力の流れを自覚し、掴み取る。確かな感覚。


 次に必要なのは想像力だ。気の緩められない動きの中で掴んだ魔力を身体の外へ押し広げるようなイメージを少しずつ練り上げていく。……あれから密かに何度も練習してきた。大丈夫だ。必ずや――。


「――!」


 ――来た。全身から何かが溢れ出すような、破裂するような感覚に震えが走る。……間違いない。


 覚えるのは十年前に掴めていたあの感覚。瞬間、スイッチが入ったかのように何かが切り替わった。


「ん――」


 俺たち四人へ向けて無差別に雷の舌を走らせていた――男の両眼が俺に留まる。――そのはずだ。今の俺の身体全体を覆っているのは、暗い霧靄のような力の流れ、暗黒の魔力。俺の血肉に宿るそれが目に見える形で解放されている状態。これならば。


「おいッ⁉」

「待て、蔭水ッ!」


 ――いける。あの未知の守りを破ることができる。意気に呼応して全身から溢れ出す力。呼び止める声から自らを押し出すようにして、一気に男との距離を縮める――!


「――」


 男から反撃の雷が放たれる。中途で放射状に広がった電光が、囲むように急速に身に迫ってくる。仕留めるというより動きを妨害する狙い。触れさえすればそれでいいのだと、そんな意図を走る光の筋から感じている。……専念さえすれば回避できる。


「――ッッ‼」


 だがそれでは相手に用意の機を与えてしまう。できるはずだ。今の俺なら――!


 ――足は止めず。直撃だけを避け、伸ばされた雷の腕と腕との間を無理矢理潜るように身体を押し込む。電光が頬に触れる。腕を掠め、右肩口と左足首を舐めていくそれを。


「――ッ!」

「お――⁉」


 意に介さずに走り抜ける。迎える驚愕の表情は余所。構えを保ったまま、無防備な男の懐へ飛び込んだ。


 ――【魔力解放】。


 古くより自分たちの血肉に暗黒の魔力を重ね続けてきた、蔭水の血縁者だけが扱える技法。己の内を流れる暗黒の魔力を解放することで、一定時間自身の身体能力を高める強化法の一種だが、その効力はそれだけではない。


 発動中全身に纏わされる靄状の魔力には、受ける攻撃の威力を軽減する効果も備わっている。この状態なら多少の電撃に晒されようと掠り傷で駆け抜けることが可能。正しく今の俺が持つ最高の切り札。


 あの見えない障害が男を護る盾であることは間違いない。ならば俺として打てる手は一つ。


「フッッ‼」


 ――盾が受け止めきれないほどの力で押し切るだけ。吐き出す呼吸と共に撃ち出した一閃。先ほどと同様の手応えを予測し、全力を込めて思い切り振り抜いた‼ ――一瞬後に感じる手応え。


「――‼」


 阻まれる感触に力を込めた、次の瞬間に突破する。――取った。全身を稲妻のように走り抜けていく確信のまま猛る漆黒の刀身。無防備となった男の身目掛けて走るその一刀が――。


 ――新たに生まれた手応えの前に、呆気なくその勢いを失わされた。


「ッ――……⁉」


 動きが止まる。不意打ち気味の衝撃に刀だけでなく、一瞬硬直した全身。……なんだ?


「いやー、本当に危ないね」


 これは。混乱の中で掛けられた声に上を向く。触れ合う距離、手を伸ばせば届く至近から俺を見下ろしているのは、あの男。


「変なことしない分君がまだマシかと思ってたら、そんな隠し玉を持ってたなんて。驚いたよ」


 ――マズイ。


 この距離では。それを自覚していながらも俺は動けない。男の手は既に俺に向けられている。どうあっても間に合わない。目元に浮かべられた笑み。上げられる口元が、死神の鎌にも見え。


「黄泉示さんッッ‼」

「黄泉示ッ‼」

「じゃ、一足先にさようなら」


 竦み切った脚の上で、悲鳴のような絶叫を背後に後悔という二文字を思い浮かべる。咄嗟の動作でリゲルが踏み込んでいる。だが間に合わない。視界を覆う電光の恐怖。耐え切れず、思わず目を背けた――


 ――……。


「――っ……?」


 ……違和感。


 疑念。そのまま数秒が過ぎても、なぜだか予想していたような衝撃は訪れない。痛みも、熱も、些細な感触さえも。宙に浮かされたような状況に耐え切れず、恐る恐る閉じていた眼を開ける。


「……」


 やはり。依然として男は目の前に立っている。突き出されたままの弾ける光を纏った掌。致命的であるはずの状況はなにも変わってはいない。ただ、一点。


 ――俺と男の間に。仄かに光る、半透明の壁のようなものが出現していることを除いては。


「……来ちゃったか」


 苦々しげな笑みを零す。目の前の俺ではないどこかを見つめている――その視線の先に。


 フィアたちも気が付いている。紫煙を伸ばす煙草に、子どもと見間違うような背の高さ。――あれは。


「あの人は――」


 ――千景、先輩?


「――こっちに来い。蔭水」

「っ⁉」


 咥えていた煙草を外し。ハスキーな声で不意に飛ばされた指示に戸惑う。……来い? 平然と言うが、この状況でそんなことを告げられても。


「――行きなよ」


 困惑する俺の戸惑いを断ち切ったのは、あろうことか誰であろう男張本人。


「アレが来た以上、俺も君らの相手をしている余裕はなくなっちゃったからね。大丈夫大丈夫。これがある限り、どの道君たちのことは殺せないし」


 剽軽な口調で目の前の壁を叩くジェスチャーをしてみせる。瞳で促される後退。打って変わった対応に一応の警戒をしつつ、引き下がるが。


「――友人のところまで戻れ。下手に動くなよ」


 その俺と入れ替わるように先輩は前へと進んでいく。……それが当然であるかのように。確かな足取りに疑問をぶつけることもできず、後ずさりするようにただ下がるしかない。近くまで来て――。


「……黄泉示さん」


 フィアに手を握られる。並ぶような形になったリゲル、ジェイン。俺たちが丁度一か所に集まった時点で、先輩と男とは丁度対峙するような構図を作り出していた。


「……いやー、やるね」


 暫しの睨み合いの後、口火を切ったのは男の側。


「まだ若そうなのにこの魔術の腕。一応魔力遮断の結界も張っておいたんだけど、こうもあっさりと見付かっちゃうとは。流石支部長」

「……お前も凶王派の技能者なのか?」

「まあね。といっても俺は魔王派でね。冥王派の暗殺者なんかとは一緒にしないでくれるよう頼むよ」


 支部長? 凶王派? 聞き覚えのない単語が飛び交うが、一言も聞き逃さないようにと意識を集中させる。


「お前には訊きたいことが山ほどある。できれば大人しく投降してもらいたい」

「……投降?」


 先輩の言った言葉に、そこで眼をパチクリさせて。


「いや、そりゃあおかしいでしょ! いや、投降! 投降だって! あはははは!」


 腹を抱えて笑いこける。その様子を、先輩はただじっと見つめている。


「いやあ、嗤った嗤った……――嘗めてんの? お前」


 涙を拭きながら起き上がる後半。不意に、男の声が真剣を孕んだ音色へと変わる。


「魔王派と支部長が遭ったなら殺し合いしかないでしょ。殺すよ? ホントに」

「今の協会は凶王派との不干渉路線を取っている。魔王派の技能者なら知っているはずだ」

「あー、あれね。勿論。よおく知ってるよ」


 先輩の言葉を受けるのは徹頭徹尾馬鹿にしたような語り口調。


「余裕があるときはそっちからバンバン仕掛けて来るくせに、自分たちの組織力が衰えれば不干渉にしてくださいとはね。実に三大組織らしい。次の襲撃のための準備期間だろ? それくらいみんな知ってるさ」

「それは違う。少なくとも協会は、凶王派との共存の道を模索し始めている」

「共存ねえ? 先日こっち側を一人殺してるくせに、大した言い草だ」


 殺した……⁉


「まあ、百歩譲って頭のおかしい君が本気だとしても、それじゃ全然足りやしない。これまで重ねられてきた問題は山積みで、複雑模糊に絡まってる。今更どうにかしようなんて無理な話さ」

「……なぜ、こいつらを襲う?」


 埒が明かないと見たのか、先輩が話を切り替える。その視線を僅かに、俺たちの方へ。


「答える義務も義理もない、ってね。知りたければ俺を捕まえてみるといい。――それができるならだけど」


 男の掌から再度零れ出す雷光。同時に先輩も構えるような姿勢を取る。この場に満ちる空気が、刻一刻と緊迫の度合いを増していく。――戦いが始まる。そのことは分かっていたが。


「……っ」


 俺の身体に纏わされていた靄が消える。震え出す手足。身体中から力が抜けていく。……もう、限界だ。


「――黄泉示さん?」

「おい、どうした――」


 薄れゆく意識の中で、掛けられる声。それが俺の覚えていられた、最後の状況だった。



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