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第十八節 戦闘 前編


「……」


 ――目を晦ませるような激しい光が治まり、視界が良好になる。隣にいるフィア。


「大丈夫か⁉」

「は、はい。大丈夫です!」


 咄嗟に手を引いてその場から逃れたが、良かった。着いて来られたようだ。やや動転しているようなその身体に怪我はなく――。


「――こっちも大事ない! リゲルも一緒だ!」

「おう! ピンピンしてるぜ!」


 声と共に、反対方向にいる二人の姿を認める。……あっちも怪我はないらしい。いつの間にか異様なほど人影がなくなっていることを把握しつつ、睨んだ先。


「……ん? あれ、今のを避けるか」


 俺たちと三角形の頂点を形成する位置に立っているのは、あの男。いきなり攻撃を仕掛けてきたというのに、凶悪さはその表情から微塵も感じられない。変わらずへらへらとした笑い顔――。


「やるねえ若いのに。おじさん、驚いちゃったよ」


 ――先の一瞬。男が不意打ちを仕掛けてくる直前に、ジェインの【時の加速】が俺たち全員に掛けられていた。あれがなければ俺とリゲルはともかくとして、フィアとジェインの二人は回避が間に合わなかっただろう。正しく生死を分ける英断だ。


「でも、次はどうかな……」

「――どうして僕たちを襲う⁉」


 ――仕掛けてくる。そう思った正にそのタイミングでジェインが男へと問い掛ける。……これは。


「この間の老人もそうだったが、僕たちに襲われる理由はないはずだ!」

「……ああ、分かる。分かるよその気持ち」


 必死の感情を込めたようなジェインの台詞に、発言に乗ってくる男。……それでいい。この問答の狙いは――。


「なにもしてないのに、理由もなくどうしてってね。理不尽だと思うよなぁ。襲われたわけだって知りたいし、どうにかできるものならしたくなるよ」


 引き伸ばしだ。この前とは違う新たな相手である以上、少しでも情報が欲しい。この間に心構えを含めた此方の用意を整え、分析を済ませる。


「でも誰だって、いるだけでなにかしちゃってるものさ。そして大概襲う側は、襲うに足りるだけの理由を持ってる」


 周囲を包んでいる、焦げるような臭い。路上に付けられた黒い跡。眩むような光と、耳に届いていたのは弾けるような独特の異音。あれは恐らく――。


 ――電気――か?


 要素を整理して答えを出す。……だとすれば、目の前の男は前回の老人とは違う。――普通じゃない力を操る人間。得物を手にしていなかったのは奇襲のための隠匿などでなく、それがそもそも必要なかったからか。


「それが聞けても大抵は理不尽で意味不明だと思うだけ。結局は、諦めるか抗うかしかないんだよなぁ……」


 言葉の終わり際から男の掌が発光し始める。次第に。弾けながら強まっていく電光は、紛れもない攻撃の予兆。


「――黄泉示!」


 ジェインの叫びと共に、俺とリゲルが男目掛けて飛び出す。両側面から男を挟み討つような軌道。浪費を避けるため【時の加速】の効力は既に切られているが。


「特攻かい? 果敢なことだ」


 ――それでいい。迫る俺たちを目に言った男が、迎え撃つように両手を上げた。


「【時の加速――二倍速】!」


 その掌から光が打ち出されたのと、周囲の速度全てが鈍化したのとはほぼ同時。先ほどより速度が上げられたと思しき雷撃を置き去りにするように躱し切り、己の得物の届く間合いに至る。


「おお⁉」


 驚愕が先に立ったのか、男は手を中途半端に上げた体勢のまま俺たちに反応できていない。好機と見たその瞬間には既に、一撃の用意は整え終わっている――!


「オラァッッ‼」

「フッ‼」


 重なる掛け声。虚を突いた同タイミングでの挟み撃ちが完璧に決められる。立てられた作戦を正になぞっていくような展開は、これ以上望めない最高の展開であるはずで。


 ――だからこそ、万に一つもしくじるなどとは考えていなかったのだ。


「ッ――⁉」


 手応えを待ち構えていた全身に、予想だにしない感触が伝わる。……見据えた先にある男の身体。あと僅かに押せば触れられるその手前で、力の限り振り抜いたはずの黒刀が静止している。


「チィッ――⁉」


 狼狽するような声からするにリゲルも同じ。――なんだ? これは、まるで。


「――危ないッ‼」

「退けッ‼」


 二重の絶叫。上げた目線に映り込む掌。銃口と違わないそれが、自分に向けられているのを直感的に理解して――。


「――っ‼」


 一息に後方へと跳び退く。刀身を盾のように構えながら、そのままフィアたちのいる辺りまで後退した。


「……ちっ」


 反対側で同じような行動を見せたのはリゲル。ジェインを後方にファイティングポーズを取っている。……初見の好機。最も有利であるはずの決め所を防がれた。それはつまり……。


「……いやいやいや……」


 緊張を隠せない俺たちの前で、声を漏らした男の表情には、どこか感心と驚きを示すような仕草が入り混じっている。


「本当にやるじゃないか若者たち。なるほど。冥王派の奴がしくじったとは聞いてたけど、こっちの可能性もあるってことか」


 一人で納得したようにうんうんと頷く。……なんだったんだあれは? まるで見えない空気の壁に阻まれたかのように、攻撃が届かなかった。一体。


「二の舞にはなりたくないなぁ……。子ども相手に本気になるのはカッコ悪いと思うんだけど」


 ――なんだ?


 進めていた思考の最中に変化に気付く。俺たちの目の前にいる、男の身体全体が。


「まあお仕事だし、仕方ないか――」


 まるで電光のような、異音を立てている?


「じゃ、さようなら」


 此方を殺しに来ているとは思えないような笑顔と掌を向けられた瞬間に直感する。銃口どころではない。これは今までにない、極大の――ッ!


「――【重力二倍】ッ‼」


 砲門を前にした如き戦慄に、身を竦ませた刹那。


「うおッ⁉」


 掛かる異常な自重に堪らず男の膝が折れ崩れる。咄嗟に地に付いた掌から迸る電光。石畳の地面を硝子のように砕き壊し破散させていくその様から、あれが向けられればただでは済まないということを理解する。その余波で。


「きゃ――!」

「そのまま奴の動きを止めろ! 起き上がらせるな‼」

「分かってるぜ! おおおおおッ‼」


 俺たちの足元にも入れられる罅割れ。――リゲルは全力を注ぎ込んでいる。響く振動にバランスを取りながら思う。潰されそうな自身の身を支えるため、男の両腕は地面に押し付けられたままだ。近接攻撃が通じない以上、俺たちに残された手段はこれしかない。ここで決めておかなければ――。


「あっ!」

「ッ!」

「……いやあ」


 一際大きな揺れに足を取られたフィアの手を取った瞬間、それごと重心を引っ張られたかのようにゾクリとする。……耳に届いた声。


「ここまでやられるとはね……参った参った」


 あの男が。……起き上がり始めている。まだ掌は付いたままだが、それでもゆっくりと、確実に。少しずつ背を起こし。


「リゲル‼」

「煩えな‼ やってんだよ! 今……ッ!」

「リゲルさんッ‼」


 悲鳴の後を追うように走る雷光。空中を一瞬の赤色が舞い、踏ん張っていたスーツの脚がよろめく。たたらを踏みながら。


「グッ――⁉」

「おっ、軽くなった」


 どうにか踏み止まったリゲル。だがそのときには既に、男は何事もなかったかのように立ち上がっていた。……指。


「未熟で良かったよ。いやあ、危ないところだった」


 ――指だ。目にしていたその動き。あの状態で一本だけ上げた人差し指から、電撃を。


「さて。これで持ってるのは全部かな?」


 汚れを払い終えた男の掌が光る。標的は俺とフィア――‼


「【時の加速・二倍速】!」


 伴い淀みなく掛けられるジェインの援護に、駆け抜けたあとを雷撃が走り抜けて行く。――よし。


「おっと」

「ッ⁉」

「えっ――」


 触れればただでは済まないが、フィアも俺も充分に躱せる。緊張の中でその事実を支えに次なる攻撃を躱そうとした瞬間、男、俺、フィアの動きが続け様に止められる。これまでとは異なる気配を察したのか、ジェインも一旦俺たちへの援護を中断した。


「――厄介だね。中々にそれは」


 放たれようとする直前で止んだ光。……攻めあぐねているのか? ジェインの【時の加速】はやはり強力な援護。これならば――。


「ならこんなのはどうかな? う~ん……!」


 目があるかもしれないと。そう思う直後に男が高く掲げた両腕。その手の先に形成されたのは雷の――リング。唸りを上げて回るその雷輪から、直線的ではない。舐めるような電光の舌が繰り出され――‼


「【時の加速・二倍速】ッ‼」


 全ての動きがスローモーションになるその瞬間、波打つような電流の形が変化するのが見て取れる。間違いない。【時の加速】の発動を、加速するタイミングを見切った上で変化している。これまでのようにただ位置を変えるだけでは躱せない――。


「ッ――!」


 疎らな雑踏のように迫る雷の間を縫うように移動していく。――それでも攻撃を躱せるのは単純な話、倍加したこちらの速度の方が上だからだ。相手は一人、こちらは四人。的が散らばっている分全てを追い切るのは難しい。俺やリゲルは出来る限り男を引きつけるように動き、フィアとジェインはなるべく死角に入るように立ち回っている。だが。


「――っ」


 このままでは遠からず破綻する。その予感が脳裏を貫く。フィアは元から体力には不安がある。ジェインは力を使用し続けている。リゲルも脚に傷を負った今、いつものようなパフォーマンスを発揮できるかは分からない。誰が崩れてもいけない。咄嗟に助けられるだけの余裕は今の俺たちの誰にもない。たった一度でも崩れれば、そこから全てが堤のように。


 逃げるだけの余裕はない。攻撃が通じない今、俺たちの誰にも打開できる手段はない。――ならば。


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