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※旧版につき閲覧非推奨 彼方を見るものたちへ  作者: 二立三析
第一章 新しい日々の始まり
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第四.五節 王たちの合議

 



「――待たせたな」


 そう言いつつ室内に入ってくる男。既に席に着いていた三人の内、その言葉に反応を見せたのは二人。


「……遅いぞ」


 落ち着いた声色でそう(たしな)めたのは、見るも小柄な少女。外見から判別するなら十四、五歳が妥当といったところだろうか。だがその深紅の瞳の奥に渦巻く何かは、少女がこれまでにその外見とはまるで掛け離れた生を送ってきたことを示している。長方形の卓につく狂覇者の姿を目端に捉えつつ、そう、男は思う。


「王より呼び出された被告の立場にしては、悠長なものです」


 女性。人形の如く整えられた容姿。華美艶やかな衣装は、暗がりの中であってもその色彩を損なわずに放っている。嫌味なほどにこやかに。


「狂犬がまた派手にやりましたね。先日の件と合わせて貴方の派に立った風聞。申し開きの文句を覚えるのに時間が掛かっているのかと思いましたが……」


 そこまで言い掛けて愁眉を顰める。容姿に相応しい、玉を転がすような響きとは裏腹に、発せられた声にはある種露骨なまでの圧が含められていた。


「どうやら違ったようですね。――気でも違えたのですか、狂覇者」


 狂覇者が表情を変えることはない。鋭い懸珠に見据えられつつも、口元に浮かべた笑みを留めている。


「何故こんな愚行に至ったのです? 今なら釈明の時間だけは与えてあげますが」

「ふ、なんのことだ?」

「――(とぼ)けるな。意味が無いということは分かっているはずだ」


 はぐらかしに向け飛ばされた叱責は、深紅の瞳を持つ少女から。二度目に発せられたその声の持つ威厳に、男は驚きを隠せない。突き付けられた殺気は竜もかくや。一切の物怖じなく(うそぶ)いた狂覇者に対し、少しばかり評価を改めさせられたほどだった。


「……」


 列席者のうち、残る一人は我関せずとばかり先ほどから押し黙っている。姿は全身が黒。比喩ではなく、黒紙を切り抜いたかのような黒色の人型としてその場に現われているのだ。姿は見えていても気配はあらず、一片の殺気さえ出していない。威を纏う二者とは対照的な、影のような実在の薄さ。


 あれが《冥王》なのだろうと男は推測する。なんの反応も見せていないわけではない。視線より一段弱い、軽い注意のようなものが向けられていることに、男の方も既に気が付いていた。穏形法に対する見識は一歩抜きん出ているのか、居ることだけを察しているらしい二者とは別に、男のそれを完全に看破しているようだ。


 ――それにしても。


 皮肉な感想が男の胸を過る。この三人にすれば筒抜けとも言える自身の隠匿術。協会やあれらの組織を相手にしたならば、果たしてどれだけの所属者が気付けたことか。


 とはいえ――。自身の選択が間違っていなかったことを、男は今もって確信しつつもあった。必然的な反応ではあるだろうが、今現在狂覇者を囲む場の空気は最悪に近い。沈黙が続く数瞬ごとに警戒と殺気が膨れ上がっていく。これ以上引き延ばしても、状況を悪くするだけか……。


 そう判断した男が隠形を解いたのと、女性がその陶器のように白いしなやかな薬指を下げかけたのとは、ほぼ同時の出来事だった。


「お前は――」

「……」


 女性の示した反応は、端的な驚愕。眉を上げたそちらと違い、人影の方の表情は読めない。向けられていたはずの注意が消えていることから、警戒が新たな段階に入ったことだけは察せられた。


「……驚いたな。魔力の隠し方からして、相当の術者だろうとは思っていたが……」


 敢えて一拍を置き、落ち着いた声音で少女は言葉を紡ぎ出す。男が視線を向けたそのときには、既にその眼は狂覇者へと移されていた。


「真実だったとは。――狂覇者。自分が何をしでかしたのか、理解しているのか?」

「何をしたのか、だと?」


 今この瞬間に至ってさえ、狂覇者はその愉快でたまらないといったような面持ちを崩そうとしていない。図太さで言えば既に王の域と見るが、それがここにいる全員の総意かどうかは分からなかった。


「俺はただ、覇者たる俺の誓いを果たしたのみ。確たる行いを褒められるのなら兎も角、責められることをした覚えはないがな」

「……嚙み付くだけしか能の無い野良犬が、とうとう脳髄までも腐り切りましたか」


 業を煮やしたような声色。


「そう(いか)ってくれるな賢王。俺としては物足りないが、こいつとて俺たちと死合いに来たわけではないらしい。でなければ態々俺に取り入ってまで、こんなところには来ないだろう」

「黙りなさい。王の名も背負わぬ半端者が」


 賢王――そう呼ばれた女性の、包み隠さぬ険を入れた返し。その言葉にそれまで喜色を湛えていた狂覇者の目が、僅かに細められる。


「余り調子に乗らないことだ。貴様の(やわ)首など、俺には鳥の首を捻るより楽に捻じ切れる」


 問題の主たる自分を放っての、いがみ合い。派閥ごとでの凶王の結束は固いものでないと聞いていたが、ここまでとは。


 ――そしてそれは、自分に戦意が無いことを見透かされている証でもあるのだろう。


 だからこそこんな小競り合いに時間を費やしている。先手を許しても対応できるという、挑発と牽制を兼ねているのかもしれない。どちらにせよ足並みを揃えるのには骨が折れそうだと男は内心で嘆息する。そこまで至る道のりも決して平坦なものではない。だからこそ、ここを訪れた甲斐はあった。


「――二人とも、止めろ」


 殺気を振りまく二者を見かねたように声が飛ぶ。


「……魔王。王の名を持つ私に暴言を吐いた、その罪人(つみびと)を前にして止めろとは……」


 厳とした静止を受けてなお、賢王の険は止まない。


「号を笠に着ただけの小娘が、良い身分になったものです。さぞかし立派な理由がお有りなのでしょうね」

「賢王。招かれざる来客があったとはいえ、ここは合議の場だ。お前の怒りも尤もではあるが、それに執心するときではない。私に言えるのは故に慎め、ということだ。――狂覇者」


 唇を結んだ賢王への説得をひとまず終えたと判断したのか、魔王は立て続けに狂覇者に対してその口を開く。


「久の対峙だが、変わらず口が過ぎるな。今の立場を貫くというならそれまでだが、王として相応しい格を我らに示さなければ、お前はこの先どうあっても覇王を名乗ることは出来ない」

「口先で王の格が示せるわけでもあるまい」

「そうだ。だが口で災いを招くようであればそれ以前の問題だろう。――今は黙せ。いいな?」

「……ああ。分かった」


 賢王に続き、狂覇者も意外なほどあっさりと矛を収める。……冷静さだけではない。


 幾ら魔王の言い分に理があったとしても、彼らはそれだけですんなりとそれを聞き容れることはしないだろう。この二人が目の前の少女の言葉に一定の重みがあるように振る舞っているのは、偏にその力を理解しているから。そう男は感じていた。対しているだけで窺える力の片鱗。この齢にして魔王の座を務めるのも頷けるほど、深く、暗い。


「――応対が遅れたな」


 黙考を遮るように、深紅の視線が男の方へ戻される。


「狂覇者の言を信じ、まずはお前の話を聞かせて貰おう。……但し」


 その眦が細められた。


「私は嘘が嫌いだ。……虚偽を述べ立てればそれまでだと思え」





「……そんな戯言(たわごと)を、信じろと?」


 始めに反応を示したのは先と同じ、賢王。耳にした内容が余程信じ難いものだったのか、その顔に浮かぶのは困惑が入り混じったような疑念の色。元より彼女は自分に対して敵意と警戒を露わにしていた。この反応はあくまでも予測の範囲と、男は動じることなく言葉を紡ぐ。


「狙いは恐らく、『永久の魔』」


 その発言を受けて、場に流れる空気が変わる。


「……事実なのですか。あの噂は」

「……」

「……仮に、その話が事実だとして――」


 魔王の目が男に向けられる。その紅の瞳は今、その奥に何か抑えがたい感情を抱いているようにも見て取れた。


「お前、正気か?」

「……」


 男は頷く。協会の長であった頃に立場を利用して得られるだけの情報は集めた。そこから予測した狙いと目的は、十中八九正しいと言って良い。そして、それを一切の憂いを残さぬ形で処理しようとするならば、方法は、これ以外には無かったのだ。


「狂覇者。貴方は、この話を?」

「聞いていた。まあ、中身だけでは絵空事と切って捨てるに足る話ではあるが」


 眼で男を示す。


「この男が単身此処まで来ている。そのことが、何にも勝る証明なのではないか?」

「……」


 場に訪れる無言。場にいる者たちからの、それぞれの疑念、思惑を秘めた穿つが如き眼差しを男は感じ取り。


「――いいだろう」


 端緒を開く発言は魔王。男の予想に違わない冷厳な声音と眼差しとで、意見を告げる。


「お前の証言を試そう。元大賢者」


 その瞳が僅かに光を見せたのと同時に、男の身体をほの暗い法陣と影とが制縛した。


「事の真偽が分かるまで拘束させてもらう。お前の具体的な処遇については、そのあとだ」



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